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石炭紀紀行(鱗木SF・改)  作者: 夢幻考路 Powered by IV-7
海洋編(1)石炭紀で磯遊び
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強烈な熱帯の日差し、温かい、しかし都会のコンクリートジャングルに比べればだいぶぬるい風には、いっぱいの命の臭いが詰まっていて、むせこみそうだ。

見渡せば、一面の砂浜。

まるで椰子の木みたいな真っ直ぐな植物や、ナンヨウスギをえらく貧相にしたようなすかすかの木々が、トロピカルでサンディーな浜辺に、疎らでくすんだ緑をなした。

石炭紀は泥炭林と湿地の時代というのはいったい、どこの話であろうか。

と見渡せば、エメラルドグリーンのかがやきの向こう、湾の向こう岸や、地平線の彼方に点々と、黒々とした森が目についた。うーむ、しかしあれが泥炭林であるという保証もない。

もしそうだとしたら、もっと、棒みたいなリンボク類が針山のごとき景観を示していそうなものだけど。

ただ森の気配は、たしかにあった。

埠頭からひょいと首を伸ばす。

すると、海だというのに、泥をかぶった丸太がいくつも、沈んでいた。

相当太い。おおよそ、直径1mほどはあるのではなかろうか。

まあ、それも海水のレンズ効果ゆえのものか、わからないけれど。

揺れる波の向こうである。

――種類は流石に、わからない。

ただ中空ではないようだし、大きさからすればたぶん、コルダイテスあたりではないかと思う。その表面を、小さな鏡みたいに小魚の群れがつついていった。

波間には、なにやら黒いものの集団が見える――イカか?

よくよく見れば、その下には何かの群れがいるではないか。

イカのようなものは、前後に揺れながら、その何かの大群――やや透明がかっているようで金属光沢を放ってはいないから、魚ではなさそうだ――をぴったりとつけている。

捕食シーンが見られるかとみてみたが、結局期待外れだった。

岸壁には何かしらの魚がうろうろしているようで、その姿を一瞬だけ垣間見た。

平べったい、タイに似た魚だった。プラティソムスの仲間だろうか。

ほかにも幾らかの魚がみられる。イワシのように群れているあれは、なんだろう?


さて、東を見やれば、海の色が、妙に黒ずんでいる。

――あの雲は、気に入らないな。

そんなことをつぶやきそうになったが、その上に雲はなかった。

色のない雲の下、ただ暗く、よどんだ海があるのみである。


そう、海に覗き込んで没頭しているうちに、埠頭のわきに灰色の階段があるのにようやく気付く。

石灰岩をモルタルで固めて作った、急ごしらえのものであった。

踏みしめるたびに、足元が少し崩れて粉が舞う。

内心内臓を冷やしながら――熱帯なのに、壁に手をつきながら降りれば、手袋が少し白くなった。

目下に広がる景色を覗き込む。

一面に広がる砂浜の中に、ある種の構造物があった。

ほんの少し黒ずんだ、洗濯板みたいな岩が、灰色の段々をなしている。

そしてその間には数知れぬ、水溜まりがあった。

あちこちで水面が動くことから見るに、なにかしら、生き物はいるらしい。

その向こうを見やれば、真っ黒い、全身を覆うウェットスーツを着た女が手招きしていた。

いうまでもない。アリアである。

目の前に広がる海岸に比べれば、170㎝以上はある彼女の長身も、ほんのちっぽけなものにみえた。

しかし――延々と広がる砂浜の中で、岩のようなものが露出した区画はほかにあまり、みあたらない。ここが敢えて採集を行うべき、一等地なのであろうことは、容易に予想がついた。

――というより、そういうことを見込んで旅程を立てていたのだろう。

段々になり、穴ぼこだらけの“岩“を踏みしめれば、ざらりと音がした。

見れば、砂と殻の欠片が凝り固まって、板状に固まっているのであった。

――ビーチロックか。

あるいは、礁のなせる石灰岩がむき出しになっているのやも知れぬ。

いずれにせよ、生物の欠片が、いままさに化石になろうとするさなかであった。

腕足動物や、二枚貝は、どれが生きたもので、どれが母岩か、一見して判断の付きづらい物すらあった。

それが生きたものであれ死んだものであれ化石であれ、貴重なサンプルであることに疑いはない。

欲をかけば、この磯ごと持ち帰ってしまいたいくらいである。

なぜ固まっているのか、見ただけではよくわからなかった。

現在のビーチロックなら――微生物による酸産生によるカルシウム質の溶解と、アルカリ化(原因は光合成でも有機酸の分解でもなんでもいい)による再固結によっておきる。要はバクテリアマットであって、溶けるほうの反応は、虫歯で歯が溶けるのととても良く似ている。それがアルカリ性にまた戻ると――鍾乳石のように再固結して、くっつくのだ。

口の中もアルカリにできれば、虫歯が治る――いや、歯石になるだけだろう。


しかし――この黒ずんだ色や、若干青みがかっている点からすれば、もしかするとほかの原因、たとえばシアノバクテリアなど、現在とは異なる要素が関連しているのかもしれなかった。

ストロマトライトが見られるとは期待していないが。

――もしかして顕微鏡で覗けばあるのかも、などと思ってしまった。

細かい泥の粒のようなものが、貝殻の表面を泥のように覆い尽くしながら繋がっていく現象などは、いまの海では見たことがない。オンコイドなんて、いうんだっけ。

実際、この海域の異常な臭いの一部は、カビとキュウリの混じった藍藻のにおいと、硫化水素のものなのだ。夥しい量打ちあがった、石灰緑藻の破片のせいか、この岩のせいか、はたまた地下に埋まっているであろう、海退期の石炭林の残滓か――

すぐ結論を出すことは、できなかった。

――が、まずは採集道具を持たねばならない。

海岸採集用の道具を満載したリュックサックは、アリアがほかの機材を詰めたコンテナごと、まとめてすでに運んでいるはずである。

おそらくあの岩陰に置いてあるリュックサックが、それだろう。

私は歩みを進めようとした――が、色々なものが気になって、その足は遅々として進まなかった。


*注釈1

現在のビーチロックの成因については述べた通り。

段々をなすのを、マイクロケスタ(洗濯岩)状地形という。

沖縄などでよく見る、リアルタイムにできつつある堆積岩なので見ていてたいへん楽しい。(琉球石灰岩ではなく、海浜の潮間帯にみられる。)

内部の固結度は低く、踏みしめるとじゃりじゃりする。

*注釈2

しかしながら、作中でみられるビーチロックのようなものは古生代の沿岸堆積物にみられている。ということは注釈3で述べるオンコライトなどのシアノバクテリアの関与や、スロンボライトなどの石灰微生物の関与が考えられやすい。

*注釈3

・オンコイドOncoid・・・貝殻などを芯にして、粒のような被覆をなす微生物岩

・オンコライトOncolite・・・オンコイドからなる堆積岩。

ここでは殻を覆い尽くして繋がりつつあるので、オンコイドからオンコライトになりつつあるということです。石炭紀の大陸中央海からは非常によく産出します。

シアノバクテリアが作るストロマトライトの親戚のようなもので、古生代から中生代によく作られましたが、現在ではほとんど見られません。


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