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石炭紀紀行(鱗木SF・改)  作者: 夢幻考路 Powered by IV-7
さぁ、宇宙に出よう―超時空ゲートは軌道上―
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ごめんムリ、宇宙ステーション 〈過去の世界を破壊しないために、まずは我が身を消毒しよう〉

私たちは傲慢にも、過去の世界を旅するにあたって私たちが襲われる心配ばかりしてしまう。

しかしながら、最も警戒すべきは私たちに意図せずして付着した様々な現在の生命が、過去を食い荒らすことである。旅行客を呼び込むため、なし崩し的に環境が崩壊しつつある時代もある。しかし私たちが向かうのは、まだ未開の、手付かずの自然が残る時代である。

ゆえに、不浄なるわれわれは、清められなければならない。

私はそのとき、私たちはいかに不浄で、不浄に依存した存在であるかを、身をしみて学ぶのだった。

「TVCロック、フェザー」「スター・トラッカー整合」

「軌道解、コースト」

姿勢制御エンジンが時折プスッという音を立てながら、軌道に向かって機体を進める。

そして最後、一瞬だけ、主機がごう、と吠えた。

急にちょっとした重みが来たので、ぎょっとする。

そして、華やかな音楽とともに、アナウンス。

「1,300,000 フィートの軌道に入りました。これよりランデブー手順に移行します。」


サイド4宇宙ステーションが、静かに姿を現す。

地球の縁すれすれを周回する、地球ゴマのような姿だった。

直径1,000 m。外周は70 m/s(252 km/h)で回り、1 gの疑似重力を作っている。

周期は44.9 秒。太陽光をパキっと反射して、真っ白に光り輝いていた。

地球ゴマのような姿には、わけがある。

外周の疑似重力区画は、人にはいいかもしれない。

しかし、秒速70mで回転するそれは、宇宙船のドッキングには最低最悪だ。

だから、ハブが設けられている。

回転軸の近く、遠心力がほぼゼロになる静止領域。

コマの芯みたいに、ドッキングタワーが立っている。

高さ、50m。

先端のキャプチャアームが、まずは待ち構えている。

レーザーにより誘導されながら、姿勢制御エンジンが微細な角度を調整する。

そして、アームが、伸びてきた。

全周囲モニターのせいで、なんだか私自身がアームに挟まれてしまうのではないかとぞくっとしたが、帰ってきたのはことん、という拍子抜けな振動だけだった。

密閉された機内に、ほっと吐息が漏れる。

そして――ドッキングタワーは、宇宙船をとらえながら、外周側へとゆっくりと倒れていく。遠心力がかかり始めるとともに、視界の片隅では、私たちとは逆側からドッキングタワーが立ち上がり、次の船を待っているのが見えた。

宇宙船が、外周へと運ばれていき、途中で真横になる。

そして――重力モジュールに接続し、ぷしゅう、と音を立てながら、ドアが開いた。

ライフカプセルの、与圧が、とれる。

かぱり、と開くと、体がふわふわ、と浮くことはなかった。

確かに、重力がよくイミテートされていた。


ステーションに足を踏み入れてすぐ、最初に待ち構えていたのは――検疫だった。

古生代の生態系を守るため、現代から持ち込むものすべてを徹底的に滅菌しなければならない。着ている衣服から手荷物、そして身体そのものに至るまで。検疫の手続きは個室で行われる。

人々はまるで厳粛な儀式に臨むかのように、静かに長蛇の列をなしていた。

列に並ぶ誰もが、黙ったまま書類を確認し、手元の小さな端末に視線を落としている。

咳一つ、靴音ひとつさえ、誰かの集中を破る気がして、静けさが広がっていく。

そう――ここまで来る者たちは、ビジネスマンか、すでに覚悟を持った旅人ばかりなのだ。

「終わったら、下剤でお腹の中までクリーンにされるって聞いたけど…」

私が半ばあきれた様子で言うと、アリアは小さく息を吐いて、両手を腰にあてた。

「…それ、本当。嫌になるよね。これよ、古生代旅行が人気ない理由。」

肩をすくめて、軽く眉をしかめる。

「たぶん、まあ、仕方ないけど。」

そう言いながら、視線を列に戻し、黙って順番を待つ。


一か月前に発送しておいた膨大な荷物は、すでに宇宙港に到着している。

カメラやドローン、センサー類、照明機材といった撮影用の装備に加え、撮影用の小道具や説明用の模型、滞在期間中の食料や日用品まですべてリストアップされ、税関と検疫のために丁寧に仕分けられている。膨大な量の撮影機材や滞在用物資を持ち込むため、申告手続きはきわめて煩雑だ。

