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石炭紀紀行(鱗木SF・改)  作者: 夢幻考路 Powered by IV-7
海洋編(1)石炭紀で磯遊び
222/225

ウミユリたち(2)

箱眼鏡を、沖に向ける。

すると打ち上げ花火のように幾筋も、海底からすっくと立ちあがって、その腕をふわりと広げ、その間からは細やかな羽枝が零れて、光ファイバーみたいに煌めいていた。

その茎はまっすぐ、何の分岐も突出もなく突き立っている。

そしてその先端にある萼、腕の付け根には、まるでモーニングスターみたいに大きな棘がいくつも張り出していた。

先ほどタイドプールで見たものとは、明らかに別の海百合だ。

長竿を伸ばして、先端についた手鉤で根元を引っかけると、確かな手ごたえ。

腰に力を入れて、引き抜く。

バリッという手ごたえとともに、手ごたえがふっと軽くなった。

まだ、終わってない。

もう一発、手鉤を打ち込んで、“根“に引っ掛けて、引き抜く。

根元に手鉤をかけると、まだくっついている。

もう一発。

手鉤を打ち込むごとに、バリバリという手ごたえとともに、石灰岩に根を張ったウミユリの“根”が一本一本、引き抜かれていく。

…そしてようやく、すべての“根”が引き抜かれた。

しかし、“根”がすべてとれたとしても、ウミユリは立ったまま沈んでいる。

また手鉤を引っ掻けて、ようやく引き上げた。

ものすごいウミユリだ。

15本以上に枝分かれした豪華な腕のど真ん中には、巨大なタワーがそそり立っている。そしてその先端には、巨大な赤い棘が、まるで星のように放射状に配置されていて、腕が作るカップを上から塞ぐかのような形になっている。

けばけばしい、赤と青と灰色をまぜこぜにしたような、毒々しい青灰色。混合比が違うかのように場所によってまだら模様になっている。

萼や腕の外側には、巨大な棘が並んでいて、一つ一つがオレンジ色に色付いているだけでなく、それを引き立てるように白い模様が入っていた。

ピラソクリヌス科Pirasocrinidaeの一種である。

他にも、球状の萼から16本の腕を並べ――いや、どうして五放射相称なのに16本になるのか??ぜんぜんよくわからないが――パラボラアンテナのような印象を与える、クロミオクリヌス科 Cromyocrinidaeの一種や、萼を縁どるように大きな棘を並べ、がっちりとした短い腕をつけたデロクリヌスDelocrinusなども採集された。

さて、もう一度岸壁を見下ろすと、またヘンなウミユリがいる。

さっき見たピラソクリヌス科の、“太陽の塔”みたいな構造物が、そのまま突き立っているのである。柄がほとんどなく、棘が突き刺さることによって固定されている。

だから、まるで真ん中からタワーが突き出したヒトデみたいに見えるのだ。

珍妙極まりない。

採集するとやはり、柄が異常に細く短いこと以外は、先ほどのピラソクリヌス科によく似ていることがわかった。そういう種もある、ということなのだろう。


さて、次の獲物を探して、鉤棒をもって箱眼鏡を覗きながら歩いていると…

すぐそこ、海の底の岩陰から、ふいに、すっと影が飛び出した。

私の知っている、何者でもなかった。

30㎝ほどの、目の付いた何か。

いや魚なのはわかっているが、知っている魚のどれでもなくて、アメフラシに巨大な目がついたみたいで、口はネズミにちょっと似ている…口がちょっと開いた、真っ白い歯が覗く。ここまでを分析するのに、1秒と掛かっていない。

そして、思わぬことがわが身におこった。

私の心臓の底に、水が溜まって沈んだような気がする。

岩に手をついて、冷汗をぬぐう。

息が上がっていた。

何が起こったのか理解するのに、しばらくかかった――それとともに、私がどんなミスを犯したかにも気づいた。

何も知らないものというのがどうにも恐ろしかった。

未知を求めて旅に来ているにもかかわらず。

私は未知を畏れた。

それは知を求めるものとして、どれだけ愚かしいことであり、責められることであろうか。さらには、私はその気になれば、それをじっくり観察し、仕留めさえできるところにいたにもかかわらず、私はそこから逃げ出した。観察という好奇心を一時の未知への恐怖が上回った――観察者失格だ。


今回紹介したPirasocrinidaeの一種は、Youtubeに素晴らしい復元が投稿されています。

兎に角、ものすごいウミユリです。

https://youtube.com/shorts/pFyFcLf2ht0?si=hj36EpEcfFdLehBP


古生代のウミユリ類はすごく派手なものも多いです。

なお、本作中では個人的に思っていることもあり腕を閉じ気味に復元しています。

まあ、当たっているかともかく。

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