コノドント
沈んでは、ピンピンと跳ねまわる、ガラスの針みたいな生き物。
それをじーっと眺めていた。
殆どは、ヤムシ類だ。
肉眼で見きわめて、大まかな、明らかに違う種類ごとにラベルを付けていく。
Chaetognath-Hとか、Jとか、そんな感じだ。
その中から、ひときわ1対の鰭が大きく目立つタイプを探して、見つけ次第一匹一匹スポイトで回収していく――そんな作業が続いていた。
発端は、さっきのことである。
じーっと眺めていると、カメラを覗きながらアリアがいった。
「このヤムシ、ちょっとなんか違うけど、これもType Gでいい?」
「え、ほんと!」
「なんか、ちょっと違う気がする…でもどこが違うかは…」
声はあまり自信ない。
でも、アリアの観察は信用できると思った。
「いくつかいたら、見分けられると思う?」
「たぶん」
即答だった。
「じゃあ、G2にしよう。Type Gっぽいのあと何匹かつかまえるから、G1かG2か、仕分けることできそう?」
「勿論、任せて!」
こうして、また目視でのヤムシ探しが始まってしまった。
Type Gは他の種より際立って鰭が大きいから、G1とG2がいるにしても、Type Gを探すこと自体は簡単だ。なぜ標本にしてからやらないかって?
標本にしたことにより失われる形質が大事だったり、見た目での差を生んでいるかもしれないからだ。
なにせ、アリアは何をもって、G1とG2が違うのかまだわからないのである。
「何か違う」これは実はかなり強力なシグナルだ。
勘が鋭い――というか、生き物に精通した人間は時折、別種オーラというか、何かの”声”を聴くことがある。それはしばしば、何が違うのかわからないまま訪れて――本当に別種のこともあるし、そうでないこともある。サンプリング時にその生体写真をとって、2つを分けて保存しておけば、標本になってからの見分けのしんどさをかなり抑えることができる。標本になるとどうしても、色や形といった微弱な特徴が薄れてしまったり、完全に消えてしまったりするのである。ここの棘が一個多い…といったたぐいの形質で分類せざるを得ないような生き物が、生きた個体を見ると模様がまるで違う、ということはありうる。
やはり、生きた状態での撮影と個別での標本化がベストである。
現生のヤムシ類で、肉眼的にすら異なるような種が何種も同時に見つかることはあまりないので、このちっぽけなサンプルから10種以上の異なるタイプが出て来るとは、さすがに驚きであるとともに、仕分けもまた大変だ。Type Gを探しつつも他のタイプのヤムシもケースごとによりわけている。同一種(暫定)の標本は、多ければ多いほどいい。
「ねえ、この時代のヤムシって誰か記載してる?」
「それが、ぜんっぜん!ゼロ。」
「…いったい何種記載しなきゃいけないんだ、これ…」
化石種を頼りにするにも、後期石炭紀の化石記録はかの、頼りない保存状態のPaucijaculum しかない。
そしてその化石からは、丸っこい、ハート形の尾鰭と、側鰭が見当たらない…くらいしか読み取れる形質がないのである。
さて、そんなヤムシたちを見ていると、少し毛色が違うものが一匹、混じっているのに気づいた。
大きさは、ヤムシとそう変わらない。4センチくらいで、むしろヤムシよりほっそりしているくらいだ。
動き方も似ている。
真っ直ぐ姿勢を保ったまま沈んでは、忘れたころにピンピンと跳ねるように上昇して、また沈んでいく。
しかし。
体の前端には巨大な目が、2つついている。
そのすぐ後ろには、細かい牙のようなものが透けて見えていたし、後方にはほんのわずかではあるが、何かが高速で拍動していて、その後方には、ほんのりと赤いものが点々と並んでいる。
透明なその体はなにやら、薄い虹色の光沢があって、向きが変わるたびにネオンサインみたいに煌めくのだ。
腹部をみれば、腸管内容物が鮮やかなオレンジ色に染まっている。
しかし、本当に生きているのやら、死にかけなのかどうかがよくわからない。
眼が時々動くこと、口の奥がなにやら高速で拍動していること―心臓ではない―、着底の直前に跳ね上がるように動く以外、ほとんど動かないのである。
死にかけの魚でも鰓だけ動いて漂っていることもあるし、果たしてこれを撮影して“生体”写真になるのだろうか、と思った。
死にかけたり、すでに死んでいる標本をそれっぽく撮ったりネクロマンサーのように画像加工して動かした深海魚の「生態」偽造動画のようなことはしたくないのである。撮るなら、元気なものだ。
しかし、その心配は無用だった。
その目の前を、くるくると回転しながら泳ぐ、小さな「えび」の子が通りがかったとたん、身体をC字に曲げて蛇のように飛びついた!
