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石炭紀紀行(鱗木SF・改)  作者: 夢幻考路 Powered by IV-7
海洋編(1)石炭紀で磯遊び
184/230

―描写を支える科学的背景―ジョーズのはじまり/石炭紀の海の切り裂き魔たち―

前話では後期石炭紀の海の、物騒な漂着物を描きました。

食い殺されたと思しきクテナカントゥス類。これのモデルになるような産状がとくにあるわけではないのですが、当時の海洋生態系から推測されうるものではあります。

作中では刺さっているクラドドゥス型の「さめ」の歯は犯人の歯ではないと一蹴、真犯人はEdestusか、Carcharopsisか、はたまた大型のクテナカントゥス類か…とボソッと呟かれるのみですが…

このコーナーでは、これらボソッと呟かれた、石炭紀のクレイジーな「さめ」について述べていこうと思います。


そもそもサメとは何なのだ、という話がまず問題です。

作中でも「さめ」と記しているのには訳があって、後期石炭紀のサメのような歯を持つ、一見サメのように見える魚たちの多くが、本当にサメであるかの確証がないのです。かつては形態学的にエイがサメの一系統とみなされていたのですが、近年の分子系統ではサメとエイがどうやら単系統をなす姉妹群であるらしい、ということが示され、事態がややこしくなっています。問題はサメ系統とエイ系統を形態的に識別することが困難であることで、サメかエイか未分化な状態の種をサメなのかエイなのか判断するのは極めて難しい、ということになります。したがって、サメかエイかはともかく、もう少し広義の範囲――つまり、サメORエイの系譜に属するが、ギンザメの系譜ではない、という板鰓類をここではサメの系譜(トータルグル-プ・板鰓類)と、かなり広く括ってみようと試みます。

しかし。トータルグループ板鰓類にしてもどこからがそうなのかには諸説あり、たとえばデボン紀のクラドセラケや石炭紀に繁栄していたシンモリウム科などはトータルグループ板鰓類なのかどうかについてかなり議論があります。

となると…厳密な意味のサメをどこまで適応するのかがあまりにも曖昧になってしまい、古生代のサメは、と一言書いただけで不正確極まりないという話になってしまうわけです。サメに見えても、それがサメの系譜か、エイの系譜か、はたまたギンザメの系譜か、{(サメ+エイ)+ギンザメ}と姉妹群をなす系譜か、わからないからです。

となると、結局のところ石炭紀のサメ状の軟骨魚類を形容するには「さめ」とか“Shark”などと、何とも微妙な形容をせざるを得なくなってしまいます。

事実“Shark”という表現は科学論文にすら頻出しています。

要するに…サメっぽい軟骨魚類は「さめ」と呼んでいきましょう。


さて、ではここからはもう大手を振って「さめ」という用語でサメ的な形態を持つ古生代の魚類をみていきます。

デボン紀に出現した最初期の「さめ」の歯は、いくつかのタイプに分けられます。クラドドゥス型という、細い主咬頭(サメの歯の三角の部分)の両側に1~数対の副咬頭をもつ歯がもっとも有名です。ほかにもOmalodontiformesにみられるような咬頭が2つから3つ発達していて、まるでピースや三本指みたいな形状になるうえに歯の湾曲も現在のサメと逆なように見えるものなどがあります。そのうちクラドドゥス型の歯は、現在のラブカの歯に似た形状をしています。(ラブカの歯はクラドドゥス型の歯に収斂進化したものと考えられています。)この歯は口に入る大きさの獲物を刺して飲み込むために主に用いられ、いわゆる「ジョーズ」のイメージで語られるような切り裂く歯はまだ発達していません。Omalodontiformesなどにみられる、咬頭が2つ発達する2咬頭性から3咬頭性の歯もやはり突き刺すための歯であり、切り裂くための歯ではありません。歯には強い縦方向の条が先端から放射状に走っているのが目立つ種が多いのも、これに関係するのかもしれません。

なお、デボン紀前期の謎めいたProtodusなど、鋸歯らしきものを持つ歯は一応あるにはありますが、それでも現在のサメにみられるようなナイフ状の大きな鋸歯をもつ切れ味の良い歯ではなく、その獲物は主に自身の口に入る大きさのものであったと考えられます。

やはり良好な切断機能をもつ歯はデボン紀には獲得されていないようです。

ですからこうした切断機能のない歯をもつ「さめ」を考えるとき、私は遊泳性のナマズ類をついモチーフにしたくなります。

背びれや胸鰭に巨大な棘をつける防御策が流行りかのように様々な分類群で保持されたのも、まさに大型捕食者の捕食モードが主に丸のみだったからではないかと予想できます。まさに現代アマゾンのナマズ類で流行しているデザインとよく似ています。

