作者のひとりごと:腕足類回あとがき
あとがきを書いていたら長くなりすぎて、プレビューしたら読みにくくなっていたので、独立させました。
今回は微細な水流環境に応じて適応した生物として腕足動物を描いた。
着想もとは椎野勇太先生らが行っており、その経緯を「凹凸形の殻に隠された謎」に書き残されている様々な腕足動物の水流摂食への適応に関する研究の数々だった。
しかし、描くにあたって障壁が生じた。
いかんせん私は、シャミセンガイは触ったことがあっても、有関節類は化石を採集したことしかなく、生きた個体にさわったことがない。
水族館に行ってみても、化石が透明感をもって転がっているだけという感じでいまいち参考にならず苦慮した。そのため、椎野先生の「凹凸形の殻に隠された謎」でのホオズキチョウチンの観察や、Twitter/Xに投稿されていたホオズキチョウチンの殻を閉じる瞬間の動画がたいへん、非常に役に立った。
そして次にそもそも腕足動物についてまだ知らない点が多すぎると思ったが、それをいかに書くかについてもう一度悩む羽目になった。いかんせんネット上での(いや非・分類学者での?)腕足動物の知名度が低すぎる。たとえば試しに「腕足動物 肉茎」を検索してみた結果がこうだったりした。
「腕足動物の「肉茎(にくけい、Lophophore)」とは、餌を捕獲して口へ送るための繊毛を持つ器官(触手冠)のことで、体を海底に固定したり、砂に潜る際に支えにしたりする重要な役割を持ち、特にシャミセンガイなどの現代の腕足動物で発達しています。この肉茎(触手冠)は水流を作り餌を濾し取りますが、未来の腕足動物では、肉茎が芋虫のように伸びて地中に潜り、獲物を捕らえるように進化したという想像上の例も存在します。」
うーむ…これではあまりにも、あまりにも。
ところが、大変ありがたいことに後期石炭紀の腕足動物の化石写真は Pennsylvanian Atlas of Ancient Life Midcontinent United States https://pennsylvanianatlas.org/ でかなりの種数に対してアクセスでき、たいへん参考になった。
また、Digital Atlas of Ancient Life https://www.digitalatlasofancientlife.org/learn/brachiopoda/
ではとっつきにくい腕足動物の「そもそもこの分類群ってどういうもの?」という疑問に対して、非常にざっくりとながらも解説しており、非常に助けになった。
いかんせん古生代の海を描くにあたって、腕足動物を避けて通ることはできないのである。
あとは、腕足動物を通じて書きたかったところがあった。
この愛らしい(けどなかなかとっつきにくい)生き物を、動きたくないから動かない、けだるげでのろまで愚鈍な生き物ではなく、能動的に動かない、最適化された形態の多様化によって、動かないことが最善の、すみわけ理論的な戦略をとる生き物であるというように考え直してみよう、というところである。
だから、むしろ非常に適応的で、二枚貝に敗れたから衰退したのではなく、適した環境なら二枚貝を圧倒する生物として描きたかった(事実化石記録にしてもそうであるし、新生代の化石記録においてすらも腕足動物はそこそこ出るので、現在の海が異常に腕足動物に厳しいのかもしれない。脱線した)。
というのも、筆者は水流の差への適応の違いが莫大な多様性を生んでいる現象に慣れ親しんできた。現在の陸水域にも見受けられる。水流による揚力で体を石に吸着させて滑走するヒラタカゲロウ科の幼虫がまさにそれで、その観察をもとに今西錦司はすみわけ進化論を提唱するに至ったことでも知られる。
この理論がどこまで正しいのかはともかく、この仲間は適切な速さの水流がなければ岩にうまく吸着することすら不自由するし、採集してみると極めてよくすみ分けていることがわかる。一部の有力サイトがブログ閉鎖の波を食らってなくなってしまったこともあってネット上にいい写真があまりなくなってしまった。冬が旬であるし、読んでいる人でもし興味のある方がいれば、ウェーダーを履いて真冬の渓流に突っ込もう。そこそこの流れならタニヒラタカゲロウやエルモンヒラタカゲロウ、白泡が立つくらいのところにウエノヒラタカゲロウが、白泡で底が見えないくらいのあたりを探れば、運がよければオナガヒラタカゲロウに会える。




