ー描写を支える科学的背景ーキクルス類について
キクルス類 Cyclidaというなんとも謎めいた生物が登場したので、今回はこれについて解説しようと思います。
キクルス類は円盤状の甲皮と平たい体をもつ、ややカニに似ているものの類縁関係に議論のある節足動物です。最大種でも6㎝ほどと小型であり産出量もあまり多くはないのですが、石炭紀のメゾン・クリークやベア・ガルチをはじめとして化石鉱脈(Lagerstätte:バージェス頁岩などのように、保存状態の良い化石が沢山出る地層のこと。)から多産しています。
化石鉱脈に限らず甲皮は保存されうるため、幅広い環境から産出する可能性があります。
こうしたことから、ここ数年は毎年のように新種が報告されている、きわめてホットなグループです。
国内からも新潟で発見されています(Niko & Ibaraki, 2011)。
当初はアグノストゥス類の三葉虫(Phillips, 1836)と誤認され、最初に甲殻類と分類したのはvon Meyer (1844)です。現状では2対の触角をもつことから、甲殻類に類縁性がありそうです。(Schram et al., 1997, Clark et al., 2020, Schweitzer et al., 2020, Sun et al., 2025)しかし、甲殻類の中でどのグループに属するかに関しては様々な説が提唱されてきました。甲殻類としては特異な鰓の配置から、鋏角類との類縁関係が示唆されることもありました(Boxshall & Jaume, 2009)。鰓尾類との類縁関係についてはしばしば指摘されてきましたが(Dzik, 2008)、付属肢の構成は一致しません(Clark et al., 2020)。
カイアシ類との類縁関係はしばしば指摘されています。Schram et al., (1997)でカイアシ類の姉妹群とし、Feldmann & Schweitzer ( 2019 ) は多甲殻上綱(軟甲類+六幼生綱(鞘甲類+カイアシ類+ヒメヤドリエビ類))に含めました。Clark et al., (2020)では特にカイアシ類との近縁性を示唆しています。
ほぼ円形の甲皮をもち、甲皮の前縁にはしばしば切れ込みがあり、そこから有柄の目が突出していたと考えられます。2対の触角のうち第一触角が長く発達し、第二触角は縮小しています。胸部は6節もしくは7節で、付属肢は第一、第二触角に加えて少なくとも8対で、亜鋏状(カマキリのカマ状)の付属肢をもちます。腹部は著しく縮小し、殻の腹側には馬蹄状に鰓列が並びます。(Schweitzer et al., 2020)
アメリクルス科Americlidaeの体制は比較的よくわかっているので、ここに記載しておきます。
もし甲殻類だとすれば頭部は第一・第二触角、大顎、第一小顎、第二小顎の5対の付属肢をもつはずですが、現状ではそうである可能性が高いものの、特に大顎および小顎には確証はつけがたい状況です。以下は、Brittaniclus rankiniの付属肢について記載した(当時はAmericlus rankiniであった)Clark et al. (2020)を参照したAmericlidaeの付属肢についての情報です。
第一触角は発達し、長い鞭状部を持ちます。
第二触角はそれに比べて小さく細長く、続く1番目の非触角付属肢は著しく小型です。
(A. americanusでは大顎らしきものが知られているのに対し、B. rankiniにはこのような構造が見つかっていません。)2対の亜鋏状の付属肢、5対の歩脚状の胸部付属肢が続きます。胸部の最後部付属肢の外肢は雄の場合、生殖肢に特化していたと考えられています。
腹部は2~4節あるようで、尾部末端には1対の尾肢をもちます。
なお、最前対の付属肢が亜鋏状と書かれることもあります(Schweitzer et al., 2020)。
生態について。キクルス類は淡水堆積物、海生堆積物のどちらからも発見されます。
三畳紀のHalicyne agnotaは高塩分の潮間帯に生息していた可能性も指摘されています(Zorn, 1971)。CyclidaeとHemitrochiscidaeは石灰岩、Americlidae, Halicynidae, Schraminidaeは様々な岩から産出することが知られています(Schweitzer et al., 2020)。
現在のチョウに似た形態から魚類の外部寄生虫とする見解もありましたが(Dzik, 2008)、現状では化石証拠はなく、Skuinocyclus juliaeなどでは腹側に隙間ができてしまうことから体表寄生性にしては矛盾があります(Mychko et al., 2019)。自由生活性にしても、藻類との共産から藻類食とする説(Schram et al., 1997)があるとはいえ、何か強い根拠になるようなほかの証拠はありません。
決定的なことは何もわかっていない(Pieroni, 2024)、といったほうが無難かもしれません。
前期石炭紀から白亜紀末期までから知られていますが、最も豊富にみられるのは石炭紀とであり、その後三畳紀に2回目のピークを迎えたといえます。(Schweitzer et al., 2025)形態的には石炭紀にピークが見られ、その後ペルム紀にかけて減少したのち、P-T境界の影響をほとんど受けずに三畳紀にも繁栄し、三畳紀末以降は多様性を低下させたようです(Sun et al., 2025)。
Boxshall, G., & JAume, D. (2009). Exopodites, epipodites and gills in crustaceans. Arthropod Systematics & Phylogeny, 67, 229-254.
