ヒザラガイ
後期石炭紀中期 、大陸中央海。
”サンゴ”礁に彩られたエメラルドグリーンの海。
砂浜には、できかけの砂岩が段々に積み重なり、そこで磯遊びをしている。
一歩足を進めるごとに、じゃり、じゃり、と足元が鳴った。
踏みしめるものが何であるか、考えないようにしたかった――が、そうせざるを得なかった。足元を見れば、豪奢なレースのように細かな網目模様を浮かべるコケムシの一種や、コインやボタンのような形で真ん中に★がある座ヒトデ類、それに、類縁のよくわからない、灰色からわずかに緑を帯びた、石の塊のような生物ないし藻類、海綿動物あたりが、所狭しと敷き詰められていた。足元が固まっているのも――おそらくこうした生物、特に石灰質の石礫のように見える微生物が――破片を固めるように繁殖した結果だろう。そしてその破片も無数の生き物の屍と、殻でできている。
そうした死んだ殻の周囲に発達したストロマトライトの親戚のオンコライト、小規模ではあるがストロマトライトそのもの、強固な殻を作りながら枝分かれして増えていき、上からでは時にストロマトライトとも紛らわしいソレノポラ類、さらにはそれに似た海綿類、微小な筒状や球形の石灰化した生物たち――見れば見るほど種類が増えていって、そうしたものを見つけるたびに、ハンマーとタガネで一部を割りとってサンプリングせざるをえなかった。
そして確信する。この“岩“そのものが、今も生きる生き物の集合体であるのだろう。そこを歩くこと自体が環境破壊であることは言うまでもないが――調べる価値のほうが上回ると、すくむ足に言い聞かせた。
石炭紀の“礁”は――それを構成するものがいったい何者なのか、よくわかっていないのだ。後期デボン紀の大絶滅以降、サンゴは石炭紀を通じてかつての反映を取り戻すことはなく、まるでカンブリア紀に戻ってしまったかのようにストロマトライトや微生物岩が主体に戻ってしまった。そこからの回復過程で様々な造礁性生物が出現したのだが――そのかなりのものが、門レベルで何なのか一体よくわからない。
潮の最前線は、もうすぐそこ。潮だまりもぽつり、ぽつりと見え始めた。
足元の生き物はみるみる、多様になっていき――その中に、それがいた。
こちらの姿を、静かにうかがっている。
それは硬く、静かで、動かず――それが生きたものであることすらも、伏せたまま。
その並んだ甲皮にあいた穴で、こちらを知覚しているようである。
――見えているのか、もしくは、見えていないのか。
見えていたとしても見えていなかったとしても――そうは、変わるまい。
全く動かず、石灰岩に成りすましながら、石と言い張る。
それのみ。
もし、その姿にある種の規則性――規則正しく8枚並んだ殻板がなければ、それはまさしく、岩そのものにしか見えず、私のような野蛮なるものに捕獲されることもなかったであろう。
ただ――その甲皮すらも、硬く岩の質感を模した肉の帯によって、周囲の岩に溶けこませられれば、どこまでが生ける体で、どこからがかつて生きたものであるか、はっきりさせなかった。
――それは、まさしく今の磯に生きる、ヒザラガイそのものに見えた。
そう気づいたとき――私は、なにか複雑で愛憎入り混じる気分を覚えた。
苦手なのだが好き、いやその逆か、といったものである。
その節のあるような姿(実際には偽体節)は、どこかワラジムシのような節足動物を思わせる。その姿かたちはいかにも古代の生き物然として、また鎧を着たようで、かっこいいと思う。しかしその足の全くない、岩にへばりついて縫い付けられたような姿は、はじめて見たとき、私にある、強烈な共感覚を催して――今もそれが、拭えないのである。
まだ幼かったせいか、それをすばしこく動き回る節足動物だと思った幼き私は、ヒザラガイをちょっとつついて、捕まえようとした――が、それはまるで彫り物か、死んだ者のように、まったく動かなかった。
そのころの私は、ぞっとした――
昆虫病原性糸状菌や芋虫から出るコマユバチが、宿主を縫い付けてしまうのを彷彿とさせるためであった。
それからというものの、まるで節足動物の背板を彷彿とさせる殻板が、周囲をべっとりと取り囲むざらざらとした、コンクリートのような肉の帯に取り囲まれているのが、どうにも節足動物びいきとしては病的だ、という感覚を惹起してしまうのだ。
