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石炭紀紀行(鱗木SF・改)  作者: 夢幻考路 Powered by IV-7
前日譚 超時空ゲートのある世界ー石炭紀、来るよね?ー
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<Prequel 第一部 旅への誘い> 小さな叛逆者 (上)

――いま思えば、私は過去に行かねばならなかったのかもしれない。


超時空ゲートが開通し、人類が時空を超えて進出するようになってから、すでに半世紀。

宇宙へと人類が進出したのは、もう何世紀も前。

火星にすら人がいて、もう何世紀も、独自の文明を築いている。

しかし、重力に縛られた私たちにとって、それは遠い世界の話である。


地球は、もう数世紀以上にわたって、停滞したままだ。

「昔のものは、いいものだ」

そういう諺がある。

いや、諺というより、事実であろう、資源・エネルギー不足による、らしい。


地球は、火星連邦に資源を依存するしかなかった。

そして、途方もない年月をかけて、一発逆転をはかった。

地球―月ラグランジュ点に超時空ゲートを建設し、開通させたのである。

目的は、「過去の地球からの資源調達と植民」。

しかし、目標は半分しか達成されなかった。

資源は調達できても、地球から人を送るには資源が不足した。

宇宙も、過去も、遠い世界のものでしかなかった。


その開通が共通時空暦元年と定められてから、およそ半世紀。

それでも――

「暦が変わって、日々の暮らしも少しは豊かになった。」

それ以上の感想を持つものは、まだいない。

そこでは、旧来の体制が、人々をいまだ大地に縛り付けていた。


そんな時代に生きる一人の異端者が、石炭紀への旅に出るまでの物語。


登場人物

ケイ・ヤマナカ・・・主人公。成人女性だが、男子小学生のような外見。大卒、現在は会社員。

アトラス・・・万能人工知能。

       地球社会ではあたかも神のように扱われており、地球社会のあらゆる面に浸透している。

       地球においては、ほぼ全員がアカウントを持ち、人々を「正しい」方向へと導く。

       ツールとしても普及し、一部の会社ではヒト型筐体を持つタイプが社員として在籍中。

TWINS・・・ケイがモニターとして使っている、試作型AI。

      感情模倣に特化しているが、情報ソースは大学図書館所蔵の資料のみ。

      開発目標は「大学卒業者の生活支援」。



――もし啓示が自然科学の真理を一般的に扱うものだったなら、それは啓示の最大の効用を損なってしまっただろう。すなわち、自然界の探究を、人間の理性という特権を鍛え、楽しませるための最も有益な活動として保ち続けるという効用である。ウィリアム・ダニエル・コニベアおよびウィリアム・フィリップス「イングランドとウェールズの地質学概要」1822 p.51.

時空共通暦五十二年。

――旧日本圏・東京。某総合商社にて。


人が宇宙に進出しても、時空の扉を作って過去に植民しても、暮らしはさほど変わることはなかった。

どころか、慢性的な資源不足の中で21世紀中盤の水準をかろうじて保ちつつ、静かに衰退と荒廃が進んでいた。


そんな社会で、月曜の朝といえば――社内会議に、決まっている。


薄暗い室内。

ライトグレイの壁。

幅にして3mはあろうかという、巨大な画面。

空調の立てるかすかな唸りが、かすかに耳の底を震わせる。


並べられた長机。


画面にぼうっ、と灯がともり。

青白い光が、画面の周囲を柔らかく包んだ。

十数名の社員が、灯に集まる小さな羽虫のように、頬を照らされ、ARグラスを光らせる。

表情筋を動かすものは、一人とていない。


手元には、各々の汎用通信端末がおかれていた。


静寂。


だだっ広い、会議室1-1で動くものはといえば。

空調のノズルのわずかな上下。

向きによってARグラスにちらりと垣間見える、緑に光る文字列。

それだけだ。


一反木綿みたいな画面は、一見すれば、白紙なまま。

しかしその隅をよく見てみれば――何やら、小さな文字列が、経典のようにびっしりと並んでいる。


よくよく見てみれば、名前だ。


そして、各々の名前を記す文字列の横。

小さくミュートと、カメラオフを示す、斜線を引かれたマイクおよび、カメラOFFを示すマークが灯っていた。


ミュートを解除するもの。いない。

カメラをONにする人。誰一人、いない。


それでも、数百人の社員が、この会議に参加している

“ことになっていた”。

いやむしろ ”していなければ、ならなかった”。

本当に聞いているかどうかは、別として。

そういう、きまりだった。


会議が、始まる。

長机に並んだ重鎮たちが、すっ、と背をのばす。

スーツが、ジャキッ、と、布の擦れる音を立てた。

――いや、実際には椅子のわずかなズレが立てる音なのだろうが、そんな擬音語が、よく似合う。


各々の端末が、一瞬の点滅ののち、カッと青白く、光る。


スクリーンにも、火が入った。

一瞬よぎる、地球を背負う巨大な人影。

   そして「ATLAS」のロゴ。

そして、プレゼンテーションが始まった。

「資料1-1をご覧ください。汎用人工知能〈アトラス〉と提携した大規模な市場調査の結果です。ユーザーは「アトラス」にアカウントを持つ弊社ARグラス使用者からランダムに選ばれ…」

