<コラム>ウミユリってなんだ?
ウミユリの話を何回かしました。
しかし、そもそもウミユリが棘皮動物であることや、ウミユリとはそもそも何ぞや?、そして、「生きた化石」とは言われるものの現在のウミユリと古生代のウミユリがどのくらい同じで、どこがどう違うのか?、といったあたりについて、今回は描いていこうと思います。
まず、生きた化石、と呼ばれることについて。
ウミユリ類は化石のほうが先に見つかっていたグループでした。ウミシダはそれより前から知られていましたが、茎のついたウミユリ類が発見されるより前に、化石が発見されてよく知られていたということです。生きた化石というときには、非常に古い形態をとどめている生物という意味のほかにも、絶滅した化石種と思われていた生物がまだ生きていた、というニュアンスを含む場合があります。よく私が挙げる例ですが、たとえばクルマエビ類は三畳紀からほとんど姿を変えておらず、ジュラ紀の種が長らく現生種と同属(Penaeus)として扱われていたほどですが、いかんせんほぼ毎日食卓に上がることもあってか、生きた化石として扱われることはめったにありません。
(おまけ:*始祖鳥が産出することで有名なゾルンホーフェン(後期ジュラ紀)から産出するクルマエビ類であるAntrimposは、クルマエビよりはブラックタイガー、ブラックタイガーよりはバナメイエビに近いらしい…というくらい、今の食用クルマエビ類の一員といっていい位置づけです。)
それに対してシーラカンスやウミユリなどは、化石種がまだ生きていた、という形で見つかったもので、生きた化石として認識されやすい例と言えます。
では、次にウミユリ類の形態についてみていきます。
ウミユリ類の外見は、名前の通り、一見すると植物によく似ています。なので、たとえば「これって動物ですか?」とか、「動物になる前の姿」のような感想を抱かれることも多いです。
植物と同じように、根のような固着部位、茎のようなそこから伸びる部分、そして先端にカップ状の萼、そして、そこを取り巻く花びらや葉のような腕を持っています。
なお、ここではウミシダと呼ばれる現生の柄をもたないウミユリ類もウミユリとして扱います。なぜなら、ウミユリ類においては複数回柄を持たない系統が出現しており、また古生代のウミユリ類といった際にはより広い系譜のウミユリ類を扱うため、系統樹を描いた場合にはウミシダ類はウミユリ類の一部とみなされるためです。
そのため、本稿ではCrinoidの訳語としてウミユリを用います。
さて、ウミユリ類は棘皮動物です。棘皮動物というとウニやヒトデなどが有名ですが、ウミユリ類のカップ状に見える部分は、ちょうどウニやヒトデを逆さまにくっつけているようなものと考えると、少しとっかかりがつきやすくなるかもしれません。
ウニやヒトデの場合、口は下向きについていて、そこから放射状に管足が出る部分(歩帯)が走っています。管足は吸盤状でエサを運ぶために用いられます。
いっぽうでウミユリ類の場合、口は上向きについており、そこから放射状に管足の出る部分が走っているのですが、管足は細長く吸盤にはなっておらず、粘液を分泌して餌をからめとります。からめとられた餌は繊毛運動によって(管足で運ぶのではない)口に運ばれます。
腕は5本のはずなのですが、根元で繰り返し分岐し、現生種では10本に見える場合が殆どです。さらに分岐することも多いです。各腕にはさらに左右に枝(羽枝)をもちます。結果としてバドミントンのラケットのような形状になり、各腕および羽枝から伸びた管足が密なフィルターを構成します。
柄のついた逆さまのヒトデ、と例えましたが、消化器についてみてみます。口は腕のあいだにあり、各腕の上側の中央を走る歩帯は、根元を辿ると口につながっています。腕でキャッチされた餌粒子はベルトコンベヤーのように繊毛運動で口に運ばれる、というわけです。口に入った餌は萼の周囲をぐるりと一周してから、口と同じ面にある肛門に繋がります。(口から入って消化管がΩのような形に曲がって、肛門が口の横に並ぶようなイメージ。)肛門の周囲は口よりやや突出していますが、古生代の種の場合はしばしばタワー状にこれが突出し、Pirasocrinidaeなどのグループでは肛門部につながるタワーの先端が、モーニングスターのような棘で武装されています。
さて、口や消化管、生殖器などを格納し、腕がそこから生える部分を萼といいます。
萼はウミユリ類の本体といってよく、腕や内臓のほとんど、柄をそこから延ばして再生することができます。ウミユリ類は茎の最上節と萼の最下部の骨片(基底板)、およびそこを周回する反口側神経環が残っていれば、ほとんどの部分を再生することができます。ちなみに、この反口側神経環は運動制御にも用いられており、現存するグループを含む棘皮動物に脳はなく、化石種でも脳は報告されていません。
さて、茎についてみていきます。
ウミユリ類の茎は板状の骨片が靭帯状の結合組織でつなぎ合わされたような構造をしていて、これで海底から萼を持ち上げています。茎に筋肉は通常なく、神経系によって強度が変化するキャッチ結合組織によって形態と向きが決まります。中央には神経を入れる穴が開いています。茎は萼の付け根から延ばすことができます。
化石種のウミユリ類の茎の根元には、根のような固着装置が見られる場合が多いです。ただし現生種では茎を自切して移動するため、ほとんど見られません。ウミユリの茎は分岐しないので、分岐しているように見える化石はこの固着装置が出ている部位といえます。ウミユリ類の固着装置が再生したかどうかは、はっきりしたことは言いにくいです。“成長点“のようなものはどう支配されていたのでしょうか。
さて、現生ウミユリ、とくにゴカクウミユリ類とウミシダ類では非常に目立つ器官についてあえて言及を避けてきました。茎についた巻きひげ状の巻枝です。これは現生種においては匍匐運動や固着に用いられますが、古生代のウミユリ類の場合は発達しないことが多く、さらに巻くこともできなかったようです。これはウミユリ類としては現生種に繋がるグループで発達したようで、一般的なウミユリの形態とは言えません。
さて、ウミユリ類というと地味で、「植物のような」姿と莫大な化石種の数からきわめてとっつきにくい印象を与えます。なので、(後期石炭紀以外で)キャッチ―なウミユリ類をいくつか挙げてみます。
最小のウミユリはおそらく石炭紀から知られる、数ミリ台のアラゲクリヌス類Allagecrinidaeだと思われます。これに関しては本編で紹介しました。
では、最大のウミユリはどのウミユリでしょうか?
