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石炭紀紀行(鱗木SF・改)  作者: 夢幻考路 Powered by IV-7
海洋編(1)石炭紀で磯遊び
197/230

海の宝石箱ーこの海は、よくわからないもので、できている―

海がいよいよ、迫ってくる。

はじめはヒザラガイ、座ヒトデ、イソギンチャクくらいしか見当たらなかった潮だまりも、いまや一面の、古生代の花畑だ。

均整に整った、左右対称の艶やかな殻を輝かせる、テレブラチュラ目やアツリア目の腕足動物はそうした、一角に過ぎない。

他にも素晴らしい古生代の美が詰まった、まるで宝石箱である。

艶々と緑に輝く、傘を大きく広げたキノコのようなものが、もさもさと生い茂っている。エリンギの柄を切り取って突き立てたような、あるいはアワビタケのような――そういう見た目。大きさもちょうどキノコくらい、5センチもない。

手に取ってみれば、しっかりとした硬さがある。

細い柄がしっかりと底を噛んでいたり、互いにくっついたりしていて、パキっと音を立てて折れた。

その触った質感といい、色艶といい、現在のサボテングサに似ている。

後期石炭紀を代表する造礁性生物、エウゴノフィルムEugonophyllumだろう!もしくは、ほかのCyathiformな石灰緑藻の可能性もまたあり得るけれど。

切り取った断片を光にかざすと、深い緑色の組織の中に、その造卵器を確認することができた。それは極めて発達しているものの、放出したあとの個体は全く見受けられなかった――サンゴの産卵のように、一斉に遊走子を放出するのだろうか?


ピンク色の岩があちこちに露出している。

石灰紅藻、ソレノポラ類が作る、もこもことしたマウンド。

やはり常に水没している部分においては生育もよいようで、色むらがほとんどない、鮮やかなピンク色を呈している。ごつごつとしたビーチロックの中で、そのピンク色はとりわけ、よく目立った。

そして、さまざまなものの間に、輝く緑のビーズのように転がるものがある。ごく小さな石灰緑藻や、石灰質の塊を作りながら生育する藍藻の仲間だ。

レースの網目のように美しいコケムシ類の群体や、細かく分岐しながらへばりつくヘデレラの仲間(Hederellid)、微細な渦巻きのようなミクロコンク類(Microconchid)。微細な、しかし幻想的な触手が飛び出し、ちまちまと動いている。これらの正体がいったい何なのか?是非とも知りたいし、知らねばなるまい。

しかし見た目からすれば、いまの箒虫動物、たとえばフォロニスに似ていると思った。ただ類縁関係があるのか、本当は何に近いのか、どういう生き物なのか…全然わからない。やはり、採集して断面を観察してみないことには何も始まらないだろう。

遺伝子を調べたとて、何に近いことがわかるかもしれないが、それがどんな生き物なのかはよくわからないままである。

花のように触手を広げる、イソギンチャクのような刺胞動物もまた、色形ともにどんどん増えてくる。最初はごく小さな個体が見られるばかりだった四放サンゴも、いまや岩に埋もれるようにして黄色やオレンジの触手をポツポツポツと花開かせる、じつに優美な群体を作るタイプが多くあらわれていた。枝のように分岐しているものも多くて、少しチューブワームにも似ている。北の海にいるムツサンゴにとてもよく似ているが、まったく類縁関係のない、他人の空似である――現在のサンゴのほとんどを含む六放サンゴはこの時代には現れてすらいないし、四放サンゴと六放サンゴには類縁関係すらないのだから。種類はよくわからない。四放サンゴはどうも、採集して切片にしてみないと詳しい属との対応すらつけづらい――というのも、切片に特徴がよく出やすいグループだからである。


現在のイソギンチャクに似た軟体性の刺胞動物や、繊細な柔らかい群体を作るヒドラの仲間もたくさん見られた。しかしどれもこれも、化石にも、現生にもいまひとつしっくりくるものがない姿であり、おそらく化石記録にその姿を残さなかったグループなのかもしれない。現生種においては軟体部断面の隔壁の数が重要だけれど、化石に残るはずもないし、のこっていたとしても信頼する指標にはならない。

やはり、採集が必要だ。


ほかのサンゴもいる。

小さな筒をビッちりと並べて輪切りにしたような、あるいはハチの巣のような、床板サンゴ。小さな個虫が一個一個から顔を出している。

四放サンゴが、メガホンみたいな、個虫をおさめる漏斗みたいな構造を積み重ねているとしたら、床板サンゴはその“床だけ“みたいな構造をしていて、チューブの中に個虫が収まっていて、それが成長するとともに床を増やしながら、みっちりと伸びていくのである。これは、いわゆるハチノスサンゴ、ファボシテスだろう。ほとんど同じような構造で枝のように伸びる、ストリアトポラStriatoporaらしきものも、時折みられる。しかし、サンゴ礁を作るほど、多くはない。デボン紀末の大量絶滅で大打撃を受け、後期石炭紀の海では少数派の生き物である。


余談だが、名前を断言できるというのはそもそも床板サンゴに形態的多様性が乏しいためだ。四放サンゴの「床だけ」みたいな床板サンゴは、骨格の構造が単純である。おそらく採集すれば、軟体部に属レベル以上の違いを示すものはいくらでもあるだろうから。

――やっぱり採らなければならない。


いずれにせよ、この”サンゴ”礁において、サンゴの占める割合など、ほんのほんの、ごくわずかにも過ぎなくて、しかもここにいる”サンゴ”が現生のサンゴに近縁であるということですらない。


――石灰化刺胞動物、といったほうが誤解を防げていいのではないか、とすら思う。


さて、この礁において、エウゴノフィルムEugonophyllumらしきキノコのような石灰藻類と並んでよく見られるものを紹介し忘れていた。

理由は簡単、大きすぎるからである。

さきほどまで上げてきた生き物とは、大きさの格が違う。

直径が1メートルを大きく超える、巨大な塊だ。

さっと潮だまりの向こう、海を見やれば、そのドーム状の丸っこい塊が、海坊主みたいに波間に立ち並んでいるのが見て取れた。ときには潮が引くと水面を突き抜けてしまうこともあって、突き抜けてしまった部分は成長が止まり、骸となってほかの生き物を養っているのである。

その崩れかかった骸は、足元の固まった生物遺骸のなかでも、大部分を占めていたし、潮だまりのように見えるもの自体が、密生したその巨体のあいだにできた隙間であることも多く、その表面にびっしりと様々な生き物が生育して、それが生き物であるとわからなくなっていることも多かった。

表面は、やはり小さな穴の集まりだ。一見するとハチノスサンゴの化石みたいな、小さな筒の束を成型したみたいな、あるいはごく小さな竹筒か藁の束みたいであるから、死んだ巨大なハチノスサンゴか一瞬思ったけれど――これは特殊な(たぶん)海綿の、カエテテスChaetetesだ。

よくわからない生き物である。

緑色を帯びているものもあるが、表面や内部に藻が生えているのか、それとも共生しているのかよくわからない。海水中から栄養を得ているのだろうか?それとも、共生藻類から栄養を得ているのだろうか?古生物学的に知られているものは後者を示しているようだけど、本当にすべての種、とくにこんな、ごく浅い海に密生する巨大生物に対してそう言っていいのか?

――しょうじき全然、わからない。

この海は――よくわからないもので、できている。


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