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石炭紀紀行(鱗木SF・改)  作者: 夢幻考路 Powered by IV-7
海洋編(1)石炭紀で磯遊び
199/230

エビもどきたち(I)ペアコカリスーエビ?アミ?オキアミ?ー

色とりどりの固着生物に彩られた、潮溜りの中。

円盤から足が生えたようなキクルス類が、カサカサと這い回る上を、ふわふわと浮くものがある。

海底を掃くかのように、海底すれすれを滑りながら、右は左へと蛇行して動き回るものもあった。

ガラス細工のように透き通った、繊細なからだ。

ふわりと広がった尾扇が、天女の舞いを思わせるような、艶めかしいツヤを放った。

それはこちらに気づくと、さっと着底して、右へ左へと蛇行しながら暗がりに消えていく。

そして、その暗がりを覗き込むと、沢山のきらきらと光る眼が、こちらに、向けられている。


潮溜りの暗がりにさす光に、

透明な触角がきらりと、蜘蛛の糸のように光った。

エビ…にしか見えなかった。

それも、海のエビというよりは、ある種の淡水エビを思わせる見た目だった。透明で、ほとんど模様のない体は、なんというか清楚で、ギラついたものがない。

かくりと富士山のように曲がった腹部もまた、カクレエビの仲間やモエビの仲間のようにあからさまな、派手派手したものではない。

慨ね、そのシルエットといい、サイズといい、ミゾレヌマエビCaridina leucostictaにとてもよく似ている。


スジエビ属のように物騒なハサミを振り回す様子もない。

人畜無害で、いかにもおとなしそうな生き物に見えた。


それも、とにかく軽やかに泳ぐ。

水中にふわふわと浮いたまま、ヘリコプターのようにその場で一回転すらできるのである。


エビの泳ぎと言ってもいろいろだ。

浮くように泳ぎ続けられる、リトペナエウス・バナメイやイッテンコテナガエビのようなものもいれば、ジェットエンジンのように加速性には優れていても滞空性がまるでない、クルマエビやミゾレヌマエビのようなものもいる。

深海のチヒロエビの仲間などには、アノマロカリスのフラップを思わせるかのように腹肢を大きく横に広げて、はためかせるように泳ぐという。


――このように泳ぎ方には、分類群には全く関係ないようにすら思える。

しかし、それがかえって、面白いと思う。


しかし、何やらそれらにいままだ見てきたエビの泳ぎ方にしても、違和感があった。

滑らかすぎる。

ホバリングするときにも、胸脚をただ下に張り出すというより、水中を歩いているかのように曲げ伸ばしを繰り返しながら波打たせ、そこに生えた剛毛が虹色の輝きを放っていた。


そもそも、胸脚が…多い?

動き回る中で正確な足の数を数えるのは難しいが…

少なくとも、「十脚」してないように思えた。


さっと網を出してとらえようとすると、蛇行しながら滑らかなカーブを描いて底に向かって走る。

うーむ、やはり、現在のエビとは逃げ方も違っている。

最初に緊急ダッシュとして跳ねて逃げるよりも先に、着底もしていないうちから腹肢で直進して砂の中に突っ込むように逃げる。

跳ねて逃げるか、着底してから走り回るのが、普段よく見るエビの逃げ方だと思うのだけど。

――まあそんなこともないかもしれないけど。

そして、最後の最後に追い詰められてようやく跳ねるが、その動きもなんともだるくて、もっさりしていた。

そんなものだから、難なく数匹が捕獲される。


観察用の透明容器に入れると、はたしてその違和感の正体が明らかになった。

エビの胸脚にそっくりな、細長い歩くための脚は、8対もある。

8対の歩くための脚には、その付け根からそのそれぞれに平行に伸びた、歩行用の内肢の半分ほどの長さがある、細長く剛毛をもつ、脚がまた伸びている。

――外肢だ。

節足動物の脚は基本的に、基部から2本の足がセットで伸びる二肢型付属肢で、外側を外肢、内側を内肢という。エビやカニでは外肢は退化傾向か背甲の中に納まっていて、目立たない。

脚がさて、動くたびに長い外肢が連動しつつも、オールを漕ぐように運動する。厳密には回転運動ではないのだろうが、それに近い動きである。

そして、脚が地面を蹴ると同時に、水を掻き、身体をリフトしながら推進させる。


なるほど――ホバリングするときも、外肢をかん流し駆動するために、パタパタと足を漕ぐように動かしていたわけだ。

さらに観察していると、ホバリングとある程度の推進は胸脚の外肢が、加速は発達した腹肢が担うらしい。加速する際には足をさっと畳んで、腹肢でジェットエンジンのように加速するのだ。


