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石炭紀紀行(鱗木SF・改)  作者: 夢幻考路 Powered by IV-7
海洋編(1)石炭紀で磯遊び
192/231

地を這う円盤

小さな円盤、星形、ラグビーボール、時々メッシュ。

潮だまりの底、敷き詰められた白砂をじっと見やれば、ほんの数ミリメートルの白い宝石たちが、万華鏡みたいに広がっていた。

円盤と星形は、ウミユリの破片。

ラグビーボールはフズリナ、メッシュはコケムシ。

小さな粒や、卵の殻の破片みたいなのは、いろいろな石灰藻類。石灰海綿の破片あたりも、混ざっているかもしれない。

ニョロッとした、チュービファイトなんかもある。

結局何なんだろう、これ。

ごく小さな、腕足動物や二枚貝の貝殻もまた、その中に顔を出した。

それらが堆積し、打ち寄せられて――いつしか微生物によってセメントのように固められ、足元のビーチロックとなるのである。

じーっと見ていると、ちょっと軍隊の徽章か何かにも似た、左右対称で真ん中が盛り上がり、細かい凹凸のあるものが落ちている――三葉虫の、尾板であった。

さらに目を凝らせば、ごくごく、小さなサメの歯―棘みたいな咬頭(サメで言うと、刃の部分)は5つもあった―や、小さな、角のとれた菱形の歯すらも見いだせた。

現在の磯でサメの歯なんてものを見ることはほとんどないから、その魚影の濃さには驚きである、さすが、「さめ」の時代だ。

まあこの歯の持ち主もきっと、狭義のサメではないので。


さて――そんな中、砂が、動く。

おや、と思って目を凝らしてみれば、円盤状のウミユリの破片に混じって、丸く、溝の幾らか入った甲羅から、にょきっと長い触角が生えているではないか。“前側”には大きな目が突き出していて、偽の瞳*がこちらを向き続けていた。

形は――円盤に足が生えているという点では、少し、マダニに近い。

しかし、磯にいるせいで、やや、カニをうんと小さくしたようにも思えた。

1対の長い触角が、上下、左右に振り回される。

――既視感があった。

ヤドカリの触覚の動かし方に、よく似ている。

少し近いのは、カニのような姿をしたヤドカリの一種、カニダマシの仲間だろうか。

しかしカニダマシのトレードマークともいえるあの、身体より長い鋏や、特徴的な濾過摂食を行うフィルター状の顎脚を持つわけではない。

よく見れば、“サンゴ”砂に紛れているのが、ひとつ、また一つと目につき始めた。

白地に僅かな凹凸とまだら模様をもつ甲皮は、よくカモフラージュとして機能していた。じっとして、脚を甲皮の下にぴったりと畳み込んでいると、目が慣れてくるまでなかなか気づかない――が、その凹凸のパターンと模様を見切ると、いるわいるわ。

しばらくすると、殻に引きこもったヤドカリみたいに、一匹一匹と動き出す。

こんなにいるのに、ウミユリの破片と紛らわしい形と色をして、しかも体を半ば砂に埋めているせいで、半分ほども気づかなかった――ああ、失態。


ふと思う。もしかすると…

私は手を、ひょいと“砂“の上に乗せた。

ちくり。

むずむずとした感触が、手のあちこちから立ち上ってくる…

よし。

手を引き上げれば、先ほど目につかなかったほど小さなこの生き物が、ぎょうさんついていた。幼体はやはり、すべて見え切れていたわけではなかったらしい。

見つけるのが面倒なだけに、濡れ手に粟である。

――いや、食われかかっているということなのだけれど。

さっき踏みつぶしてしまった座ヒトデの一部を水に投げ込んでみると、砂の中からどんどん、湧き上がるかのように這い出してくる。



さてこの生き物だが、キクルス類 Cyclidaという、現在は存在しないグループの節足動物である。おそらく、アメリクルス科 Americlidaeに属するだろう。

円盤状の体は、ほとんどすべての体節が背側で癒合してしまっていた。

「地を這う円盤」

この生き物に最もふさわしい名は、これだろう。

昔の古生物学者は、この生物を記述するとき決まってこういった。

“驚くほどカニに似ている”