デボン紀からペルム紀にかけて栄えたクテナカントゥス類は、クラドドゥス型の歯をもち、巨大な棘(これについた名前がクテナカントゥスCtenacanthus)を背にはやした、いかにも古生代らしい「さめ」といえます。その背中の巨大な棘はどうしても、アマゾンのナマズたちを思い起こしてしまいます。


後期石炭紀においても、多くの「さめ」はこうした把持用の歯を備えています。

後期石炭紀の大陸中央海において最も産出量の多い歯化石はクテナカントゥス型の棘と関係するとされるGlikmanius*をはじめとした、さまざまなクラドドゥス型の歯です。なお、後期石炭紀の大陸中央海で栄えたもう一つのグループ、同じくシンモリウム類の歯もクラドドゥス型の歯です。*クテナカントゥス類は棘では区別できずとも歯は多様で、様々なクラドドゥス型の歯をもつので、1対1関係ではないことに注意。

鋸歯の発達も一部には見られますが、後述する切り裂き型の歯を持つものとは全く異なります。破砕型の歯を持つものも後期石炭紀になると多数出現しますが、ここでは述べません。


いっぽうで、石炭紀になると、ここまで見てきた突き刺し型の歯とは一線を画する、より物騒な歯を持つものが現れます。

石炭紀に入るとともに現れ、主に前期石炭紀に栄えたカルカロプシスCarcharopsisこそ、「さめ」に切り裂くタイプの歯が備わった最初期の例であるようです。カルカロプシスは鋸歯の著しく発達したナイフ状の三角形の歯を備え、その概形や巨大な鋸歯は現在のホホジロザメを彷彿とさせるものです。但し大きさは歯の大きさ2センチほどまでと、大きさとしてはネズミザメ程度の「さめ」であったと考えられます。それでもカルカロプシスは、口より大きな獲物を捕食対象にできた最初の「さめ」(トータルグループ板鰓類とする見解が正しければサメといっても大間違いではない)かもしれず、石炭紀に入ってからの軟骨魚類の戦略の変化を見る上できわめて興味深いです。

ただし、カルカロプシスは現在のサメにつながるわけではなく、鋸歯を発達させ肉を切ることに特化した試行の初期の例であるという点は、強調しておくべきでしょう。


さて、カルカロプシスに若干遅れて、ギンザメの系譜でも切断機能を備えた歯を持つものが出現します。エウゲネオドゥス類Eugeneodontの一部の系統です。

中でも後期石炭紀の前期から中期、ちょうどバシキーリアンからモスコビアンにかけては、その中でもひときわ珍妙、かつ巨大な切り裂き型の歯が出現します。

エデスタスEdestusです。エデスタスはホホジロザメに匹敵するかもしれないほど大きな「さめ」様の生物で、歯根がカッターナイフのように癒合したナイフ状の歯を上顎に1枚、下顎に1枚もち、歯が後ろから伸びてくるとなんとカッターナイフのように歯根部が先端から折れることによって歯列が交代します。

後期石炭紀前期にみられる種は比較的小さく、かつ細い歯なのですが時代を経るごとに大型化し、三角形のホホジロザメを思わせるものになっていきます。ところがエデスタスはその最大サイズに達した後期石炭紀後期、ちょうど泥炭林が消失するのと前後して突然姿を消してしまいます。その後も珍妙なエウゲネオドゥス類は繁栄を続けるのですが、エデスタスの直系の子孫とみられるものは見つかっていません。さらにいえば、ふつうエウゲネオドゥス類の癒合した歯は下顎に一枚のようで、エデスタスのように上顎にも癒合した歯をもつものは類例すら見つかっていません。

そんな、エデスタスの巨大な歯の使い方は謎です。

背びれについた歯ですれ違いざまに腹を切り裂くとか、漫画「チェンソーマン」のように歯が並んだ頭を上下に振り回して獲物を切り刻む、はたまた上下の顎に1列ずつ並んだ歯がまるで糸切りばさみのように噛み合う、といったものなど…まるで、珍説奇説の実験場のごとくなっていました。

この石炭紀の海で最も危険な生物に関しては、紙面も押してきたのでまたあとで語りましょう…。といっても、産出量が多いにもかかわらず、わかっていることが少なすぎて語ることすら危険な生物なのですが。

それでもなお、エデスタスの捕食行動に関しては一案があるのでそのうち描こうと思います。


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