Fish Hunters
南国らしい、透き通った青い水が、陽の光にきらきらと輝くなか。
海岸を歩く私の鼻に、つんとした、小便器のような臭いがかすめた。
ふと見やれば――ひとかかえほどはあろうかという肉塊が打ちあがっている。
わりかし新鮮ではあるけれど、軟骨魚類らしい、ツンとしたアンモニア臭と強烈な魚臭さをまとっていた――そりゃそうだ、軟骨魚類は尿素とトリメチルアミンオキシドで浸透圧調節するので、分解されるとアンモニアとトリメチルアミンーつまるところ小便器の臭いと腐った魚の臭いの主な原因物質――になるのである。
このかぐわしいにおいの中、ぶんぶんとハエが飛び交っていないのが、時代を考えればまあ勿論ではあるけれど、ちょっと不気味だった。
その断面は、食いちぎられている。
――というのも、そこに2センチほどの“さめ”の歯が何本も食い込んでいたから、わかる。一本をつつきだしてみれば、咬頭(サメの歯でいうと、三角形の尖った部分)が5つもある、王冠を思わせるような歯であった。
その肉塊の端には、40㎝ほどもある巨大な棘がある。後方側の溝と、その周囲に並ぶギザギザした突起の帯、全体にわたる、ワニの歯にも似た条――それはかなり大きなクテナカントゥスの仲間に属する“さめ”の仲間の、背棘であった。
驚いたのが、その根元がまるでスパッと、まるで刃物で切断したように切り裂かれていたことである。漁師がこの巨大な棘を嫌がって切断したのかと思った――が、そうではないことがすぐに分かった。というのも、残りの肉塊をよけると、寸断された、太さ5センチは優にありそうな脊椎が出てきた。皮はさんざんに引き裂かれ、もはやほとんど姿をとどめていない。無数にある“切り付けられた”かのような切断面には、大きな大きな、鋸歯の痕跡があった。もし人がこれをやったとしたら――よほど狂乱して、この“さめ”をのこぎりで滅多切りにしたということになろう。
となれば、何らかの生物の仕業である。
歯列からその主の顎の大きさを測ろうとしてみたが――だめだった。
歯列はどれもほとんど真っ直ぐ、たった1列についていて、顎の形態を推測できないのである。
私には、それが意味することが“わかって”しまった――この、少なくとも2mはくだらない“さめ“は、何かしら、より大きな、少なくとも大きな歯を持った生物によってずたずたに引き裂かれ、その死骸により小さな”さめ“が群がって貪り食ったのである。
死体を検案するうち、足元がわなわな震えてきた。
Edestusか、それともCarcharopsisか、より巨大なCtenacanthusか…?
いずれにせよ、この熱帯の海には、とんでもない、化け物が巣食っていることはほぼ確実なのである。
食い込んだ歯と、少しのDNAサンプルを回収すると、私はとぼとぼと歩みを進めた。綺麗すぎる海の青が、灰色に思えた。
「遅い、もう潮が満ち始めるじゃない!」
ウェットスーツに身を包んだアリアは、私を見るなり、腰に手を当てて言った。
―もとをただせば、君のせいじゃないか。
などと思いつつ見上げれば、その長身に、銃のようなものが担がれているのが目に入る。
どくり、と唾を飲み込む。
「それ…何?マスケット銃かなにか?」
と尋ねれば、あっけらかんという。
「ああ、これね。ここには大物はいないと思うけど、念のための毒銛ね。一発だけ、だけど」
そう言って彼女は、すっと私を覗き込んだ。
見下ろしたつもりはないのだろうけれど、30センチ以上は背が高いせいで、ついついそう見えてしまった。
「ふーん」
「ま、本当に念のためよ。他の時代だとほんとに…浅瀬でもヤバいのに出くわすことあるから。シファクティヌスとか、モササウルス類とか。ま、それに比べりゃ石炭紀なんて、バカンスみたいなものね」
「…まあ、そんなに治安がいいとも、思えないけどね・・・」
私はあの、ずたずたに引き裂かれた「さめ」を思い浮かべた。
「そりゃそうよ、デボン紀以降の海にはたいてい、ひとを食い殺しかねない生き物が何かしらいるもの。平和な海なんて、海水浴場の中くらいね。ま、ジュラシックビーチとかいって白亜紀の浜にネットで囲った海水浴場を作って金儲けする連中のことは、よくわからないけど」
そうアリアは愚痴を言った。そもそもそういうものがあったことすら、初耳である。
うーむ、うすうす感じていたが、過去への旅を楽しむ富豪どもは、過去の世界のことをちょっと遠いハワイか何かのように思っているらしい。
「で――どういう機構?その“銃“」
私は話題を逸らした。
アリアは“銃”をそっと地面においた。
「絶対に射線にははいらないこと。こっち側は立ち入り禁止、いいね?私も気を付けるけど、銃口管理は絶対」
「うん、わかったよ。で…水中銃みたいなもの?これ。先端は銛?」
「ま、そんなものね。先端の銛に、返しがついてるでしょ?」
「うん」
「その後ろ側に神経毒の入ったシリンジが入ってる毒銛なの」
「いきなり物騒だね」
「刺すとシリンジとともに分離。刺した後にこちらからひっぱるか、向こうに引っ張られると内筒が引かれて、注入される。」
「あ、哺乳類にはあまり効かないから安心して。呼吸が麻痺して人工呼吸を要するかもしれないけど、」
「――いやふつうに死ぬよそれ」
「…まあ、陸ならね。ただ、水中じゃ溺れるでしょ。まあ銃と同じで、ひとに向けなきゃいいのよ。それに、刺さってから逃げず、引っ張らず、冷静にロックすれば…」
――あまり一緒に潜りたくはないな、と思った。
白亜紀ならともかく――いや白亜紀であってすら、モンスターフィッシュよりも、隣に常に控えた毒銛が怖い。
「…もしかして、できることなら使ってみたい――とか思ってないよね?」
そう聞こうと一瞬思ったけど、愚問だろう。
機構を聞いて確信した。護身用、なんてものではない。
――目の前にいる大物を確実に狩り、仕留めるために、つくられていた。
やらなければ、こちらがやられる――そういうしろものである。
「あ、そうそう、さっきとったやつ」
アリアは背負っていた毒銛をぐらつかないように、あさっての方向を向くように岩に立てかけると、バケツの中身を水槽にそっとあけた。
エアレーションが、音を立てているのすら、耳に入っていなかった。