しかし――私には、そうは思えなかった。

“サンゴ“砂に混じって潜っていること、手を置くと噛みついてくるあたりや、足が小さな鎌状になっていることなどからは、むしろスナホリムシに似た感触を覚えた。

そして、しばらく待っているとピコピコと、ストップモーションのように動き出し、触角をぶんぶんと降りながら動く姿はやはり、ヤドカリやカニダマシを思わせる。カニのように横方向ではなく、前方向に少し動いては止まるのである。

大きめの――とはいっても人差し指の爪の幅くらいだが――個体がいたので、さっと摘まみ上げようとすれば、足をキュッと引っ込めて、円盤状の体の下にピッタリつけて固まった。――そのあたりは、確かにちょっと、カニっぽくなくもない。

けれど――それでもやっぱり、カニじゃあないよなあ、とその、円盤状の生き物を見て思うのだった。

しばらく歩き回れば、潮だまりの底が、ふるふると震えている場所があった。

なにごとぞ、とみてみれば、先ほど投げ込んだ、潰れた座ヒトデの遺骸に無数のキクルス類が群がっているさなかであった。

ちょうどよく生態を観察することができる。

おもしろいことに――今の磯なら、死骸にまず集まるのはアラムシロのような、肉食性の巻貝類なのだが、そうした巻貝類のスカベンジャーの気配がまるでない。

というより、この潮だまりに巻貝が見当たらなかった。

様子を見ていると、魚のような滑らかな動きで、砂のような細かいまだら模様の生き物が滑るようにやってくる。

先ほど数匹いた、小さなシャコの仲間だ。

胴体を滑らかに左右に曲げながらくるり、くるりと周囲をうかがう姿は、現代の磯で見かけるハゼを思わせた。そして、ハンマーの一撃…はなかった。

集まっているキクルス類の群れに突っ込んでいって、エビが跳ねるように(いやそれよりはるかに鈍い動きなのだが)全身を跳ねさせ、座ヒトデの遺骸の一部をもぎ取った。

さらに様子を見ていると――その潰れた座ヒトデが、ざっと砂の中に引き込まれた。

むむ、と思って掘り返してみれば、イソメに似た、大きさ10㎝ほどはあるゴカイの仲間であった。

さっきの「シャコ」も勿論、捕まえた。

おそるおそる、金魚網で。

その脚はどれも似たような形の、小さな顎脚であって…現代のシャコにみられるような立派なハンマーは、どこにもなかった。



注釈

注釈1 偽瞳孔:複眼を見つめたとき、こちらを向いた個眼が光を吸収するので、常にこちらを向いている個眼が黒く抜けて見える。イメージしづらければ、トイレットペーパーの芯を玉状に沢山束ねて、見る向きを変えてみることを考えればよいだろう。こちらを向いた芯だけが、孔として見える。これをうんと小さくしたようなものである。

注釈2 アメリクルス科にはOptic notch(目が収まっていたらしき窪み)は報告されているが確実な目は少なくとも筆者の知る限り報告されていない。ただありそうな場所ではあるし、キクルス類において目があってはならないという話でもない。

注釈3 磯における腹足類、特に肉食性腹足類の多様化は白亜紀以降、とくに新生代におきている。Johnson, M. E., & Baarli, B. G. (1999). Diversification of rocky-shore biotas through geologic time. Geobios, 32(2), 257-273.

注釈4 石炭紀の海底からはイソメ類のような多毛類の顎であるScoleconodontがよく産出する。ここで描いたのはまさにそういうもの。

注釈5 手をかざしてみるこの方法は本当にスナホリムシ類がとれる。でも巻貝にも齧られる。


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