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石炭紀紀行(鱗木SF・改)  作者: 夢幻考路 Powered by IV-7
海洋編(1)石炭紀で磯遊び
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ウミユリたち(1-1)



海はもう、すぐそこだ。

しゃわわ・・・しゃわわ・・・と、耳をブラシで撫でられるような、しかしそれが腹の底から響くような熱帯の海の音が、背中から吹き抜けていく。

熱帯の、やけに静かな海だ。

しかしその静けさがまた、身体をくすぐるようでいて、また気づかずに迫られて、抱き着かれて、どこか遠くにさらわれて行ってしまうような気がした。だから、それに背を向ける気がしなかった。

それに、海を見やれば、そこには海面からせり出したカエテテスChaetetesのドームが点々と並び、逆光に照らされて黒々と見えたそれは、海坊主みたいでだいぶ、不気味で目が離せなかった。

この、サンゴのような海綿の化け物は――その存在自体が、得体のしれない。

色も黒々としたものから緑色、時には赤茶色などとサンゴのように様々で、しかしそれが共生藻類によるものなのか、単に表面に生えてしまった藻類によるものかもわからず、しまいにはそれが本当に生きているのか、すでに死んだ骸なのかもわからないことが、私にはどうにも不気味でならなかった。

ぼこぼこぼこ、と泡が上がり、その一つからひょいと黒い何かが這い上がった。

ぴょん、と、まるでアシカかオットセイみたいな身のこなしだった。


いやオットセイなんて言ったらあまりに失礼かもしれないけど――100%善意で言わんとしたことをまず断っておきたい。もう少しましな言葉を遣おうか。

その動きがあまりに素早く、優雅で、まったく、ありえないのだけど、人魚みたいだと思った。

――まあ勿論、潜って採集中のアリアが、ひと休みするべく陸に上がったのだった。


アリアは魚が入っているらしき袋を、さっと置く。

そしてこちらに気づくと、手をいっぱいに振っている。

口が、「なにかとれた?」というように動いているように見えた。

が。

直後、何か大きな三角形の背びれが波間に動いているのが見えた。

アリアはそれを指さして、大笑いしている。

まあ間違いなく、広い意味で言うところの「さめ」の何かだろう。

さすがに背びれだけでは何の「さめ」なのかはよくわからなかった。

するとアリアは例の、背中に背負った猟銃みたいな毒銛を構えて、スナイパーみたいに構えた。

ドームみたいなカエテテスは、いまや毒銛を構えた彼女の、陣地である。


じりじりと歩み寄り、身をかがめ、”照準”を定めた。

――彼女は、狩るつもりなのだ。


しかし、その背びれはゆっくりと去っていき――彼女は手のひらを上に向けたジェスチャーを向けたあと、がっくりと肩を落として、また海へと潜っていった。


私はまた、目を落とす。

――あんなのがうようよしている海に潜るのは、ちょっとごめんだ。

人食いサメかはわからない――いや、わからないからこそいやだ。そもそもあれは「さめ」であっても、たぶん本当は、サメですらない。もし人畜無害だとしても、そんな得体のしれない生き物に勝手にすり寄られるのは、まっぴらごめんである。


さて、私の主戦場である潮だまりも、もはや、直径が何メートルもあるものになっていた。

底は、もう青みを帯びている。


うぅむ…経験上、50㎝以上は、あるかな。


光の波長は、その長さによって、水中での透過率が変わる。

50センチの水を覗いたとき、私の目に飛び込む光は、1メートル水中を進んでいる。

その長さの純水を進んだ時、青い光は99.1%が透過するが、赤い光は71.2%しか返ってこない。

この29%の差は、真っ白い石灰質の背景では、水を青く見せるにじゅうぶんだ。


50センチ以上という目測があっているかはともかく、それほどに深いものが目立ち、大きめの波が来るたびに、その水は静かに、光の帯を引いた。


そこに、大輪の花が一輪、花ひらいていた。

肌色の地に、あかがね色の縞模様が走り、点々と、青い灯火が光っている。

その孔雀の羽にも少し似た、毛羽だった羽毛のように枝分かれし、ところどころ主軸が二股に分岐した腕が、椰子の木のように広がる。

その無数に分岐した枝は、きゅるきゅると音が聞こえてきそう、かのように、微細な一本一本が丸まり、開きを繰り返している。

似ている。

現在の磯でも、見かけたらラッキーアイテムと言える、ウミシダそっくりだ。

しかしながら…

これには、細長い茎がついていた。

そう、古生代の海といえば、と言える存在、ウミユリである。


(つづく)



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