ウォーターストネラ-エビのような、なにか-
もう一種、1㎝ほどの、小さな「えび」がいる。
だいぶ細身で、動きも素早い。
非常に発達した腹肢を勢い良く動かしながら、同じ向きに整列して、少し崩れてもまた向きを整列しなががら、水槽の中で大きな群れを作っている。
大きなほうの「えび」(Aeschronectida-おそらく、カリデクテスだと思われる)と違って、短く繊細な脚は折りたたまれずに下に伸ばされ、まるでバスケットのように広げられていた。
胸脚に生えた剛毛が、虹色の光沢を放っている。
胸肢の使い方は、オキアミのそれによく似ているように見えた。
おそらくそれと同様に、これをフィルターのように使って海水をろ過するか、ぶつかってきた餌をつかみ取って口に運ぶために用いられるのだろう。
8対発達した胸部付属肢や、甲皮がおおっているにもかかわらず背板が発達している点などは、先ほどのAeschronectidaによく似ている。しかし、触角の鞭状部の数や腹肢の鰓といった、決定的な特徴はまるで欠いていたし、胸部付属肢の形状もだいぶ違っている。とくに、非常に発達した細長い外肢のせいで、8対の脚がまるで16対のように見えてしまっているところは決定的な違いだ。
他のグループはどうだろう?
十脚類ではない、となると、アミ類やロフォガスター類、オキアミ類…
ある種のアミ類には少し似ているかもしれないが、育房はないし、外に露出した鰓があるわけでもない。
正直いえば、何なのかいまいちよくわからない。
前期石炭紀から知られている、Waterstonellaに、とてもよく似ている。
しかし、時代がややずれているから、それそのものである可能性はほとんど、ありえないだろう。
スコットランド、エディンバラには、「シュリンプ・ベッド」と言われるほどこの、よくわからないエビのような生き物が産出する地層がある。どのくらい多いかといえば。切り出した岩を見れば、Waterstonellaが1視界にも何十匹も埋まっているほどなのである。
保存もすこぶる良い。
ほとんど、乾燥させた桜エビをまるのまま石に練りこんだかのように保存されていて、細い脚の一本一本すらも見て取れるほどだ。
とにかく美しい化石である。
フッ素燐灰石で置換されたその化石は、紫外線ランプで照らすと、今採集したサンプルみたいにきらきらりと浮かび上がる。外骨格を緻密に置換しているので、なんと殻が半透明かのように、いま脱がれた抜け殻みたいに浮かび上がるのだ。
しかし。
それがあまり助けになるとも思えなかった。
肝心のWaterstonella自体がなぜか、「あんなに産出するのに!」「あんなに保存がいいのに!」ほとんど研究されておらず、その類縁関係がよくわからない。結局のところ、Waterstonella目Waterstonella科という、ほとんど意味を持たない分類群ということになってしまっている。
しかし、観察した限りでは、腹部の鰓や3本ある第一触角の鞭状部といった、シャコのグループを特徴づける形質を欠いているとはいえ、Aeschronectidaにやや類似しているように思われた。
たしかに、かつてAeschronectidaに属するCrangopsisの保存が悪い個体なのではないか、という説が提唱されたことには、一理あるのかもしれない。
あくまで私の見た感想で、仮説にも辿り着かないようなものではあるが――もしかすると、こういうものがシャコにつながる系譜の、最も原始的な姿なのではないか、とも思った。
すなわち、シャコにつながるグループが決定的な、それを特徴づける形質を獲得する前には、このようなエビ状の形態をもつ浮遊生物だったのかもしれない、ということである。
げんにシャコの幼生は浮遊性であるし、腹肢に鰓を伴わないこともある。
ほんとうのところは、よくわからない
――そもそも後期石炭紀からこのような節足動物は化石記録に出ていないし、そのあたりからして大発見なのかもしれない。
水槽に目をうつす。
ちぎれてはまたまとまり、活発に泳ぎ回るこの小さな「えび」が、水槽の真ん中に密集した雲を作っていた。
そんな、得体のしれないものが、漁獲物の大きな部分を占めている。
こんなにたくさんとれるものに誰も手を付けていない、とはちょっと思い難いが、ここまでタイムトラベラーたちの記載活動がザルであることを考えると、新種記載および再分類のチャンスにも恵まれそうだ。
化石保存に恵まれない、沖合の浮遊生物は、いまだにまだ何もわからないといったほうがむしろ、誠実なのかもしれない。
さらに沖合に思いを馳せる。
いったい、この石炭紀の惑星の半分以上を占める海において、最も多い生き物は何なのだろうか?
それはもしかすると、一匹も化石記録に残されなかった生き物だったのかもしれない。
Crangopsisとシノニムとする説って?となった方への出典⇩
Clark, N. D. L. (1989). A study of a Namurian crustacean-bearing shale from the western Midland Valley of Scotland. University of Glasgow (United Kingdom).