本日の議題は、開発中の次世代ARグラスの仕様についてだ。


スクリーンには、円グラフと折れ線グラフが映し出されている。

「このように、円グラフでは9割の人間が「リミッターを解除している」ことが示されています。図2に示すように、折れ線グラフでもリミッターを解除する人間がどんどん増えており、来年にも100%に達する見込みです。」


そう、営業担当の田口は息を巻く。


「現行機では自動AI生成の表示速度にリミッターをかけていますが、見てのとおり、ユーザーの大半が解除して使っています。現状、デフォルトでリミッターが設定されているのは当社のみでして、「生成速度が遅い」という評価を多くいただいております。よって次世代機では、リミッターをデフォルト仕様から外す。これが今回の、メインの提案です。」


会議室は、しん、と静まり返った。

誰ひとり、手も、指も、動かさなかった。

各社員の装着したARグラスには、何やら文字列が流れているようである

――しかし、営業も、開発も、端末の向こうの社員たちも、誰一人、声や音をたてることはなかった。


拍手をすればお世辞となり、異論を唱えれば反論となる。

沈黙こそが、最もふさわしい同意である。

最大限の賛辞であり、「それで決まりだ」という意味だった。


そもそも、結論は、すでに出ていた。


弊社のARグラスは、生成AIの速度リミッターが設けられているせいで他社に後れを取っている。

だいいち、会議室に出席している人間のほとんどがリミッターを解除している現状、その結論は誰の目にも明らかだった。


静寂。


――ただひとりを除いて。


「は・・・反対です」


女性にしてはやけに低く、男性にしてはやや高い。


会議室の面々は、その声を聴いただけで、眉を顰め、首をうなだれた。

しっし、と手で払う者の姿もある。

誰かが舌打ちをする音が、会議室に、ちくりと響いた。


スーツの男女のなかに紛れた、頭2つほど低い、小さな灰色のジャケット。

座席にすら座らず、着席した社員の間からぴょん、ぴょん、と手を挙げている。


ケイ・ヤマナカ。


子供のまま、時間が止まったような人物だった。

背丈は、一四二センチ。

あどけなさの残る顔立ちに、角ばった、硬質なシルエット。

髪はごく短く切られていて、耳はまるっと出ており、もみあげも短くそろえられていた。

肩を怒らせ、わなわなと震えている。

目には異常な光が宿り、いまにも飛び掛かりそうである。


かつて

「女性社員?何かの間違いです。男の子でしたよ、ひどく無礼な」

顧客はそう評価したという。

むろん、クレーム対応の場であった。


もし彼女がもっと違う容姿であれば、もう少し尊敬されていたかもしれない。

もしくは、別の性別に生まれていれば。

すでに容姿をなじる心ない噂や悪口が、あちこちでたっていた。

何の理由もなく、そう生まれついてしまったためだが、世間は容赦しなかった。


彼女自身にも、問題は山積していた。役職はなく、所属部署すら曖昧。

遅刻や欠席は日常茶飯事で、机に座ってもいつも眠そうにしていて、何をしているのか分からない。

しかし、会議となると――こうやって突然、暴れだすのだ。


あの、目。

ぐぽん。

そんな擬音語をつけたくなるような、暗闇を貫く、目。

人というより、鷹に似た。


”彼女”の声が、会場を貫く。

小柄なのに、声だけは妙に響く。

普段はぼそぼそとしかしゃべらないのに、”演説”の時になると、高らかに吠える。

えぇ、まったく厄介なことに。

「リミッターを解除すれば人間の認識より遥かに高速に「答え」が表示され、答えを自身の認識と誤認しかねません。はっきり言いますが危険です。弊社製品のリミッターは、AIに洗脳されるリスクを見越した、先見の明がある仕様だと誇りに思っています。」

そして、拳に力を込める。

「もっと言えば、人間が人間でいられるためのセーフティネットです。」

「人間の自我なるものはひどくざっくり、ぼんやりしていますから――外部から提示された答えが自分の思考に先行して入ってきた場合、それを『自分の判断だ』と確信してしまうのです。

この現象は二十世紀から数多くの実験で指摘され続けてきたことで、決して新しいものではありません。」


誰かの貧乏ゆすりが、ガタガタとメトロノームを刻んでいる。

一人の社員がついに口をはさんだ。

「ヤマナカくん、私語は慎みたまえ。」


しかし、止まる気配はまるでない。

その、会議室に紛れ込んだ異物は、さらに演説を続けた。


「つまりですね、リミッターを解除した場合、自分が思いつく前にAIが生成したものを、自ら思考した結果と確信してしまうのです。」

「アトラスが正しいのは分かります。けれど、AIの判断を自分の意見だと錯覚して動くのは――人間として、危険です。それではまるで、キノコに寄生されて操られるアリと、どこが違うんですか。」


声が荒げられ、マイクのノイズが会議室全体に、キーン、と響いた。


……場が、凍る。


そう、この会議は全会一致で異論が出なくなるまで、終わらない。

つまり――こいつを黙らせない限り、”何日でも”会議が伸びうるのである。

げんに、そんな事件がかつて実際に、あった。


会場に、次々とため息が零れた。


――ケイを見ようとするものは、誰もいない。


しかし、全員が視線を向ける“人物”がいた。


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