Clark, N. D., Feldmann, R. M., Schram, F. R., & Schweitzer, C. E. (2020). Redescription of Americlus rankini (Woodward, 1868)(Pancrustacea: Cyclida: Americlidae) and interpretation of its systematic placement, morphology, and paleoecology. The Journal of Crustacean Biology, 40(2), 181-193.
Dzik, J. (2008). Gill structure and relationships of the Triassic cycloid crustaceans. Journal of Morphology, 269(12), 1501-1519.
Feldmann, Rodney M., and Carrie E. Schweitzer. "The enigmatic Cyclida (Pancrustacea): morphological terminology and family-level classification." The Journal of Crustacean Biology 39, no. 5 (2019): 617-633.
Niko, S., & Ibaraki, Y. (2011). First cyclid crustacean from East Asia. The Journal of the Geological Society of Japan, 117(4), 259-262.
Phillips, J. (1836). Illustrations of the Geology of Yorkshire.
Pieroni, V. (2024). The first Cyclida from the Triassic of Italy. Swiss Journal of Palaeontology, 143(1), 9.
Schram, F. R., Vonk, R., & Hof, C. H. (1997). Mazon Creek Cycloidea. Journal of Paleontology, 261-284.
Schweitzer, C. E., Mychko, E. V., & Lehnert, M. S. (2025). North American midcontinental cyclidans (Pancrustacea: Multicrustacea: Cyclida) revisited. Journal of Crustacean Biology, 45(3), ruaf045.
Schweitzer, C. E., Mychko, E. V., & Feldmann, R. M. (2020). Revision of Cyclida (Pancrustacea, Multicrustacea), with five new genera. Neues Jahrbuch für Geologie und Paläontologie, Abhandlungen, 296(3), 1-59.
Sun, X., Schweitzer, C. E., Dai, X., Yuan, Z., Bai, R., Tian, L., ... & Song, H. (2025). A new Induan (Early Triassic, Dienerian) cyclidan crustacean from the Guiyang biota. Papers in Palaeontology, 11(6), e70052.
von Meyer, H. (1844). Briefwechsel. Mittheilungen an den Geheimen-Rath von Leonhard, von den Herren. Neues Jahrbuch für Mineralogie, Geognosie, Geologie und Petrefakten-Kunde, 1844, 564–567.
Zorn, H. (1971). Paläontologische, stratigraphische und sedimentologische Untersuchungen des Salvatoredolomits (Mitteltrias) der Tessiner Kalkalpen. Schweizerische Paläontologische Abhandlungen, 91, 1–90.
作中の描写について
現状では最も復元しやすい種がAmericlidaeという状況のため、Americlidaeをベースに描いています。Schraminidaeとかでも悪くはないのですが、さらにマダニによく似た形を形容するのが、ちょっと初見の人に見せるにはどうかな、などと思ってしまいました(え、第二種以降紹介する機会あれば出しますよ。)。
さて、キクルス類は友人からもリクエストが来ていたので、やらないわけにもいきません。
で…問題なのがその生態です。
鎌状の付属肢は現生種では様々な食性のものが見られるヨコエビや、オオグソクムシなどの腐肉食性の底生動物にも多く見られます。よく発達した触角と鎌状の付属肢を備えるキクルス類は、腐肉食生物として描いても問題ないのではないかと考えました。
また、脚は殻の下にすべて引っ込められる構造になっており、また生物礁においてキクルス類が比較的ありふれた存在であったことを鑑みるに、サイズ的に近いウミユリの茎の破片などに紛れる生態もありなのかあと思いながら、カニやカニダマシの擬死行動をベースに描きました。
ところでカニダマシ、意外と磯で見かけるのが嬉しいですよね。
ちょっと逃げ方がヒラテテナガエビに似てる。個人の感想。
そういう動きするかなー、とキクルス類眺めながら考えてましたが、各節のバランスからするにたぶんしないだろう、という予想に。
*ところで、Fossil Lagerstättenの訳語はかなり混乱しています。
化石ラガシュテッテ/化石ラガシュテッテンなども用いられますが、表記ゆれが多くあまり統一的な用法がなされているかと言われると疑問です。
2020年代前半の日本語学術文献で安定的に用いられている訳語は化石鉱脈で、これに倣いました。
なお、原語に忠実に化石保存庫、としたり(澄江生物群化石図譜など)、他にも化石鉱床などほかの表記ゆれもあります。
保存状態の良い化石をたくさん産出する地層、くらいの認識でよいと思います。




