浜辺、”椰子”、海浜生物(1)
静かな波の音だけが耳にこだまする。
見渡す限りの淡い水色の、透明度の高い海が広がっていて、波間に真っ白い舟が、ちらりとみえた。
真っ白に近い砂浜に照り返した陽が、目の奥を叩く。
腕は、日差しにじりじりと焼けていきそう。
これが現在のカリブ海だと言われても、そう変わらないかもしれない。
赤道直下の小島に来ていることを、いやでも感じさせられた。
目の前にある海は、北米大陸を満たす巨大な内海、大陸中央海。
3億1000万年後、イリノイ州になるあたりは、今はまだ、赤道直下のトロピカル・アイランドである。
足元を作るのは、無数の生物の、破片。
透き通った淡い青の下には、広大な“サンゴ“礁が広がっていて、さまざまな生き物のゆりかごになっている。むろん、石炭紀においては“サンゴ礁”を作るのはサンゴではないし、単純に“礁”とよぶべきだろうけれど。ただ、命をはぐくむ死んだ命の積み重なりで、石灰岩となる――という点で、機能的な相同物ではあるし、おそらく現代のサンゴ礁と同様に大量の栄養塩を海水中から除去し、この透明度をもたらしているのだろう。
ここはそんな、美しい“サンゴ礁”の中にできた小島である。
“サンゴ礁“の中にできた――というよりも、”サンゴ礁“がつくり、拡大させた、というほうがおそらく適切であろう。
さて、今日は干潮にあわせて、そんな砂浜にできた、ちょっとした岩場のようなところで調査を進めることになっていた。
この岩場は先述したように、砂が微生物の作用によって溶けて固まった、ビーチロックと呼ばれるものである。
一面の砂浜からもわかるように、後期石炭紀の大陸中央海に、磯らしい磯はほとんどない。風化の進んだ大陸に海水が満ち、泥炭形成と“サンゴ礁”形成が幾度となく繰り返されて積み重なったこの地に、岩の出番などほとんどなかった。
そのかわりになるのが、砂が固まったビーチロックと、露出し、崩れた石灰岩層である。いま私の足元にほんの数メートルだけあるものが、見やれば百メートルほども連なっていて、その舌状に張り出した付け根に、採集用の道具が積まれていた。
――しかし、目の前にあるようで、案外、遠い。
砂を踏みしめれば、歩みとともに足は沈み、外側に滑って余計な負荷が、太ももを伝う。岩を踏みしめれば、時にさくりとくだけて、腰が沈む。
小さな足は遅々として、進まない。
白い砂――過去のいのちが作るそれは、一歩一歩の足どりを、小さな泥沼のように足をつかんで放さなかった。
そして、ふと足を緩めれば、その呪縛はすっと、ゆるくなった。
歩きながら、ふと陸側をみやる。
灰色の緑が、細長い葉からなる低い茂みを作っている。その中からひょろりとした、細かい枝の針葉樹が、古代の松原ならぬ、“杉原”をなしていた。
――そして、そんな中に、ひときわ立派な、“椰子“があった。
葉の長さは1mほどはありそうな、ひどく粗い羽のような葉を広げ、照り付ける日差しの中、すっくと砂浜を影で切り取っている。
――あれはいったい、なんだ。
誰かが南国風情を高めるために植えた、とも思ったけれど、その植物は見たことのある、どんな椰子ともよくは一致しなかった。
そもそも、植えられるような椰子といえばたいてい相場が決まっていて、見たことがあるようなもののはずなのである。
さて、そんな“椰子”を見に行こうと思って、はっとわれに返った。
海の水は引いて、満ちるものである。
――つまり、いま潮が引いているタイミングをのがせば、また古生代の海を見られるチャンスは、ないかもしれない。
陸に行きかけた踵をひゅっと返せば、砂がきゅっと鳴いた気がした。




