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揚網

「揚網5分前」

アナウンスが響き渡った。

1時間の曳航時間は、あっという間に過ぎ去ってしまう。

合羽を着こみ、手袋を持って、研究室を飛び出す。

甲板につながるドアを開けると、涼しい潮風。

しかし、分厚い手袋をはめる時には、熱がこもって、指先までじんと熱かった。

心臓が高鳴るのを感じながら、甲板に駆け出す。

バケツでまた1L分のサンプルを回収、採集総量を確認してラベル記載、急速冷凍。

それとは別に生体撮影・観察用のサンプルを回収、水槽に投入。

水槽は2つ並んでいて、交互に使うことにしていた。

2つ目の水槽を使い始めるとともに、前に使っていた水槽の片づけが始まる。

手網で前回のサンプルの残りをあらかた回収して、不要なサンプルを瓶にとりあえず詰める。まだサンプルがうようよしている水槽の排水弁を捻る。排水管のメッシュが詰まらないか監視しつつ、もし詰まったらメッシュを交換。

それも冷凍用のものをまとめて入れているジップ袋に入れておいて、サンプルに回す。

内容物がなくなったら、今度は注水弁を全開に。

勢いよく海水が注ぎ込まれるが、満水までには45分かかる。

トロールが始まったら1時間で次のサンプルが来るので、その30分前には準備しておきたい。

パイプは底まで伸びていて、かつオーバーフロー式だ。

あふれる心配はないし、水しぶきが飛び散ることもない。とりあえず水を出しておけばよい、というのは安心だし、ここに関しては大学で扱ったものとまるで同じ設備だった。

――もう、網を入れるのも4回目だ。

そんなとき、こんこん、とドアをノックする音が響いた。

「はい…」

船員の一人が、むすっとした表情で立っていた。濡れた水色の長靴に、手は粘液まみれだ。ノックだけしたのも、理由がよく分かる。

「あの…あれはあのままで、いいんすか?」

彼はモニターを指さす。

海水の巡回するコンテナから、尻尾が何本も飛び出している。

すぐわかった。

まるでビール瓶でも冷やしておくみたいに魚が頭を下にして縦に突っ込まれ、尻尾が水面から突き出しているのである。いくら水が循環しているにしても、ああも密では…魚体の擦れも当然ながら、押しつぶされたりしているものも多かろう。

「あっ…すみません・・・」

正直、だめかもしれないです・・・

混獲物があったらコンテナに詰め込んでください、とお願いしていたのに、すっかりサンプリングを忘れてしまっていたのだ。

本来なら毎回回収しておかなければならなかったのに、もう4回目のトローリングであった。1~3回目に何がとれていたのかすら確認できていないし、混じってしまったらもう、サンプルとして意味をなさない。

「1~3回目はもう、毎回氷詰めにしたっす。青い箱にテープの本数で分けてあるっす。でもその…4回目は多いんで、ちょっとコンテナに入り切るか…」

「あ、ありがとうございます、すぐ向かいますっ」

アリアもまた、カメラをマウントから取り外して広角に変えると、バタバタと甲板に駆け出して行った。


甲板につながるドアは、魚臭い粘液でべちゃべちゃだった。

さっきの船員さんが、さっき手袋をつけたまま開けたせいだろう。

外す手間さえ惜しんだ――ということか、ああ見えて、相当怒り心頭だったか。

もうしわけない、と思いながらタオルで拭いてから、ドアが開く。

そして、目にしたものは…

予想をはるかに上回る、混獲物の山だった。




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