フライトデッキで、切るシャッター 〈宇宙旅客機が実現されるとしたら、どんな前提がいるだろう?〉
宇宙に行く手段というのは、古くより軍事と結びついてきた。
宇宙開発が軍事に悪用されたのだ、という人もいる。
しかし、軍事から宇宙への応用が始まることの方が、はるかに多かった。
私たちを宇宙の旅に送り出す宇宙旅客機もまた、宇宙規模の冷戦の産物であった。
ガラス越しの巨大な機影が、整備灯に照らされて青白く光っていた。
「宇宙旅客機『ストラトソアラー』」──戦闘機を何倍にも拡張したような姿だ。
鶴の首のようにせり出した機首と、大面積のデルタ翼。
整備ロボたちがせわしなく動き、動翼をひとつずつ点検していく。
「すっごい…」
身を乗り出した私の額に、ひんやりとした感触が触れる。
フライトデッキに身を乗り出しすぎて、ガラスに額を擦り付けていた。
純白に淡い青色のラインが入ったその機体は、じつに巨大だ。
全長が85mもある、そう、数字では聞いていた。
実際に目にすると、別格である。
ただ圧倒されるしかなかった。
主翼の基部に収められた、2つのエンジンポッド。
サメの頭を思わせる可変インテークがゆっくりと、パクパクと顎を動かしている。
中には、8つ並んだ、推力224kNの低バイパスターボファンエンジンが覗いた。
旅客機だが、見た目はむしろ、戦闘爆撃機に近い。
飛ぶことに洗練された結果の収斂、あるいは戦争のための技術の応用だった。
事実、火星連邦の隕石爆撃に対抗するための迎撃機として開発された、という。
客席のかわりに、核弾頭を積むために。
――しかし、それは宇宙航空需要がまだそれほどなく、火星が本気で地球侵略をもくろんでいたころの話。
ここ20年ほどは火星連邦が財政破綻状態になって脅威が減少し、しこたま作られたストラトソアラーは、旅客機へと改造された。
軌道エレベーターでは数週間かかるところを、宇宙旅客機ならたった数時間。
ロケットと違って、天候にあまり左右されず、異常発生時の引き上げもしやすい。
宇宙の彼方に超時空ゲートが開通し、そこに人々を送り込まなければならない時代において、これほど適した乗り物はなかった。
しかし、目の前にあるのは、違う。
転用機じゃない。新造品だ。
「翼の付け根、LERXのラインどりが少し違う。──あれ、最新ロットだ。初めて見た。」
シャッターを切りながらつい、声が上ずっていた。
アリアは指でなぞりながら、うーん、と首を傾げる。
「…いわれてもわからない。えーっと、翼の付け根のカーブ、ってこと?」
「ほんのちょっとの違いだけど、大違いだよ。とくに、機首分離時の迎え角が変化する。多分、分離後の後部スラスター制御応答が改善されてる。それに合わせた微調整だと思う。──多分だけど。」
「……私にはさっぱりだけど、要するに改善されてるってことね?」
「そ。ちょっとした姿勢制御スラスタでも、変えるってのは簡単じゃないんだよ。」
「こういうときのケイ、本当に楽しそうよね」
「こんなの見せられたら、当然だよ」
ふと見れば、アリアはカメラを構えていた。
それに気づいた私は、ふいに言葉が出なくなって、顔に血がのぼるのを感じた。
多分傍から見たら、真っ赤だったに違いない。
「ごめんね、いい表情してたからつい…」
アリアは申し訳なさそうに笑いながら、そっとカメラの削除ボタンに指を添える。
「い、いいよ!消さなくて!」
「どうせ顔出しするんだし…その…別に撮られるの、嫌じゃないから…」
私は思う。
もうどうなってもいいや。
動画企画に乗った時点で、私のプライベートは死んだのだ。
――そう、この石炭紀への旅で、アリアは私を案内人に、石炭紀の自然を撮るつもりらしいのだ。
そのとき。アナウンスが、流れた。
「サイド4宇宙ステーション行き、C-12便。最終搭乗案内です。乗客の方は搭乗通路へお進みください」
興奮で感覚がいかれてしまったのだろうか、声というよりも、遠くの鐘のようだった。
前方の乗客たちがゆっくりと動き出す。
鼓動が、遅くなった気がした。
フライトデッキへの通路に立ったとき、ふと足が止まる。
透明な隔壁越しに、搭乗ゲートへと伸びる渡り廊下が見えた。
その奥で、ストラトソアラーのエアロックが静かに、息をひそめていた。
「…行こう」
一言だけ言って、私は一歩、踏み出した。
考察ノート
宇宙旅客機は乗員数を増やそうとするとなかなか難しい。離陸重量と降着装置の問題がある。
商業的な目的で最初から宇宙旅客機が設計されるというのは、ちょっと難しい面があるかもしれない。載せられる人数は10人前後が、大気圏離脱に必要なロケット燃料の量からして限界であり、これは技術の進歩によって埋められそうにない。
ロケットを直接打ち上げる方式では天候などに問題があり、今のソユーズのように長らく発射を待つ必要が出てきたりするだろう。発射を途中で取り止めたり、
また発射地点を天候の適した場所に選べる空中発射のほうが、いつでも発射できるという条件には適している。
が、これは民生用の要件にはあまり向いていない。
こうした機体が重視されるのはまず、宇宙空間の何かに対して要撃する、もしくは大陸間弾道弾の空中発射という目的においてであろう。
そして、それらが民生に応用されたり、民生に転用される方向であれば、宇宙旅客機が実現しうるのではないだろうか。
となれば、宇宙旅客機のある世界には、宇宙規模の冷戦を想定せねばなるまい。
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