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石炭紀紀行(鱗木SF・改)  作者: 夢幻考路 Powered by IV-7
海洋編(1)石炭紀で磯遊び
194/234

始原蝦蛄、古代蝦蛄

この潮溜まりにおいて最も目立つ、動くものといえば、始原蝦蛄(Archaeostomatopods)である。

この和訳は今考えた。

――というのも、Archaeo-を始祖鳥に倣って始祖、と訳したとき、シソシャコ、ではちょっと、ご飯にかけるふりかけみたいになってしまうためである。


一見したところでは現在のシャコ(蝦蛄)とやや似ていないまでもない。

が、どことなくエビのように似ているまでもない。

いや、アナスピデスのような――古生代を感じるデザインなのである。

たとえば、背甲は現代の蝦蛄のようには細長く伸びておらず、丈もあるし、目の横にある2枚の第二触角鱗片――蝦蛄の目の横から飛び出している、あの翼のようなもの――もまた、小さく、発達していない。

額角が独立して、目と1セットになって独立に、きょろきょろと動く点では現代の蝦蛄とかわらない。

しかし、その額角がかなり大きい。おかげで蝦蛄を見たときにどうしても感じるような、あの専門化された視覚ユニット、潜望鏡のような印象はそこまで強くなく、エビの延長線上のように感じてしまう。

胸部の丈が高いわりに、胴部は少しだけ平たくなっていて、そのせいでやや上を向いたような格好で、砂の上に“座って“いる。

腹部はもう少し丈が高くよりエビに似た姿だと思っていたので、少し意外だった――やはり、横から押しつぶされた化石標本だけからでは、イメージが歪むことがある。

ここまでエビに似た、という語を多用したけれども、ここで断りを入れねばなるまい。蝦蛄はエビから進化したわけではない。ただ――蝦蛄の祖先はおそらくエビに収斂進化した、エビにかなりよく似た生き物であって、そうしたものの一因が蝦蛄に似ていった、ということである。このエビによく似た生き物というのも、またこの石炭紀の海に沢山住んでいるはずである――ので、今日明日にでもなんとか観察しておきたいところだ。

目の前の始原蝦蛄に戻ろう。

――とてもよく擬態していて、にもかかわらず、活発な生き物である。

潮だまりを上から覗いても、この生き物がいることに気づくのすらもなかなか、難しい。そっと息をひそめた姿は、見事なまでに砂や、砂が凝り固まった石に同化している。

そして目の前で1分ほど覗き込んでいると、まるで流砂のように、底が滑る。

――かと思えば、始蝦蛄の輪郭が現れる。

そして、突然底から水面付近まで踊り出したかと思えば、また砂の中に消えていく。

そして、また、砂が滑り出す。

全身に散りばめられた細かい、白からクリーム色の点刻。

それが砂地と、砂地が凝り固まってできた底質にほとんど同化してしまって、動くことによってはじめて、その姿を表すのである。


さらに眺めれば、現在の蝦蛄とも、だいぶ動きが違っている。

それは実に滑らかで、まさに滑る様。エビのようにあからさまに泳ぐでなく、カニのようにガシガシとがさつに這い回るでもなく、ちょうど水底のほんのすぐ上を、滑走するように、足跡もほとんどつけずに、小刻みにホバー航行するのである。

ツーっと進んで、減速して止まり、またツーっと進む感じだ。

毎度ピタッと止まるというよりは、少し滑走しながら、緩やかに止まる。

かなり直線的で、現代の蝦蛄のような、異常に小回りのきく動き方とはまったく違う。現代の蝦蛄は3対の歩脚を、歩行というよりも、スキーのストックや、ある種のサーカスのように使う――腹脚で前進する動きを片方の歩脚を砂に噛ませてブレーキをかけながら回ったり、駆け出すときに砂を蹴ったりするように。

しかし、この始原蝦蛄の場合では、そのような工作はせず、ただ砂との摩擦や、体をひねることによって制動しているらしい。

さらには突然消えたかと思えば、瞬く間に腹脚で砂を掘って、体を埋めてしまうことすらあった。

“消え方”にもさまざまあった。

腹脚で砂を漕ぐことによって、身体を真っ直ぐ伸ばしたまま垂直に沈むのである。

また、凹みにさしかかったときにそれに合わせて、身体をすっと曲げて、窪みにすっぽりと納まっていることもある。

ほかにも、ちょこんと身体を軽く曲げて、そのよく動く大きな目をきらつかせながらこちらに向けていることもあった。


私には、それらの様子が現在の蝦蛄の延長というよりも、魚の延長に思えた。

いかにも、ネズッポの仲間(メゴチといって、かつて資源量があったころは天ぷらにしていたらしい)やアナハゼ(地域によっては、ちんぽだし、という。雄の生殖器が異常に大きいためである。なお、骨が緑色。)といった、現代の小型底生魚類を思わせるところがある。

話し忘れていた――この後期石炭紀の潮だまりには、魚という存在が著しく、希薄である。銀色に輝く、おそらくパレオニスクス類の稚魚はいるのだけれど、それも早々多くはない。ふつう潮だまりにいる魚というのは底生の、小さなハゼやギンポの仲間で、現在の磯ではそれらが一大勢力をなしている。ところが、そうした姿が全然、見当たらないのだ。

