嚢頭類
採集されたプランクトンには、「えび」や、ヤムシのように、今の生き物から容易に想起できるものが多かった。ゴニアタイトなどは現在は絶滅してしまった生き物だが、オウムガイは現存しているし、タコブネなども現存しているから、まあ想像もつく。
しかし、そうしたものから外れたものも、たくさんいた。
「えび」や、ヤムシ類が飛び交うなか、ぎろり、と巨大な目玉が浮いている。
2㎝ほどの、二枚貝に似た生物だ。
まるで、目を支えるためかのような生き物である。
その前端には、全長の1/3ほどもある巨大な複眼が、キラキラと輝いている。
そして、殻の隙間から長い腕を斜め上に伸ばし、背中を下にして、水面を見上げるように、斜めに水中にぶら下がっていた。
サンプル中に沢山浮いていて、どれも全く動かないので死んでいるのかと思ったら、触ったとたんにさっと足を縮めて、びっくりするほど早く沈み込むように下向きに逃げ始める。
あっ、とすかさず追いかけたら、着底したとたんに今度はその長い腕を急にピョン、と伸ばして、水底で飛び跳ねた!また追いかけっこの開始である。
――この動き方。
センジュエビが似たようなことをやることがある。センジュエビというのは深海にすむエビだが、身体と同じくらい長い鋏を後ろに伸ばして、V字型に折りたたんでいる。
そして、捕まりそうになるとそれをさっと伸ばして、後ろに飛びのくのだ。
軟泥の上でそれをやるものだから、きっと泥の中に突き刺さって姿をくらますのだろう。他にもちょっと似ているのが、アギトアリだ。このアリは大顎を180度広げて、一瞬のうちに閉じる。するとその反動で後ろにジャンプして難を逃れることができるのである。
水よりかなり重いのか、水底で飛び跳ねては沈み、を繰り返してホップする。
そして、腕を出したり引っ込めたりを何回も繰り返して、まるでイカみたいに後ろにバックしてまた舞い上がったと思うと、また水中で“飛び跳ねて”どこかに行ってしまった。
――なんだ、あの動きは。
また、水槽に目を凝らせば、水面でまた、脚を目いっぱいに広げて浮いている。
――なんかまるで、マツモムシみたいだな、と思いつつ、金魚網をすっと下に差し込めば…
よし!今度はビンゴだ。
網の中でぴょんぴょんと飛び跳ねている。
網を使ったものだから、何匹かの「えび」が混じってしまってより分けるのに苦労した。結局、水からあげてぴょんぴょん飛び跳ねたところを観察容器に入れて、そこにゆっくりと海水を注いだ。
途中、観察容器の縁がちょっと手に触れたが、妙にぺたぺたしている、シリコンでもコーティングしてあるのだろうか。
容器に入れたはいいが、また容器の中で四方八方にぴょんぴょん飛び回って落ち着きがない。
そーっと、容器の縁を手で覆いながらアリアに手渡す。
「何それ?またすごく跳ねまわるエビ?」
そうアリアが聞くので、
「嚢頭類」
と答えると、
「あー、嚢頭類!そりゃ跳ぶよね」
と、あたりまえのように蓋がわりのスライドガラスを載せるのだった。
「よく見るもの?」
「そう!すごくよく見るし、キュートでしょ?エイリアンみたいで」
仰る通り、まさに異形といっていい生き物だ。
殻の前にめり込んだ、巨大な目。
皺だらけの殻から伸びる、全長ほどもある3対の長い脚。
鋭い棘が並んでいる。前に向けて曲がっているので、すこし、トンボの脚を思わせた。
「確かに、凄くヘンだよね。ウミノミをでっかくしてカイミジンコと合体させたみたいな」
「ウミノミって何だっけ」
「クラゲとかにくっついてたり、水中を泳いでたりする浮遊性のヨコエビの総称」
「そんなのいるんだ・・・」
「航海実習でも見たよね?」
「えっ、忘れてたかも…あ、タルマワシ」
「あー、そういうたぐい」
しばらくすると、容器の中の嚢頭類がその腕を折りたたみ、前進し始めた。
――さっきまではずっと、バックしていたのだ。
殻の間のパドル状の付属肢を動かしながら少し進んだかと思うと、長い“腕”を伸ばして、上下逆さまに、腕を斜め上方に伸ばしつつ水中に静止した。
「よし、これでOK」
アリアがウインクし、バシバシバシ、とシャッター音。
カメラがその姿をおさめた。
その間、殆ど沈むことなく静止している。
腕を伸ばすと水の抵抗が上がるため、パラシュートのようにゆっくりずつしか沈まないのである。
