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石炭紀紀行(鱗木SF・改)  作者: 夢幻考路 Powered by IV-7
海洋編(2)航海調査へむけて
226/226

虹色に輝く、UMA

漁獲物は、ごく薄い桜色を帯びた、透明な塊だった。

水にあけてみると、獲物の大多数は、エビに似た小さな甲殻類と、透明な、ガラス片みたいなヤムシ類だ。エビに似た、とはいっても、脚が何やら多くて、確実に、エビそのものではない。

それに混じって、稚魚や得体のしれない脊索動物が、虹色のぬめるような輝きをまとって煌めいている。

もっと小さなものもいる。

カクカクと動き回っているもの、カイアシ類の何かだろうか。

より小さな、何かの節足動物の、ノープリウス幼生らしきもの。

もっと小さな「なにか」も沢山泳いでいる。

しかし、ちょっと目視での判断は難しかった。

イカの子に似たものや、小さな小さな、アンモナイトの子が、ふよふよと浮きながら、急に水をジェット噴射してぴょっと動く。


そんな中、ひときわ目を引くのは、虹色に輝く、蛇のような生き物だった。

光の帯が、青、ピンク、緑と色合いを変えながら、波のように体を走っていく。

まるで、ウインドチャイムだ。


体をくねらせるとともに疣足が連動して波のように動く。

すると、その先端に並んだ剛毛が、光を反射して虹色に光り輝くのだ。もしかしたら、発光もしているかもしれない。

――しかし、照明の下では本当に光っているかは、わからない。

前方には長い、二対の触角が伸びている。

遊泳性の、なんかしらのゴカイ類だ。

疣足の基部はうっすら赤く色づいている。

光に透かすと、精巧なガラス細工みたいだ。

水ごと、さっと掬いとらなければならない。ピペットで吸い取ろうとも思ったが、いかんせん大きい。撮影用の容器でそのまま掬い取るにしても、余計なものが入ってしまう。結局、水面付近に来たところを浅い皿でさっと水ごと掬って、一緒に入ってしまった「えび」を注意深くどけ――もし跳ねて直撃でもしたら、ゴカイが折れてちぎれてしまうかもしれないから――、それから慎重に、水を張った撮影容器の上に流し込んだ。

「次の準備できたけど、行けそう?」

アリアが直前に撮ったカメラの画像を確認しながら、私の方を振り向いた。

「ちょっと待って…」

あらためて撮影容器の中を見てみると、まだよけいな生き物が結構入ってしまっている。簡易のスケールバーが入っているせいで、大きさがだいたいわかった。3.5センチくらい。現生の遊泳性ゴカイと比較すると、そこそこの大きさだ。

その中に、2ミリくらいはある節足動物やら、よくわからない幼生らしきものやらがいろいろ混じっていて、ゴカイが疣足を動かすたびにそれがくるくると回ったり、長い触角に引っかかったり、ピンピンと跳ねまわったりしている。

スケールが入るといよいよ、そのうるささが際立った。

ノイズになるのでスポイトで、そっとぶつからないように気を付けながら取り出して、準備しておいた(混じり物のない)海水を代わりにそろり、そろり、油売りのように――油売りなんて見たことないけど――注ぐ。

そうしていると、不思議なことに気づいた。

体の蛇行させる向きが、後方から前方に向かっている。

だから、前進しているにもかかわらず、まるで逆再生したように見えるのだ。

ウナギのように体を蛇行させることによって局所的な圧力差を作るより、体を蛇行させた際に剛毛が水を掻くことの方が移動で重要な役割を果たしているのだろう。

となると、むしろこの運動は体を蛇行させるというよりも、疣足で水を掻く助けとして使っているのだろうか。

――そんなことを思いながら、それを手渡す。

それを見るなり、

「すごいキラキラ!ねぇこれって何か意味あるの?シグナルみたいな」

とアリアはいう。

――そんな、はじめて見る生き物に対して意義とかいわれても、困る。

実際にそのような用途に使われていることを確認できない限り、推測としか言えないし。

「うーん、そんなこともないみたい。ゴカイの剛毛はChaetoblastからでた細長い突起が後退しながら形成するんだよね。まあ微絨毛みたいなもので、それを支える細胞骨格も面白いんだけど…さておき。突起は後退しながら先に組織を作っていくから、その経路がハニカム構造のマイクロ光ファイバーみたいになって、それが特定の波長を跳ね返したり、干渉したりするんだよね。まぁ、きらきらするって言っても、剛毛をどうやって作るかっていう、発生と成長上の宿命だよ。それを何かに使っているのかは、ちょっとよくわからない」

と、当たり障りのない、いまの生物学に即した答えをした。

――まあ、この生き物をはじめて見たとして、所詮は多毛類だ。

おそらくは現在の多毛類に見られることを外挿するのが、すじだろう。

「なーんだ、あんまり意味あるものじゃないのね…」

と、アリアはちょっと残念そうに言った。

「もしかしたら、何かの用途に使う種もいるかもしれないけど…ふつうはむしろ不利なんじゃないかなあ、オヨギゴカイ Tomopterisなんかも、剛毛を退化させて疣足じたいをパドル状にしてるし、目立ちにくくするための工夫なのかも。」

