裏山トロッコ
ざばり、ざばりと押し寄せる水の帯が、“岩”の隙間を突き抜けていく。
もわりと立ち込める磯臭さの中、足をとられないよう、さっと飛びのく。
潮だまりに縮こまっていたキクルス類や小さな「エビ」――エビではないものも多いのだが――もまた、潮の到来を感じてか、少しずつ波が注ぎ込むともにあわただしく動き出した。いっぽうで、磯といえばつきもののハゼ類が当然ながらまったくいないので――ちょっと物足りなくもあった。
代わりにいるのは、妙に寸詰まりで、しかもハンマーがない、シャコの出来損ないみたいな生き物なのだ。
「磯、どうだった?」
振り返ったアリアの髪が、ふいに吹いた風になびいた。
ええ、もう勿論、満足である
――そう伝えたかったが、風にかき消されて、自分でもよく、聞こえなかった。
採集道具と、ずっしりと重いサンプルを抱えて進む足は、一歩ゆくごとに砂に沈んだ。階段を上り終えて基地に辿り着いたころには、コンクリ打ちっぱなしの地面に、靴にこびりついた砂が白い足跡を残して、それも風で流されつつあった。
アリアは空港の管制塔の横にある建物へと、ずんずん進んでいく。
少し階段を上っただけなのに、やけに風がうるさくて、せかせかと歩きながらただあとをついていくしかない。
扉の前には、足についた砂を落とすための、マットのようなものがある。
妙に平行な繊維が並んでいる。
おや、と思ってかがみこめば、葉の付いたままのリンボク類の穂先を開いて干して、互い違いに組み合わせたものではないか。
じーっと見てみたが、どうにもぱっと見では、よくわからない。
いまいち葉枕――リンボク類の葉の付け根にあるふくらみ――がはっきりしない。
ただ不明瞭に膨らんで、そこから葉が出ているだけに見える。
しかし、それが螺旋状に並んでいるがゆえに、不明瞭なふくらみがあたかも、菱形をなして並んでいるように見えるのだった。
扉をがらり、とあければ、もわりとこもった空気が顔を打つ。
扇風機が回っているくらいで、外のほうがまだ、風通しがよくて涼しいくらいである。
係員らしき青年が出てきた。年は20ばかりだろうか、よく焼けた肌、筋肉質ながらもそれなりの、むっちりとした皮下脂肪も感じられる。彼はにっと白い歯を見せながら、尋ねた。
「どうでした? 海、楽しめました?」
「ええ、まあまあ」
「今日は波、強かったでしょう!」
「このくらいは慣れっこってもんです。」
と(いまいち不愛想だと自分でも思いつつ)答えると、さらに一歩詰めてきた。
「で、新種とか、出ました?」
目を輝かせる彼。
日に焼けた肌に、大きな目がよく映える。
何と答えればいいのか、窮した――未記載種はたぶん、含まれているけど――いたといっていいのかどうか。
いや、そもそも新種いた?と聞かれて、いた、と答えればもう大騒ぎにされてまた面倒な話になる。
尾ひれがついて、数日後には、噂の新種を発見するはめになりかねない。
「——たぶん」
と口を開きかけた瞬間、
「そりゃ勿論!」
とアリアが勢いよく割り込んだ。
「どうせ未記載種なんて、いくらでもいるんだから。いるって言えばいいのよ」
そう、この未開の、人類が植民して間もない古生代の海では――むしろ名前の付いた生き物のほうが、まだ少ないのである。
「おお、それはよかった!」
青年はがらりと扉を開ける。
熱帯の海風が生ぬるい、こもった室内ではやくもジワリと滲んだ汗に押し寄せる。
一瞬身震いする。気化熱の大きさに驚いて。
裏山の目前には小さな、おもちゃみたいな線路が敷かれ、そこには小さな小さな、トロッコ列車が佇んでいた。
「港までは、こいつで一本です。次の出航は2時間後なんで、時間にもそこそこ余裕がありますよ」
そういってまた、にかっと笑うのだった。
2人っきりのトロッコが、ガラガラと動き出す。
荷物も――私たちの手持ちだけ。
「ねえ、リリィは?」
「いまごろ、港で交渉してくれてるはずよ、サンプル処理の、ね」
そんな話をしているとき、例の足ふきマットがおそらく、オムファロフロイオスOmphalophloiosのものであろうことを不意に思い出して、ふっと笑ってしまった。
「何よ」
「いや…あの足ふきマットも、サンプルとしてほしかったなって」