さらに、容器の縁にあたったとたん、くるりと背甲が反り返って、その下にある胸節の1,2節が明らかになった!その一瞬の、ぐるりと反り返った甲皮を私は見逃さなかった。

エビやカニなどの十脚類では、頭胸部が完全に癒合してしまっているから、ああいう一瞬の動きは脱皮の時にしか見ることができないはずなのである。


ここまでの特徴を見れば、何者なのかはよく分かった――最も近いのはメゾンクリークのエセックス生物群から知られている、ペアコカリスPeachocarisである。


しかし、そうだとわかっても、目の前にいるエビもどきが、いったい何の仲間なのかよくわからない。


8対の酷似した胸脚をもつ、そのほかの点でエビに酷似した生き物というと、オキアミ目。

アミ目、ロフォガスター目も前方の胸脚の顎脚様の変化は顕著ではないし、あとはスティギオミシス目にしても、特殊化は石炭紀よりはるか後に生じたものかもしれない。

ともあれ、オキアミ類とフクロエビ類の、2つ。

フクロエビ類はダンゴムシやヨコエビを含むグループだ。

そして、目の前にいるエビもどきには、どの群らしい特徴も見当たらない…。

おっと、ひとつの例外を忘れていた。現代では完全に絶滅した、シャコに近い奇泳類Aeschronectidaだ。

一応確認しておく――第一触角のピンと伸びた、「ひげ」は2本。鞭状部といったりするが、奇泳類や蝦蛄ではこれが3本ある。


となれば、アミか、ロフォガスターか、スティギオミシスか、オキアミか…

正直言うと、どれもらしくない。

外肢の付け根に大きな節がある点ではアミ類やロフォガスター類的かもしれない。

しかし、これらでは繁殖期にはでっぷりと膨れた育児嚢をもつが、そうしたものがある個体は採集できていない。雌雄の比率が極端に異なる可能性は、まあある。

たとえば現在のアミでは環境ホルモンのビスフェノールAによって雄が雌化したり、渦鞭毛藻類に似た微生物のエロビオプシスEllobiopsisの仲間の感染によって雄が雌化することが知られているし、雄が著しく短命で一回の交尾で死んでしまう種もいる――いや、それもこれも雌に偏る話ばかりか。

しかし、先ほど見たような背甲が胸部を覆っているものの一体化はしていない、というのはフクロエビの仲間に比較的よくみられる形質でもある。


腹肢が発達し、腹部の横に張り出しがあることはロフォガスター類や十脚類的だが…

それが分類上どういう意味を持つのかは微妙だと思う。

外肢が発達し、胸肢が分化していないという点では、オキアミ類に似ている…けれど、オキアミ類らしい発達した剥き出しの鰓はないし、オキアミの背甲もエビのようにしっかりと胸部と癒合している。


動きはといえば――動きは系統とは関係ないけれど――まったくもってキメラ的だ。

足をばたつかせるホバリングはアミ類に似ているし、腹肢でダッシュする様子はオキアミに似ているし、底を自在に這い回る様はエビを思わせる。


――よくわからない。

影しか残っていない―Schram先生は”幽霊のような”と呼んだ―ような化石をもとに、オキアミ類、ロフォガスター類、などと言われてきたけれど、実物を見れば見るほどよくわからなくなる。

すくなくとも、アミ類らしくはない。尾には平衡石ーなぜか現生種のアミ類では蛍石を生体内で数時間で析出させて用いるものが多い―はないし、胸肢はあまりにも未分化だ。

しかし、ロフォガスター類と言い切れるかと言われれば――そうともいえない。ロフォガスターにしてもあるていどの胸肢の分化は見られるし、現生ロフォガスター類の胸肢は若干、カマを思わせるような亜鋏状になっていないまでもない(割と心の目で見れば)。

もしかすると、きわめて原始的なフクロエビ類のステムグループか、もしくはホンエビ上目のステムグループということもありえないだろうか?とも思う。

となれば念のため、腹節をみておきたい。

エビに似た生き物たち――というか真軟甲類のほぼすべて――は、6つの腹節をもつといわれている。

まだ小さいころだ、エビの絵を描いて(水産関係のお客様宛に)お手紙に送ったら、間違って7節描いていてひどくご立腹されたことがあった。エビというものをわかってない、だそうだ。

理不尽だと思った。

しかし、それもそうである、と今なら納得できる。

エビ様の甲殻類―カリドイド形態とかいう―の基本形をわかっていないからだ。


――ところが。

アミ類の腹節は育房内では7節あり、第六腹節と第七腹節が癒合して、成体の第六節になる。

ヘッケルの反復説にせよフォン・ベーアの意見をとるにしても、その祖先形があるとしたら7節あってもいいのではないか、と思った。

けれど、そんな面白い物を見てとることはやはりできなくて、ふつうに6節だった。


さて、このよくわからない生物を採集して集めていると、どうも違う「エビ」もいることに気づいた――それについては、またあとで触れよう。



―作者あとがきー

熱帯魚店で、勝手に沸いたらしいヨアミの類を眺めるのが好きだった。

その店も今はなくなってしまったし、アミなんてついてくるほどライブロックが入荷することも稀になったし、そもそも海水魚趣味も、アクアリウムという物自体も衰退していってしまったけれど…私には、そうした混沌とした、意図せざるして持ち込まれた諸々が見たくて、つい足しげく通っては。水槽の前にへばりついていたのである。

そのきらきら光る眼といい、ふわふわと、エビのそれとは違う柔らかな動きが好きだった。

ああいうものを飼育できたらいいなと思いつつも、海水水槽を持つことはついに叶わず…いまにいたる。

イサザアミを持ち帰ってしばらく飼おうとしたこともあった――が、うまくいかなかった。

低塩分に耐えられるのは低温の時期だけであるということをあとで知ったが、この不可解な現象についていまいちよくわかっていない。

ロフォガスターにも憧れて、何かしらす干しなどに混じっていないかと探したけれど、なかなか見つけられていない――深海魚直送便あたりに入っていないかと期待しているけど、なかなか出会える機会がない。




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