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石炭紀紀行(鱗木SF・改)  作者: 夢幻考路 Powered by IV-7
海洋編(1)石炭紀で磯遊び
185/227

アカントーデス -"さめイワシ"-

円筒形の水槽には海水が張られ、その周囲には、ぐるりと取り囲むカメラレールが設けられていた。

中には1匹の魚が、妙にくねくねと泳いでいる。

そこまで細長いわけではない。

しかし、頭を左右に揺らしながら泳ぐせいで、より長く見えた。

おもしろいことに、前半と後半で、銀色の少し光沢がすこし違っている。

前半分は輝かしい銀色、後ろ半分は真鍮を思いきりくすませたような、金色がかった鈍い輝きを放っている。

頭は少しカタクチイワシに似て、目より前の部分の発達が著しく弱い。

斜めに開いた下顎の後ろには、サメのように鰓裂が連なっていた。

尾びれも、上側のほうが長い、サメのような歪んだ尾。

背びれは1つだけで、やけに後ろの方にある。

おかげで、サメをうんとカタクチイワシに似せたような印象があった。

くすんだ銀色の魚体には、鱗らしき鱗はあまりない――しかし、目を凝らせば、色調が前半と後半で違う理由がわかった。身体の後ろ半分にかけて、ごく小さな鱗が密生して鈍く、ざらついた金色の輝きをもたらしていた。

本来の色はそこまで変わらないのかもしれない。

ただ、このわずかな表面の差が、金属光沢の違いをもたらしているのであろう。

「ね、初めて見るでしょ」

――そりゃ、その通りだ。

過去の世界にはじめて来るのだから、何もかもが新鮮でしかなかった。その特徴は、鰭を見ると明らかだった。

胸鰭、腹びれ、背びれ、尻びれは鋭い棘を先頭に、柔らかい、ひだというか、膜のようなものがつづくのみである。

そこに鰭条はなくて――尻鰭と腹鰭の膜には、うっすらと鱗の輪郭が浮かんでいる。

そしてなんとも珍妙で決定的な特徴として、腹びれが1枚しかない!

いったいどうなっているのか興味深くてたまらない。

腹びれというのは私たちの下肢に相当する器官だから――あたかも、からかさ小僧だ。

胸鰭――私たちの上肢に相当する――はちゃんと2枚ある。

だからまさに「腕は2本、足は一本」。発生制御はどうなっているのだろう?

絶対、面白い研究テーマになる。一部のカレイみたいに片側だけ残っているのではなく、たぶん癒合しているのだろう――が、ハゼ科のようにあからさまに2枚の鰭が癒合した形状をとるのではなく、本当に1本の棘とそれに続く膜だけしかないのだ。

モンガラカワハギの腹側の棘に見られる状態によく似ている。

――これは同定形質として極めて重要だ。ここまでくれば、自信が持てる。

「棘魚類…多分、アカントーデスAcanthodesだね」

するとアリアはにっこりと笑って

「そう!今はいないグループでしょ?」

その瞬間、目を見張るべきことが起きた。

その魚の頭が、ぐわっと横に変形した!