「Tomopterisって、ねぇ、なんか、シダの名前みたい」

「あー、本当に語源はシダなのかも、形似てるし。」

「で、これの種類は?」

改めて見れば、明らかな顎がない。イソメ目などに見られる強靭な、あれだ。

そう言う点においてはたとえば先ほど挙げたオヨギゴカイに近いけれど、オヨギゴカイは剛毛が退化している。もしかすると、オヨギゴカイのようなものに進化する前の段階で剛毛を保持したプランクトン性のものがあったのかもしれないとは思うけれども、そのようなものでかつ、目の前にいる生き物に似た化石種は、あまり思い当たらなかった。

「うーん、ぱっとは思いつかないね。前期石炭紀のEotomopterisなんかも遊泳性でオヨギゴカイの仲間だと解釈されてるけど、剛毛ははっきりしないし…でも、触角が2本長く発達することは似てるから、当たらずも遠からず、なのかも。そもそも、どのグループに当てはまるかも…調べがいがある、かな」

「じゃ、種小名どうするかなあ」

ラベルにカメラの撮影番号をラベルに振りながら、アリアがいう。

「こういうキラキラって撮りがいあるのよね…」

カメラの偏光板をくるくる回しながら、ぼやいていた。

私はまた、次の生き物を回収する準備に追われていた。


いっぽうのアリアは、黒バックにしたり、暗幕をかけたり。いろいろ試行錯誤している。そしてふいに、

「すごいすごい、光ってる!」

というので見てみれば、ファインダーにうつったそれが、赤く光る粘液をまき散らしていた。肉眼でわかる光ではない。カメラの感度をぐっと上げることによってわかる、かすかな光だ。あるいは、夜目に目が慣れていれば、気づけるのかもしれない。

「ねえねえ、これ見てみて」

フラッシュをUVに変えた映像では、透明なはずのそれの周りが、赤く映っている!

「すごい、UVを当てるとさらに赤く蛍光する…しかも、その粘液が疣足の基部に詰め込まれてる」

そう、妙に赤いと思っていたあの足の付け根は、ランプのUVがあたって蛍光していたのだ。

ふつうゴカイが赤いのは消化管や生殖腺だから、これは盲点だった。

「で、暗所で撮ったのがこれ」

暗所の写真でも、赤い光を放っているのがよく見えた。

「光源がないのに赤く光る…?発光タンパク質と蛍光たんぱく質がセットになってる…とか?もしかして、発光の色調とかわかる?」

「ちょっとやってみてる。うーん、時間かかるし、サブカメラでオートフォーカスにして1時間くらいはいろいろいじろっかな…。」

「じゃ、次の生き物、いっていい?面白いのがいた」

「おっけー。メインカメラの方はもうばっちりだし。1時間くらいじゃ死なないよね?」

「いやサンプル、サンプル重視だから生存確認は最低でも10分おきにはほしい、もし死にそうなら標本にしないとだよ…」

「ま、そうね、撮影の方はバッチリでも、DNAや写真だけだと記載できないもの」

「今のサンプルに1匹しか入ってなかったし、ほんっと気を付けてよね」

「はーい。これで落っことしでもしたら、UMA確定ね」

「ほんと、勘弁して…UMAハンターからして」

――私たち生物研究者が言うUMAとは、いわゆるイエティとかモケーレムベンベとかそういうたぐいのものではない。誰かが記載したけれどもそれ以降まったく記録がない物とか、撮影などの詳細な情報があるにもかかわらず標本が紛失したり、記載が不十分で正体がわからなくなってしまったり、標本採集ができなかったことによって目撃情報だけがある生き物たちである。

標本という実物証拠がないものは、存在しないとみなされる。

そうしたものは昨今、だれでも偽造できてしまう――というか親切にもAIがかってに偽造してくれてしまう、からだ。だから、指定の研究機関に収蔵された標本を何月何日にスキャンした、という記録がなければ、論文は通らないようになってしまった。かつてはおおらかだったというが。

そして――そうした“UMA”を探すのが、現代地球におけるタクソノミーの仕事だ。

だから、私にとってUMAを増やすことは、恥でしかない。

でも、アリアにとっては違うらしい。

「ま、古生物なんて、みんなUMAみたいなもんだし、そんなに気にしなくたって…」

そう、アリアは言う。過去の地球を旅するフィールドワーカーにとって、化石などという不確かでおおざっぱすぎる記載による化石種などというのは、みんなUMAも同然だ、というのは確かにそうかもしれない。出会う生き物のほとんどが未記載種で、写真だけとれば――というか風景写真を撮るだけでUMAの出来上がりになりかねない、そんな世界で活動していれば、その辺にもおおらかにもなれるのかもしれない。

でも

「UMAなんて、ほんっと勘弁」

私は一言吐いた。

後期石炭紀、大陸中央海。

――この海の柔らかい生き物には、まだほとんど名前がついておらず、一目見逃がせば、その残像を次みるものが、現れるかどうかすら、わからない。

ヒトが過去の地球に進出し、街まで作るようになったことが、どのくらいの環境破壊を引き起こすのか、知れたものではない。そうなる前の記録を、とにかく見て、知って、残していくために…UMAなど、あってはならないのだ。


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