撮影機材は150㎏にも及び、1か月にもわたる滞在に必要な食料はさらに莫大な量だった。

「……これ全部、お二人で?」

最初は税関職員も目を見開いていた。

だが、アリアの顔とパスポートを見ると納得したようだった。

「これは…まるで小規模な映画撮影隊ですね」

「ええ。すべて、クオリティのために必要なものです。」

すると職員はにこやかに笑みを浮かべた。

「次作、期待してますよ。息子がファンでして。是非楽しんできてください」

「もうちょっと持ってくりゃ良かったかな」

冗談のつもりで言うと、アリアは横目で私を見て、わずかに笑った。

「ケイ、それ以上は無理。」

軽く首を振り、指先で机をトントンと叩く。


税関処理は本当に、丸一日が費やされた。


税関での手続きが終わった頃には、すでに夜が訪れていた。

検疫所で下剤を渡され、すべてが「クリーン」になるまで長い夜を過ごす羽目になる。

検疫所の簡素なベッドに、二人並んで転がる。

消灯時間が来るとただひたすら静かで、しかし時折、誰かの呻き声だけが遠くから聞こえてくる。

「これ、ちゃんと撮っとけばよかったかも……過酷な旅の裏側ってやつでさ。」

私の声は、もうかすれた、死にかけのものになっていたそうな。

そういうことを自覚できないほどに、ひどい「消毒」だった。

アリアはぷい、と顔を背けて、

「視聴者に、私たちの悲惨な姿を見せるつもり?」

といって、勢いよく振り向いて、くすりと笑う。

「でも、ネタにはなると思うんだけど…」

そんな話をするには、あまりにも情けない夜だった。

私たちは、どちらからともなく、弱々しく、でも確かに笑った。


――翌日、私たちはステーション内で遊ぶどころか、部屋からほとんど出ることすらできなかった。

検疫の影響で弱った身体を休めるため、胃腸に優しく、古生代仕様のプロバイオティクスが配合された流動食が食事として出された。

ところが、その味は散々なものだった。

宇宙港の技術は進歩しても、この分野だけは相変わらずのようだ。

「…これ、何の味?」

薄緑色のペースト。何かぐずぐずとした膜が浮いており、悪臭ではないがその・・・言いたくはないけれど一番近いのは草食動物の”臭くない系の”フンのようなにおいが漂っている。

まあ、ウサギの盲腸便みたいだという前評判よりはだいぶましである。

アリアも眉をひそめている。

「巷じゃこれ、「古生代のの虫がおなかに入らないように」って言われてるらしいね。全く笑えるわ」

「ボクたち自身が汚染源で異物なのにね・・・まったくどうして。」

――そう、私たちの腸内細菌は、古生代の環境を破壊する可能性がある。そのため腸内フローラを全滅させて、古生代の環境に害が少ない菌をかわりに植えつけるための食事――それが、これなのだ。


すると、アリアが喉の奥で一度、わずかに息を詰まらせた。

「ああ、そうだった。味の話ね……でも、味なんて、最初からないんじゃない?」

「人は被害妄想気味だと思うけど、これはまぁ、そう思うのも仕方ないか・・・」


胃腸の機能を「クリーン」にされた私たちは、普通の食事ができるまで徐々に体調を整えなければならない。

流動食を食べ終える頃には、疲労感も相まって、会話もほとんど途切れがちになる。


ステーション内には観光用の施設もいくつかあり、気晴らし程度のアクティビティも用意されていたが、私にはどれも手の届かない世界だった。アリアなら、涼しい顔をして遊びに行ってしまったが。

誘われたときには「絶対無理」と断ってしまった。

宇宙限定、サイド4限定なのに、と、心底残念そうにしていたけど、ホントごめん。


「まあ、部屋でゴロゴロしてるのも悪くないかもね。」

そう、一人でつぶやいて、目を瞑った。


そこからのことは、正直疲れて、あまり覚えていない。腹の中の有象無象が、これほどまでに私を支えてくれてきたのか、と失って初めて気づくばかりであった。

翌日、棺桶みたいなライフカプセルに詰められて、宇宙船のコンテナに積まれ、私はラグランジュ点にある超時空ゲートに向けて、放り出された。


ひたすら、何もない。

体調も、よくない。

ケイ・ヤマナカ・・・社会人女性だが、小柄な体格から男の子と勘違いされる。かつては大学で研究していたが、いまでは社会人3年目のアマチュア博物学者(Naturalist)。

アリア・エンバートン・・・ケイの大学時代の友人。恐竜研究者、動画配信者。中生代のフィールドワークを、そのまま荒々しく映した冒険動画は、恐竜を「博物館の古びた骨」から「会いに行けるサファリ」へと押し上げた。世間的にはスターだが、大学時代はケイにノートをせびっていた。火星出身で母国語は英語。実家はエンバートン財団。月面上の鉱山経営にかかわる有力者。

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