顎が横に開きながら、下顎が若干前方に突出するように開くのだ。

その瞬間、サメのように並んだ鰓孔がガバッと開いて光が差し込むせいで、口の中がぼわっと光ったかのような気すらした。

一瞬のうちに、その魚の頭はハンマーヘッドとでも呼びたくなるような、異形のものになり果てていた。上からみればいまや、プラナリアの頭みたいな、⇒型だ。

下顎の先端部は関節したまま、ぐるりと回転し、顎全体が横にぱっと広がる。

すごい早業だ。あっという間に顎の幅は1.5倍以上、倍近くにもなっている。

それと同時に口がガバッと開かれるが、現在のイワシと違って開口部はむしろ横長だ。

口腔底もさらに下側にたわむように広がって、口腔内が大きな空間になった。

顎の下に広がった条が口腔底を裏打ちし、漏斗状の構造を作り出している。

その奥には、ずらりと並んだ数列の細かい鰓把と、喉元に並ぶ細い軟骨の帯が、口の中からちらりと見えた。


この魚は、どちらかといえばサメに近いグループながらも、まるでイワシのように鰓把でプランクトンを濾すのだ。

口を開いた姿は、ヘラチョウザメにも少し似ていた。

しかし、いかんせんイワシのような姿と大きさでいて首を右へ左へと振りながら、サメのように泳ぐものだから、いまいち観察が追いつかない。

うーむ。

標本にしてから、実態顕微鏡で覗きながら柄付き針で探りつつ、じっくり検討かな。

――と思いながら見ていれば、それがちょうど、円筒水槽の真ん中に来た。

その瞬間――

低く、バリバリバリバリ・・・もはや重なって、ビー、という音だった。

なにごとか、と思えば、

水槽に並べられたカメラが一斉にシャッターを切っている。

同期したシャッター音がつながって、バルカン砲のような音を立てたのだ。

モニターにはその魚が顎を開け、鰓把が開き、水を吸い込み、また顎が閉じるまでが、精密な3Dデータとなってくるくるとモーションで回っている。


「よし!」とガッツポーズをするアリア。

私の方はといえば、唖然として声も出なかった。

なるほど、これなら一瞬の動作もばっちり撮影できる。

が――生きた姿が、写像になってしまった気がして、何か――物足りなかった。

「フォトグラメトリよ。高速で一斉撮影、1秒間の動きもバッチリ。」

「おとといのパレオニスクス類も、こうやればよかったのに」

――標本にしただけでろくに写真も撮らず、大半をおやつに食べてしまったのだった。

するとアリアは空を見上げる。

「日照がよくて太陽がだいたい真上じゃないとうまくいかないのよ。サイズも20㎝くらいまでじゃないと」


――なるほど、意外にも天候に敏感、と…

「フラッシュ焚いたら?」

「やってみたけど、あんまりよくなくて・・・写真としては綺麗なんだけど、本当に自然な動きを撮ってるのか!ってレビュアーにつっこまれるのよ、それ」

「たしかに」

「瞳孔反射とかもバッチリ映っちゃうから、即バレるのよね。」

あー、なるほど…。

生きた個体を詳細に撮れればよし、というわけでもないらしい。

まあそりゃそうかもしれない――まだ現在の地球にもまだ新種がいましたよ、とか、絶滅したと思われていた植物の生き残りがいました、とかいう論文というより報告を延々とあげつづける私とちがって、生きた古生物の論文のタイトルはしばしばセンセーショナルだ。

現在につながる脊椎動物の顎の動きの原型を論じる、とか、そういう話になる。

だから――それが新しい種だとか、すべての個体を確実に記録することよりも、それをいかに精密に記録し、科学的に論じるかのほうが重要になるのかもしれない。

――私みたいな、世紀末博物学者とはやっぱり違う。


「じゃ、撮れるうちに、お互い急いで、安全に採集しないと。」

そう言って、科学者は例の毒銛を背負って、透明のネットを片手にして海に飛び込んでいった。

輝く日差しに、その後ろ姿が眩しかった。


エアレーションされたバケツを覗き込めば、もう10匹ばかりの小魚が泳いでいた。

多くはパレオニスクス類と棘魚類だが、他のものもあるように見えた。

しかし――採集物に、無脊椎動物の姿はあまりなかった。

しいて言えば、何匹かゴニアタイト類が浮かんでいたくらい。

むろん、この海に無脊椎動物がいないわけがない。

理由はわかり切っていた。

脊椎動物屋は、すばしこい魚を追うのに必死で、無脊椎や植物をとる余裕がなくなりがちである。

――だから、この旅に私のような、横好きのゲテモノ好きを呼んだ…のだろう。

ゴーグルを被り、ハンマーとタガネを腰に引っ提げ。

じゃりじゃりとした靴ざわりとともに、生き物の記憶を踏みしめた。

では、採集を始めようか。



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