それはやや不気味なものですらあるが――その代わりにいる始原蝦蛄のおかげで現代の海を思い起こさせるものがあって、少し胸をなでおろすのだった。

そうした魚がいないかわりに、こうした原始的な蝦蛄が、その機能を果たしているのだろう。


さて、少し眺めているうちに、少しやってみたいことを思いついた。

コンパクトカメラをポータブルの、10cmくらいしかない三脚に取り付けると、私はさっそく、準備を始めた。

私は先ほど踏み潰してしまった座ヒトデの破片を糸の先に結び付けて、ちょん、と落としてみた。

底を這っていた蝦蛄の視線が、上からふらり、ふらりと落ちてくる。

すると蝦蛄はその大きな目をくるり、くるりと回転させて虹色に輝く光彩を放ちながら、くるりとその前半身を翻した――

1匹、2匹ではない。何匹もの蝦蛄が、するり、するりと、砂の中から姿を表し、小刻みに動きながら集まってくる。

そこで少し意地悪をして、餌をちょん、と動かすと、体をゆっくりとくねらせながらさらに前進した。

また、ちょん、と動かす。

それはまた、ちょっと首を傾げた様に胸部を捻った。そして、また少し前進。

まだ3匹ほどがついてきていて、うち真ん中の一匹が、動きを変えた。

体が少し、コブラみたいに鎌首をもたげ、やや畳まれていた第二触角鱗片と、鎌のような顎脚の付け根をさっと広げた。

現在のシャコなら、脱皮後の威嚇行動であって、捕食前の動きとも違うな、などと思いながら、もう少し動かしてみる。


すると、しびれを切らしたのか、それは急加速して飛びついた!

一瞬、この少しエビに似た頭胸部から、何本もの触手の様なものが伸びたように思った。


まるで、イカやタコが獲物に抱きつくかのように、4対ある鎌状の顎脚を広げて餌に体ごと飛びかかったのである。


しかし、糸に伝わるハンマーの、あの電撃に似た感触は、まるでない。


さらに意地悪をして、そのまま糸を引っ張ると、鈍いびくん、びくんという振動と共に、ザリガニ釣りみたいに餌に食らいついたままあがってくる。

そこで見た。

蝦蛄のトレードマークであるあのハンマーは、まだ細長く、貧弱で、コカマキリのカマの方がよほど立派なほどだった。笑えることに、鎌の内側に模様がついているところもそっくりだ。

そして、その後方には3対の、それよりひとまわりほど小さいもののよく似た形のカマが連なっていて、それがしっかりと餌を抱き込んで、カマがしっかり食い込んでいる。


前に8本のカマを集約させた姿は、まるで千手観音カマキリのように全方向から投網を投げるように獲物に飛びかかり、その鋭い先端が突き刺さるか、引っかかるのだろう。

現在のヤブキリやウマオイのような昆虫が、前4本の足を投網の様に使って獲物に飛びかかるのとも、少し似ている。


さて、さっきキクルス類が集まっていた座ヒトデの残骸を見てみると、見慣れない姿があった。平たく鎧のような角ばった甲皮に覆われた、一見すると少し、ワラジムシに似た姿の「蝦蛄」である。それはさっき投げ込んだ座ヒトデの残骸の上にのさばって、餌を独占している。あのハンマーや鎌のような、特化した付属肢を使う様子はまるで見あたらない。

――おそらく、現在のオオグソクムシなどのような、腐肉食者なのではなかろうか。

捕まえてみると、4対の顎脚はどれも小さく鎌状で、大きさも同じだ。現在のシャコのように前を向いてはいるものの、概形としては現在のオオグソクムシの第一~第三胸脚にすこし似ている。たしかにオオグソクムシの胸脚は第一~第三胸脚までは前を向いていて、少し形が違っている。このような付属肢の変化と分業化が――あくまでオオグソクムシはシャコに近縁ではないが――あの、ハンマーの獲得につながったのではなかろうか、とも思う。

これは始原蝦蛄(Palaeostomatopods)である。

前期石炭紀に栄えたグループで、今回採集できたのはこの一匹のみであった。

この訳も今考えた。


ArchaeostomatopodeaとPalaeostomatopodeaの差異はかなり微妙なところがある。


手持ちの知識をもとに記事を書いて最終確認のために念のためWikipediaを覗いたら、何と逆と書いてあるので慌てて訂正した…が、論文にあたり直したら私の知識のほうが当たっていた。

おそらく、Smith et al., 2023のFig. 7における両者が逆になっているのが原因ではなかろうか。


Archaeostomatopodeaの代表はGorgonophontes、Palaeostomatopodeaの代表はPerimecturus parkiと考えるとイメージしやすい。

Palaeostomatopodeaは現在では、ほぼ胸部体節全体を覆う背甲、関節構造の吻、2~5の等長で短い棘をもち、細長い胸脚、そして1つの中央棘を持つ尾節をもつ、とされます。

ここで描かれるのは平たいPalaeostomatopodsなので、おそらくPerimecturusでしょう、ということになる(Schram, 1979 The Genus Archaeocaris And A General Review Of The Paleostomatopoda Hoplocarida Malacostracaより。なおこの後、Palaeostomatopodsの新属は記載されていないことによる。)

メタ的に言うと、現状最も情報が揃っているのはPerimecturus parkiだと思います。


Archaeostomatopodeaはやや大型化した第二顎脚、第6~8胸節が露出している(が背甲は発達する)、および大型の鱗片、中肋と複数の後方棘を持つ尾節、といったところです。

しばしば代表種として扱われるTyrannophontesは第二顎脚がかなり大型化しており、より先進的なメンバーとみなされる場合もあり扱いが微妙です。GorgonophontesとDaidalが情報がよく揃っているのですが、Daidalはまた原始的過ぎるのではないかというきらいもあってGorgonophontesを代表として挙げてみます。




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