「よく見るとすごく毛むくじゃらなのよねー」
カメラをズームさせると、殻全周に迷路のように張り巡らされた皺…というか溝に沿って、感覚毛が生えているのが明らかになった。
「側線のような振動センサーだったりするかな?」
「じゃないかなって。だって夜間の調査でしか取れないし」
「ほかの時代でも?」
「ええ。石炭紀では見たの初めてだもん。三畳紀にしてもジュラ紀にしても常連だけど」
「なるほど…夜動き回って昼間は深いところに移動、ね。鉛直移動するハダカイワシみたいな」
「そうそう。逆さまにぶら下がってるのも、生物発光を見てるんじゃないかって思ってるの」
「うーん、でもちょっと気になるんだけど、この個眼の小ささと密度で・・・?まるでトンボみたいに繊細で、ちょっとあまり暗いところを見るには適してないようにも見えるんだけど」
――レンズは大きいほうが集光効率が良いので、深海では画素を落として感度を上げる方向に進化しやすい傾向があるのである。
「でも、昼間とれたことないし、夜上がってくるのは確かね」
「うーん、じゃあ、この個眼の小ささと数は何なんだろう…多数の個眼をクラスター状に視神経が支配してる、とか、そういう例、あった気がするけどどうだっけなぁ…」
「調べてみたら、面白そうじゃない?」
「絶対面白いね、これ。たしか化石からの先行研究もあるし」
そう話しているうちに、この生き物の生態が見えてきた気がした。
巨大な複眼は前向きに固定されているため、敵の察知よりも捕食に用いられると考えられる。そして、水の抵抗の都合で、V字型に前に伸ばされた付属肢を合わせるとアウトラインは楔型になり、上下逆さま、かつ水面を向いた状態でごくごくゆっくりと沈み続ける。
そして、沈みすぎると付属肢を畳んで上昇する、もしくは反転して付属肢を使って跳ねて上昇し、獲物を待つ。いっぽうで、全身に張り巡らされた感覚毛とそれをおさめる溝によって、真っ暗闇の中でも周囲の振動を感じ取ることができる。
そして、天敵がきたとたんに回避行動をとる――というわけなのだろう。
いくら飛び跳ねるといっても、魚に追われるには分が悪い。だから昼間は光が届かなかったり、酸素が欠乏する水域にいて、夜になると浅いところに移動して摂餌する。
あれ、だから貧酸素をあらわす黒色頁岩から産出しがちなのか?いやそれは考えすぎか…そうでもない産地からも出ているし。
――ともかく、「夜は、深海が上がってくる」のだ。
「ねえケイ、こいつ、光るよ」
ゴカイの観察ケースの横で、暗箱に入れられた嚢頭類のわずかな発光を、カメラがとらえた。
背中に並んだ発光器がきらきらと光っている。
カウンターシェーディング。
上方の光と同等の発光を行うことにより、自らの影を消すための発光器だ。
今回は嚢頭類をひっくり返しました。
ひっくり返した理由としては、この形の生物が付属肢を伸ばした場合、ひっくり返ったほうが安定性が高いだろう、という推定からでした。というか水柱でこの形態で安定させるのが難しそう。
もともとそれでひっくり返したのですが、そういえば発光器説もあったじゃないか、ということで、光らせてもみました。
これはかなり多くの嚢頭類の背側にある、謎の穴状構造をもし発光器として解釈するなら?というものです。これらの穴は背側の感覚器官であるとされることもありますが、かなり目立つ構造にもかかわらずさまざまな説がありよくわかっていません。発光器としての解釈はRolfe, 1985により提唱されたもので、あまり強く支持されている仮説ではありません。
Laville et al., 2023ではこの構造を持つ嚢頭類の多くの種について記述していますが、カイミジンコの発光器に類似した隆起や嚢状の構造を持たないことから否定的であるとしています。
但し、その前後軸に沿って通例背側に列をなすことは、もし逆さまと解釈するとカウンターシェーディングとして機能する発光器としてありそうな配置と思わせます。もし日周鉛直移動を行う半浮遊性の小型ネクトンとして解釈するならば、発光器はむしろあったほうが自然なくらいであるようにも思います。
発光器の形態や構造はかなり多様でいいように思われるので、当分は化石種の発光の有無は想像にゆだねられるかなと個人的には思っている分野です。