じつは岐阜県の金生山から産出するウミユリが史上最大である可能性があります。
ふつうウミユリの茎は1センチあるかどうか、といったところですが、金生山から産出する巨大ウミユリは直径3センチ以上はあたりまえ、直径8センチにも達します(10センチ行くのでは?という話すら。)。今手元にある標本でも同種のものかは不明ですが、3.6㎝のものがあります。しかし、このモンスター・ウミユリはいまだに分類も記載もされていないのが現状です。金生山は他の生き物も軒並み巨大な、”ペルム紀の怪獣島”みたいな存在なので、そうしたモンスターの一員といえるでしょう。
長さに関しては、ジュラ紀のSeirocrinusは20m以上、萼(腕を含む)の直径は100㎝に達したようです。
おそらく最長の無脊椎動物の候補でしょう。しかし、茎の太さに関しては(驚くほど言及されていないものの)かなり細いようで、少なくとも3㎝を越えるようなものの写真は見たことがありません。おそらく1㎝程度であり、金生山の巨大ウミユリには遠く届きません。
奇妙なウミユリについてもみてみます。
たとえばTrecrinusは柄をもたず、5つの腕のうち3つしか伸長しないので、まるでメルセデスベンツのロゴのような姿をしており、海底に横たわっていたようです。
始祖鳥が出ることや石材としても有名なゾルンホーフェン石灰岩において、最もふつうにみられる化石はなんと、プランクトン性のウミユリ類であるサッココマSaccocomaです。茎を失い、腕で沈まないように浮遊していた、もしくは泳いでいたと考えられています。もしゾルンホーフェンの石材をみたときに蜘蛛のような姿を見たら、確率的にサッココマの可能性が最も高いでしょう。
想像を絶する変なウミユリとして、アンモニクリヌスAmmonicrinusは上げておくべきでしょう。先端側の茎が幅広くなって、カブトムシの幼虫のようにくるりと丸まって萼や枝を隠すことができるようになっています。
あと現生ウミユリは、ことごとく変なウミユリです。ウミシダ類は極めて特殊化していますし、トリノアシなどのゴカクウミユリ類も巻枝で海底を歩くなど奇妙な性質をもちあわせています。Neogymnocrinusは手のひらのような、もはやカップ状でない萼を持っていますし、Holopusは茎を持たず萼が直接海底に固定されます。
その他まだまだ変なウミユリはあるのですが、キリがないし、まったく知らない変な生き物の話をされても困惑するばかりと思うので、ここらへんで一旦閉じておきます。後期石炭紀にみられる変なウミユリに関しては、できるかぎり触れていこうと思います。
ウミユリの体制については主に以下を参照しました。
Ausich WI, Brett CE, Hess H, et al. Crinoid Form and Function. In: Fossil Crinoids. Cambridge University Press; 1999:3-30.
各種の奇妙なウミユリについては以下を参照しました。
各種の復元図もあるのでおすすめです。
Gorzelak, P., Salamon, M. A., & Ausich, W. I. (2025). Treatise Online no. 192: Part T, Revised, Volume 1, Paleoecology and functional morphology of unusual crinoids: stretching the limits of the crinoid Bauplan. Treatise Online.
金生山のウミユリに関しては以下を参照しました。
大垣市金生山化石館化石館だより Dec 2018 No. 92 コラム「大繁栄したウミユリ」
https://www2.og-bunka.or.jp/lsc/lsc-upfile/columnPdf/00/92/92_1_file.pdf
10㎝説に関しては「大絶滅展」(2025)キャプションより。
Seirocrinusに関しては以下が詳しい。
SEILACHER, A., DROZDZEWSKI, G., HAUDE, R. 1968. Form and function of the stem in a pseudoplanktonic crinoid (Seirocrinus). Palaeontology, 11, 2, 275–282.