「あっ、コノドントだ!」
つい口に出てしまった。
お食事中悪いが、捕まえて観察するほかあるまい。
ガラスのように透明な生き物である。
ちょっと塩水がきつそうな透明感で、ヤムシとは透明でも、透明の質感が違っている。
そしてそのせいで、色々なものが透けて見える。
前方にある細長い”歯”―MエレメントとSエレメント―の後方には、2対の咀嚼用の”歯”―P1エレメントとP2エレメントーが待ち構えている。
そして、そのすぐ後方では何やら拍動する構造がある。この咽頭の筋性の収縮によって、水を吸い込んでいるものと思われる。さらには脊索や、V字状に並んだ筋節、さらには視神経をはじめとした中枢神経系までをも目で追うことができた。
容器に入れると、また一瞬、”顎”を突き出した。
先ほど捕食された獲物はもう咀嚼されて、消化管に収まってしまっている。
複数のエレメントで構成される顎状の構造は、縦ではなく、むしろ横向きに配置されている。
なので上方や下方から見ると、まるで左右に顎が開くかのようにみえる。
口の中には、下側に細長いSエレメントが何列も並んでいる。
それが、やや下方、外向きに突出されるとともに、わずかに開くようだ。
突出されるとともに開く様子は、若干、ある種のマジックハンドに似ていなくもない。
あとから映像を確認したところ、このようである。
上から伸びた2枚の櫛状のM-エレメントが開くとともに、舌を突き出すかのように1セットのS-エレメントが回転しながら飛び出し、獲物をフック状になったその先端でひっかけて、回転しながら口の中に押し込む。それと同時に上から伸びた1対のMーエレメントも回転するように動き、口の中に獲物を押し込むのを助ける。後方では2対のPーエレメントが咀嚼している。
眼は時折、右へ、左へと少しだけ動く。
この目でいったい、何を見ているのだろう――が、さきほどの捕食を見るに、獲物を目で見てとらえる、という点においてはメリットは有りそうだった。
網膜の厚さは0.1ミリ以上は必要だ。だからカメラ眼の直径は、最低でも0.3ミリはないといけない。
現生魚類におけるカメラ眼は、おおよそ直径0.3-0.4ミリは確保されている。
今見ているコノドントは、アンバランスに大きな目の直径が1.5ミリはあるので、おそらくそこそこ見えているのだろうと思う。
さて、見れば見るほど、思わざるをえない。
ヤツメウナギにも、ヌタウナギにも、まったく似ていない。
同じように細長い生き物ではある。
しかし、動きがまったく違う。
棒のように真っ直ぐ沈んでは、ピンと跳ねる動きを繰り返している。
ウナギのようににょろにょろと泳ぐわけではないし、常に泳ぎ回るわけでもない。
殆ど流れに舞うように動かず、餌が目の前にあるか、沈むかした時だけ、跳ねるように体を捻る。
点々と染まる鰓はあるが、明らかな鰓弓や、鰓を構成するようなものは見あたらない。それは魚の鰓というよりも、ある種ホヤなどに見られるような、ただの袋であるかのようにすら見えた。そこに、高速で拍動する咽頭が水を送り込んでいるのである。動きからだけではわからないが、ひょっとすると鰓孔からの後流によって、ほんのわずかずつ前進していたりするのかもしれない――が、やはりほとんど動かないことには変わりがなかったし、ひどく不活発な動物のように思われた。
私にとって、それはまさしく、脊索動物においてヤムシのような、微細な浮遊性生物のニッチを模索した結果であるように思われた。
鰓に関しては興味深い――咽頭部の拍動が水を1方向に送り込む方式は、ややヌタウナギにおいてみられる、蓋帆の拍動によるポンピングに似ている。ヌタウナギでは、喉の奥にある蓋帆が1秒間に数十回も拍動することによって、水を袋状の鰓室に送り込んで、そこから伸びる外鰓管を通じて排出している。それと相同な構造なのかはわからないが、似ているように思われた。いっぽうで、ヤツメウナギとは全く異なる。ヤツメウナギでも蓋帆は拍動するが、おもに成体ではそれよりも鰓籠と呼ばれるかみ合った軟骨組織の、収縮と弾性変形によるポンピングを用いている。アンモシーテス幼生では鰓籠と蓋帆を両方使うが、すべて蓋帆に頼るわけではないし、その形態も鰓弓に沿って鰓が並ぶという、脊索動物において基本的にみられる様式を踏襲しているように見える。――そして、外から透けて見えるコノドントの鰓は、そのどちらとも違っているように見えた。
それがどのようなものなのかはここでは専門的な解剖になるため割愛する。ただ、その出現から1億年以上もたっているコノドントで独自の形質が多数出現していることは、想定された通りであった。
さて、コノドントは、小さな生き物である。
体の長さは数センチ、幅にいたっては数ミリがいいところだ。
このサイズでは推進方法も水の粘り気を使った突進のほうが、身体のうねりによって生じる圧力差を使った揚力推進よりも、はるかに有利になるスケール感だ。
呼吸法にしたって、ある程度は体表からのガス交換で賄えてしまうレベルだろう。餌を食べている際の呼吸などはまさに気になるところである―ヤツメウナギでは口からの流入して鰓孔に抜ける一方向性の流路をシャットアウトして、鰓孔から水を出し入れするようにする―が、コノドントでもそういう機構が発達しているのか、それともスケール上のおおらかさで賄われてしまっているのかは、じつに興味深い。
ともあれ私の目には、コノドントはそうしたプランクトン性のニッチに適応した、かなり特異な、構造の退化と特殊化が進んだ生物であるように見える。
コノドントが現生無顎類の中ではいったい何に近縁なのか、脊椎動物なのか、それともより原始的な脊索動物の何かと捉えられねばならないのか、私は結局、実物を前にしても見極めることはできなかった。
今回のフィクション要素は呼吸器です。
コノドントでは鰓籠や鰓弓といった軟骨要素がはっきりと確認されない(保存のよい標本であっても)ため、脊椎動物としての立場が疑われることもあります。
そのため、こうした軟骨組織をあまり要しない、保存可能性が低い呼吸方式として書いています。




