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サンプリングは、時間と勝負。

作業灯に照らし出された甲板では、“ビドリーニョ”の出荷作業が始まろうとしていた。

液浸するほうのボトルには、ラベルを打刻しておく。入網時刻、網番号、深度10mで1ノット。――網に取り付けられたセンサーと総合すれば、どのくらいの水をろ過して、どのようなコースで、どのくらいの獲物が入ったのかがわかる。手書きしてもいいのだが、テプラでやっておく――悪筆でデータが狂うのは、ごめんだからだ。そして、読み合わせして内容の正誤を確認。

採集物の総量だけ、空欄にしておく。

コッドエンドが上がってきて、クレーンスケール測りのメモリが触れていく――

そして、数字がふらふらと揺れている。

「25…6キロ」

256kg。持ち上げるだけで下の方の獲物は潰れてしまっているだろうな、と思いながら、カリカリとラベルを書き込んだ。

コッドエンドが開く。

滝のようにどっさりと流れる、透明で水のように透き通った、しかし梅ゼリー程度にはほんの少しピンク色がかった漁獲物。

虹色の、オパールにも似た艶めかしい光沢を放ち、うにょうにょとうごめき、ぴちぴちと飛び跳ねた。

エビに似た生き物が、大部分を占めているようである。

素晴らしい――が、標本としては、1リットルも回収できれば十分である。

コッドエンドの最上部は、おそらく重みが一番かかっていないはずだ。そして、網をあけたときに最後に出てくる部分でもある。

積み上げられた漁獲物のてっぺんを、小さめのバケツ(メモリ付き広口ポリ瓶とかいうが、要はバケツみたいなものだ)で1L、掬いだす。

採集物は大きなものでも数センチしかないこともあって、まるで液体のように掬えた。

まさに、シラス漁やサクラエビ漁そのものだ。

なにせとれているものが数センチやそこらなので、クリームか何かを掬っているみたいに滑らかにバケツに収まった。

標本として無差別に回収する分。

もう一方は、水が溜まったようになっている部分を少しだけ、掬いとる。

生態観察と撮影用の、ほんのわずか――とはいってもおそらく数百匹以上は含む――画分だ。

掬い取ると生きているうちに、すぐさま研究室の水槽に駆け込んだ。

水槽には海水が循環するようになっているが、このような微細な生物を入れるとなるとフィルターが詰まってしまうので、循環は既に止めてあった。

エアレーションはといえば、数重に重ねたパイプの中でエアレーションが行われるようになっている。こうすることによってエアレーションによって起こる水流がパイプを数回上下しながら海水中に伝達し、微細な泡を出すようにしてもエアレーションの水流と泡に呑まれて微細な小動物が傷つくのを防止している。ミジンコの培養に使うエアレーション装置を工夫したものだ。さらに、そのままにしておくと水の表面にもこもことした泡が溢れ出てきてしまうので(プロテインスキマーなどではこの泡を不純物除去に使うが…)、もこもこと溢れてきてしまうので、超音波洗浄機の要領で泡を溶かすようにしてあった。

後ろでは漁獲物をザルのようなものに入れて、洗浄と比重分離に回している。

――ああなってしまうと、もうサンプルには使えない。

洗浄は海水を使うが、ザルに入れる時点で同定形質になる(とはいっても現時点では同定形質もなにも何もわかっていないが)微細な棘や脆弱な体が崩れてしまう。そして、次の比重分離では淡水および塩水に対する浮き沈みで獲物を分離するが、今度は浸透圧差で確実に獲物は死ぬし、形も水膨れになったり、今度はしなしなに萎んだりと…とにかく使い物にならない。

保存用のサンプルはそのまま、急速冷凍に回した。原始的な方法だが、形態の損耗もDNAの損耗も比較的ましだ。帰ってから解凍しつつ、各種に適した固定方法で固定しなおす…何日かかるか、頭が痛い。


さて、水槽に入れられた生体観察用のサンプルを見れば、まあ予想はされたことなのだが、その半分ほどは力なく浮くか沈むかしてしまっている。

しかし、元気に泳ぎだすものもいた。

ほんとうに問題なさそうなのは全体の3割もあればいいほうだが、それだけで大成果だ。

戸外では、出荷に向けた分別作業が行われているのがモニターに映る。

網にひっかかった、粗大な生き物をとりあえず、循環海水ホースの入ったコンテナに投げ込んでいた。そうするように伝えておいたからだが、いったい、何が引っかかっているのだろうか――できることなら自分でやりたい。軍手をつけて、何やら網に引っかかった魚を回収している。おお、あれは…!知っている、飛び切り珍妙な古生物の姿が幾つもみえて、今すぐでも飛び出していきたかった。

が、正直それどころではない。

泳ぎだしたものを見つけ次第、撮影用のケースに入れて撮影する、その繰り返しだ。

1~3センチといった大きさの微細な生き物たちは、擦れや環境変化に極めて敏感だ。いまは元気なように見えても、いつなんどき息絶えてしまうかわからない。


「どんどん持ってきちゃって!」

アリアが叫んでいる。

とにかく、スピード勝負である。水槽内に目を凝らし、生きのよさそうなものを見つけ次第、特大のスポイトを使って水槽に運ぶ、といった具合だ。

ものによって、メッシュカップを使ったり、そこそこの大きさのあるものにはより大きな、少し掃除機にも似たハンディ吸引機を使うこともある。

観察できる生き物には、どうしてもバイアスがあった。

アンモノイド(原始的なアンモナイト)の子などは水からあげられてもよく生存している。

いっぽう、ヤムシ類や魚類――なのかどうかすら怪しい脊索動物――は多くが死んでしまっていたし、くるくると回ってしまうなどの異常行動をきたしているものが目立った。

節足動物は生きているものこそ多いが、水をよくはじくために水面に浮いてしまっているものも多い。

夥しい数の「えび」が、透明な腹部に並んだ足を漕いで定位している。

しかし、「えび」以外にも様々な生き物が泳いでいるのが見られる。

その中に、体を緩くくねらせながら、きらきらと虹色に光るものの姿があった。


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― 新着の感想 ―
この手の小さな底生動物(ベントス)や一部プランクトン?は、当時何を食べていたのか、何に捕食されたのか気になりますね。タフォノミーや食物連鎖(および生態系全体)に興味があるので尚更です
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