リストラカンサス
もう、足元は魚だらけだ。
様々なサメっぽい何かがのたうち、ボラくらいのサイズ感のアカントデスや、小さめのアジくらいの大きさのパレオニスクス類がビトビトと跳ねまわっている。夜はあまり魚が動いていないものと思っていたけれど、案外そうでもないらしい。
――いやむしろ、寝ているから低速のトロールに引っかかってしまうのかもしれないが。
突然、バタバタバタバタ、と甲板を叩く音。
何事かと思ってみれば、
トビウオみたいな魚が、突然思い出したかのように、鳥が羽ばたくみたいな異常な速さで分厚く巨大な胸鰭を振り回して、連続のビート音をたてている。
大きさがムクドリくらいあるものだから、相当の迫力だ。
なんだあれは、魚というより、ペンギンか何かみたいだぞ。
あっけをとられていたら、突然足元に何か、当たるものを感じた。
ふと見れば、長靴が真っ黒く染まっていた。
イカ…イカ、なのか??チョッカクガイを皮で覆ったみたいな何かが墨を吹いている。
そしてさらには、あっちこっちに化石でも見たこともない珍妙な魚が、あっちこっちに転がっていた。
なんだこの、ハリネズミを引き延ばして、ぶじゅぶじゅに水でふやかしたみたいな、全身トゲだらけの魚は。
棘というより、ギザギザの鋸歯がついた、ノコギリみたいなブレードであって、棘が沢山ついた鰭のようなものだ。
それが何百本も背中に並んでいて、その概形が全然わからない。
波とエンジン音で聞こえなかったけれど、きっとこの魚は泳ぐとき、絶えずこの無数に並んだ棘が不協和音を立てながら進むか…そもそも泳げずにふわふわと浮いているのかもしれない。
いずれにせよ、この要塞のような姿で、食うには危険な存在であることを四方八方にアピールするのだろう。
まったく、わからない――素手で触っていいのかすら。
おそるおそるトングで剥がそうとするが、網にしっかりと引っかかってしまっていて、まったく外れる気配がない。なんとも呆気に取られていると、
「おい、何ぼさっと立ってんだ、とっとと剥がして次の網入れっぞ!」
怒声が突き刺さった。
ちょっと先ほどの、得体のしれないハリネズミみたいな魚をまた触る気は起きなくて、
今度は目の前で網に突き刺さった、30センチほどのアカントデスを掴んだ。
磯でみかけた幼魚とはまるで違う、ざらりとした、鮫肌だ。
成長すると銀色になるらしく、鋭い銀白色が、日本刀みたいに光っている。
少し、サケ類を思わせるものがあった。
もしかするとだが――同じように降海する性質があるのかもしれない。
鰭の棘は立った状態でロックされるのか、逆向きに引っ張っても、まったく抜ける気配がない。
もうサンプルに使うのはさておき、まず抜こう――と、手持ちの小さなペンチで棘をへし折ろうとした。
するとそのとたんにビチビチ跳ねて、棘がかすった拍子にサクッと手袋を貫通してしまった。
あっぶねぇ…
サイズが合わないぶかぶかの手袋のせいで、水かきみたいに指のあいだがあいていた。そこを貫通したのである。もし指のあるところだったらと思うと、絶句する。
だから高枝切ばさみで切断していたわけだ。
「アカントデスの棘、毒あるからほんと気を付けて!危ないからあとにしよ!」
と、アリア。
「先に言ってよ!できれば磯で見たときに!」
「ほんとごめん!忘れてた!」
「ボクが知ってるのは化石だけだよ、毒あるとか全然、聞いてない!」
「ごめんって。そのトゲトゲしたやつも手袋貫通するし、ものすごい返し付いてるから絶対触っちゃダメ!」
「だいたいこれ、何!」
「知らない!そっちこそ知ってるんじゃないの!こんなにいるんだし、一匹くらいは化石に残ってるでしょ!」
――知るわけがない、と思って足元を見てみたら、折れた棘の一本が目についた。
あ、これ、知ってる。
――大量に産出するのに一匹もその姿をとどめていない謎の棘、リストラカントゥスListracanthusだ。
じつは一匹だけ、Zangerlが掘ったといううわさもある――けど、その一匹は彼の手の中で粉々に崩れて、失われてしまったという。
おぉ、こんな姿だったのか…
今まで描かれたどの復元図とも違う。
ぶよぶよとした弾力のある皮膚に無数の棘をつけた、まるで針玉のようなものだ。
私はつい見惚れてしまいそうになるところを、ハッとわれに返る。
この網だけでも、見渡すかぎり、あっちこっちにこの、古代のハリセンボン、いやヤマアラシみたいな魚が転がっているのである。棘のせいで、よく引っかかるらしい。
中には引っかかったまま網干しされてしまっていたのか、水でふやけた、潰れた風船みたいな死骸になっているものもまた多かった。
さて、一匹や一種の未知に気をとられている、場合ではない。
「あーもう、そもそも安全なやつって、どれ!」
そう悪態をつきながら、とりあえず素性がある程度わかるからと、パレオニスクス類をつかみ取った。安心感のある、魚のぬめりけ。
パレオニスクス類とはいっても、磯で見てきた、手のひらサイズの小魚とはまるで違う。
40㎝くらいある、少しだけ青みがかった銀白色に光るそれには、フィッシュイーターらしいカッコよさがあった。いい魚だ。
一瞬、視界が暗くなった。
ふっと気配を感じて振り返ると、アリアがいつの間にかすぐ後ろにいた。
「これ、ネコババ会だから。ほしい魚を選んで、とっとと持ち去るゲーム。いい?」
彼女はそう、耳元で囁いた。
「あ、うん・・・わかったよ」
「ぼさっとしてると、珍品だろうがお構いなくすり身原料にされちゃうんだから」
そう言うと、アリアはまたせかせかと駆け回っては、サンタクロースみたいにズタ袋に魚を詰め込んでいくのだった。
――さて、やりますか。