いやそれでもヒザラガイは好きだ――その素晴らしく帰納的で古式ゆかしいデザインを知ってからはその素晴らしさの虜になった。
いまや、むしろ好きな生き物ですらある。
しかし、フィールドで1匹目を見つけるその瞬間だけは、今でもやはりちょっと、ぞっとしてしまうのである。その全く動かず岩と同化した、しかし思ったより大きな姿が、見つけた瞬間に私を驚かせてしまう、ゆえなのかもしれない。
さて、そのヒザラガイー一見すると今のものとほとんど変わらない――は、3億1000万年前にきてもなお、今とまったくもって変わらないかのように、その寝床とする岩のくぼみにへばりついていた。
いや、岩をいつの間にやら削ってしまって、その中に居座っていた。現在のヒザラガイなら磁鉄鉱でできた、生体組織で最も硬いともいわれる歯でガリガリ岩を削ってしまうから、そういうことだろう。
「なーんだ、ヒザラガイか。3億年前に来てもこれは変わらないな」
私は少し、そんなことを思ってしまった。
しかしそう口に出した直後、見た目とは裏腹に強烈な違和感を感じたのである。
おそらくは――現生のヒザラガイの直系の祖先では、ない。
もしも、ただ単に、現在のヒザラガイにそっくりなだけだとしたら――
それを「なーんだ」といった私は、大ばか者でしかない。
そして、事実そうであることがほぼ確定していた。
――分子時計によれば、現在のヒザラガイの共通祖先は、石炭紀頃にいたとされる。
共通祖先がいた、ということは、石炭紀のこれが、現在のヒザラガイのご先祖様だ、と暫定的に結論付けてもいいではないか、と思うかもしれない。
しかし、違う。
現生種において、原始的なサメハダヒザラガイ亜目 (Lepidopleurina)はすべて潮下帯より下、主に深海に見られる。
おそらくは、現在のヒザラガイは石炭紀以降まで、海の底にいたと考えられているはずなのだ。
現在のヒザラガイのうち、潮間帯にいるものは中生代以降に岸に上がった、ということになる。
潮間帯にいるものは、あたりを見渡す視覚すら、新しく獲得しなおしたものらしい。
――では、これは、何だ?
見た目にはヒザラガイのようにしか見えなくても、違う分類群なのか?
もしくは、ヒザラガイ類の中で、潮間帯への適応が複数回、おこっていたのか。
あるいは…本来は潮間帯の生き物で、現生群においては祖先的な種のみが海深くに潜っていったのか。
――それはよく、わからない。
だから、(いや、見たものはすべて採るのがモットーなのだが)とらないわけにも、いくまい。
貝類採取用のヘラを、すい、と岩と身の間に差し込もうとするも、いかんせん強く張り付いてしまっていてなかなか、入らない。
そこはやっぱり、現在と同じか。
――採集に関してもこいつらには、ろくな思い出がないのだ。
ヒザラガイというのは、自力でゆっくりと動けるくせに、信じられないくらいがっちり岩に吸い付いているものなのだ。
踏ん張りが強い生き物選手権があったら、ぜひエントリーいただきたい。
以前もヘラを置いてきてしまったときに、少し形の変わったヒザラガイを見つけて―――無理に力を入れて剥がそうとして、すぐ隣にあった岩ガキまで指が滑ってざっくり指を切ったことがある。
ヘラをちゃんと持ってきたときも、どうにもこうにも剥がせなくて、ついつい力を入れすぎたらぴょん、と跳ね飛ばされて、深い深い岩の隙間に落ちて行ったり…
ああ、あれはあのあと、ちゃんと岩を這いあがれたのだろうか。
いろいろと、悪いことをしたと思う。
――ともかく、採集にあたってもちょっと微妙な思い出が多い、というわけなのだ。
まあ、そのころの私とは違うので――首尾よく、数匹を引っぺがした。
こつは、相手を警戒させず、油断しているところをちょっと勢いよく剥がすことだ。
でも、やっぱり一匹がコロコロ転がっていってしまって、潮だまりに落ちた。
すると、オレンジ色のべったりとした、巻貝にも少し似た足が、鮮やかに潮だまりの中で映えた。見ていれば、前のほうから厚みを増して、後ろに向けてベルトコンベアーを回すように膨らんだ部分がスライドしていく。
そして、雑巾をしぼるように器用に体をひねったかと思えば、20秒もない間に身を起こして、這い始めた。
現在の種を基準にすれば、起き上がりも歩みも、驚くほどの速さだ!
