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石炭紀紀行(鱗木SF・改)  作者: 夢幻考路 Powered by IV-7
海洋編(1)石炭紀で磯遊び
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三葉虫

水槽に、ころころと投げ込まれた4個のそれは、直径1センチほどの、やや平べったい塊だった。

ポトン、と、小石でも投げ込まれたかのように勢いよく水底に沈む。

色は薄い灰色をベースに細かい白っぽい斑点や黒い斑点が散在している。

そして、棘が2本、両脇から出ていて、片側はすこし、突き出している。

しばらくすると、そこからにょろっと、長い触角が伸びる。

そして、ぱっかりと、二枚貝が口を開けるように、開き始めた。

しかし、ぐるりと起き上がったはいいが、上下逆さまだ。

遊泳用の外肢は収納性をあげるべく精巧に噛み合うような構造になっている反面、遊泳力には恵まれていないようで、ひっくり返ったままじたばたと脚を波打つように動かしている。そして、体を逆向きに反らせ、触角を振り回しながら、ごろりと向きを正した。

透明度の高い大きな目の個眼が、きらきらと光を反射する。動きは少し地面から浮くようにしながら、せわしなく体の下を引っ掻き続けるという、一風変わったやり方だ。歩くというよりも、身体の下側を足で外から内に引っ掻くようにするうち、前に進む、といったようなものである。

「三葉虫。無事活きててよかった…ねえケイ、もう見てた?」

アリアがその大きな目をキラキラさせながら、覗き込んでくる。


ありがとう、とでも言えばいいところをなかなか出てこなくて。

「塩分濃度に敏感なんじゃないかなあ、何メートルくらい?」

と聞き返してしまってから、――ああ、失敗した、と反省した。

「よかった!2、3m潜れば、ポツポツだけどいるけど、どうかなー、見てるのかなーって」

「まだ見れてなかった。ありがとう。フィリップシア科だね」

ようやくお礼――お礼と言っていいものか?をぎこちなく口にして、私はまた、もっとましな言い方があったのではないか、と思うのだった。

「石炭紀以降の三葉虫ってほんっと少ないから、4匹も捕まえたのなんて初めて!ねえ、初三葉虫の気分はどう?」

「あ、初ってわけじゃ…いや、間近で見たのは初めてで」

「もう見てるんだ。」

そう言って、アリアはわざとらしくしょげて見せた。

「パラーの宿前の桟橋で、海からちらっとだけ」

「海面から見つけたってこと?めっちゃラッキーじゃない、それ。」

「でも捕まえられなかったし。それにしても、質感が石みたいで本当にかっこいい…」

石のよう、といえば、水に入れたときの沈み方もそうだった。比重がやけに重いらしく、小石でも落としたみたいにすごい勢いで沈むのだ。砂粒をまき散らしたような模様は、ハマダンゴムシのそれに似ていなくもないが、花崗岩の小石にも少し似ていた。

「コロコロって落ちたとき、どこに落ちたのか全然わからなくなるのよ。動かないときは本当に動かないんだから」

「なるほど…」

そう言いながら、こいつは何者だ、ということに神経が傾いていた。

頭の膨らんだ部分―グラベラという―が前方まで達していない。グラベラは目のあいだで最も幅広になって、後端の左右には大きな、溝に仕切られた三角形の区域があるように見える。しかし、その間を結ぶような溝はない。つまりPreoccipital lobeは発達するがMedian lobeはない。グラベラの前方には、2対の溝がある。目は三日月状、というか、ドーム状に盛り上がった側面に張り付くように湾曲して伸びていて、頭の長さの三分の一を占めるほどよく発達している。そして、頭の両脇から後ろに伸びる頬棘はかなり発達している。

――ということは、側方の視界は広いが、上方視界はあまり広くない、ということだろうか?

頬棘の発達はたぶん、外敵からの脅威に対応しているのだろう。

胴節は9節あって、両脇ではカメラの絞りみたいに噛み合う構造になっている。

尾板はといえば、三角形に近くて、やや縁取りがされたようになっていた。先ほど丸まった時も、この"縁取り"が外に出て、尾板の先端が頭から張り出すようになっていた。

尾板自体がかなり平たいこともあって、三角の板という印象が強い。

「…Ameura、かな…」

何とか頭をひねって口に出すと、

「さすが!そう、Ameura。」

――さすが、と言われても。

「そっちこそさすがだよ、三葉虫の同定ってものすごく種類多くて難しいじゃん。AIにでも聞いた?」

「失礼ねえ、でもペンシルバニアンの北米って、見つかるの2属くらいしかいないし」

「あー…」

――たしかに、もうちょっと楽できたかもしれないけど…見ようとしただけ力になるから。間違ってたら恥ずかしいところだ。

そう思った。

「三葉虫もフィリップシア科しかいないし、後期石炭紀にもなるとみんな同じ見た目…とおもってたけど、こいつはけっこう個性あるな、と思った」

「そう?」

「そう、この大きい目とか、長い頬棘とか、三角形の尾板とか。浅い海を好む種なんだろうなー、っとか」

「なるほどね…」

「いや、なんか、感じない?その…。他の種の傾向とかから見ても」

そう言ってから、アリアが脊椎動物屋であることを思い返して、しばし黙りこくる。

「あ、いや、ごめん、すごく考えさせられたってこと」

――といったはいいが、今度は私にとっての考えさせられるということは最上級の賛辞だということが果たして伝わるかということにまた頭を悩ませる。

「いいもの見れた、ってことね!とってきた甲斐、バッチリね。よかった~」

アリアは撮影を終えて、他の機材を畳みながら笑いかけた。

――面倒なやつでごめん、と言いそうになったけど、さらにこじれるので、作り笑いをかえすだけにした。

水が満ちゆく“磯“をあとにすると、砂に足が沈む。

「うっわ、なにこれ」

行きに見た、切り刻まれたクテナカントゥス類の亡骸を、アリアが大げさに指さした。

「見てなかったんだ、それ。」

「見てたら言ってよ!」

「いや…まあ、言うまえにもう潜ってたし…」

「おかっぱりで釣れるのかなあ、エデスタス」

「…そっち?」

「だってまあ、ね?」

アリアが双眼鏡を取り出すので、ついついそれに倣った。

堤防へと向かう中、何か大きな魚の背びれでも出ていないかと海を見渡したけれど、古代の猛魚はそう簡単には、みえてくれなかった。

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