ヒザラガイというとほとんど動かないものと思っていたけれど、これに関しては、巻貝程度に俊敏である。
そして――足をかなり広い幅で波打たせながら、波状の痕跡を伸ばしながら進むさまが、水底の泥にしっかりとつく。
さて――現在のヒザラガイと昔のヒザラガイ、どこが違うのか。
一番わかりやすいのは、外見からはわからないところだ。
殻板の間に伸びた延長構造が重要である。そして、殻板はべったりと肉帯に埋もれてしまっている。
その機能はちょうど、殻を曲げたときにその内側にも装甲版が裏打ちするようになっているのであって――解剖して、そういった関節可動時も(薄いとはいえ)殻板で防御し続けられるようになっていることが確認できれば、現在のヒザラガイに繋がる系譜である可能性が高くなるだろう。
――ん?
もしも、殻板がしっかりと噛み合って裏打ちするようであれば――あんな機敏な起き上がりは、できなかったのであるまいな?
そう気づく。
言われてみれば、現生のヒザラガイもしばしば殻を細長くしてしまっていて――そういった種では、肉帯を器用に翻して起き上がるのである。しかし、関節の防御力が低い代わりに可動域の広い古代のヒザラガイなら、もしかすればもっと早く起き上がれたのではないだろうか。
うーむ、やはり採集して、生きた個体をつつきまわして、気づくことは多い。
本当にあっているかどうかは、わからないが。
でも――少なくとも動画に撮って、書き残すことはできる。
古生代のヒザラガイは妙に素早い――と。
もう一度ひっくり返して撮り始めると、今度はひっくり返されること自体を拒むかのように、あっという間に起き上がってしまった。
さて、水底を進む古生代のヒザラガイを見ていれば、周囲にはイソギンチャクの仲間やら、微小な触手を出したコケムシの仲間や、小さな小さな四方サンゴの赤ちゃんが目についた。小さなエビのような節足動物が透明な体に映える大きな目で、こちらを見張っている。水底を小さなハゼのように滑るように進むのは、よく見るとシャコの一種だ。そして、その中で最もたくさん見られるのは、小さな、円盤状の甲羅を持った、カニのような生き物であった。
かつての海を代表する節足動物であり、しかし跡形もなく消えてその正体すらわからなくなってしまったその生き物を、私はそっと摘まみ上げた。
*注釈
ヒザラガイ類はシルル紀から岩場の岸辺にいたらしいことはゴトランドから出た化石をもとに知られています。(Cherns, 1999)しかし、現生クラウングループのヒザラガイ類は石炭紀頃を起源とするようです。
サメハダヒザラガイ亜目は深い水深に見られるものが多いことや、視覚にかかわる器官の獲得が複数回、しかも一部では新生代にみられる(Liu et al., 2023)ことから、現生ヒザラガイは深海から潮間帯に上がってきたグループであるととらえられがちです。
石炭紀の時点ではヒザラガイ類(現生クラウングループとは限らないので注意)は出現しており、さまざまな環境で見られています。2017年には泥底でのヒザラガイ足跡化石が産出しており(Mikuláš et al., 2017)、意外と速いとか、波状の這い痕という描写はこれからとっています。
Cherns, L. (1999). Silurian chitons as indicators of rocky shores and lowstand on Gotland, Sweden. Palaios, 172-179.
Liu, X., Sigwart, J. D., & Sun, J. (2023). Phylogenomic analyses shed light on the relationships of chiton superfamilies and shell-eye evolution. Marine Life Science & Technology, 5(4), 525-537.




