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石炭紀紀行(鱗木SF・改)  作者: 夢幻考路 Powered by IV-7
海洋編(1)石炭紀で磯遊び
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磯香(2)

大学の講義は、時折ふっと、頭によみがえってくる。

そしてそれは決まって、教科書的な内容というより、すこし重要な点の連関が緩くて、ツッコミどころのあるところであった。

そもそも――正しさを求めるならば、即興の講義ではなく、教科書を読むべきなのであろう。

気象学の教授の、この発言も、そうしたものの一つだった。

「生物の浸透圧調整に使われるジメチルスルホニオプロピオネートが、ガンマプロテオバクテリアによって分解されてジメチルスルフィドになり、それがエアロゾルになり、凝結核になって雨を降らすのです、ジメチルスルフィドというのは所謂、磯の臭いであって、アオサ汁を飲むたび私は、ああこれが雨を降らせているんですなあ、と思うんですね・・・」

ええ、生態学でも生物学でもない、気象学の講義で。

磯臭さは、奥深いものなのだ。

生物学の観点から見ると、もはやそれは磯という一単語に納めるにはもったいないほどに。

現在の地球においても、旅をすれば、それをひしひしと感じる。

北に行くほど強くなったかと思えば、熱帯に行くと、また強くなるようなのである。

何故だろう?と思って、少し調べ物をしたことがあった。

温帯でジメチルスルホニオプロピオネートを作る生物といえば、渦鞭毛藻とアオサ目。

アオサ目においては、どういうわけか北方ほどジメチルスルホニオプロピオネートが濃い傾向があるようで、それが北に行くほど磯臭い原因なのではなかろうか、と当時は推察した。磯臭い魚といえば、アイゴやイスズミ。こいつらの大好物は、アオサだ。アオサ汁が大好きだといっていたあの教授も、長年かけて若干磯臭さをため込んでいるのかもしれない。

あとは、サンゴのミドリイシ類だ。

ふつう動物はジメチルスルホニオプロピオネートを産生しないから、異端である。

どういうわけかサンゴのジメチルスルホニオプロピオネート合成経路は独自に獲得されたらしく、これがサンゴ礁の魚を磯臭く、不味くしている。魚がかってに磯臭いわけではない。磯臭い餌を食べるから磯臭いのだ。

沖合の魚の青臭さ、”動物の“浸透圧調整と水圧耐性にかかわるトリメチルアミンオキシドとその分解産物であるトリメチルアミンとは、そのまずさの本質が違うのだ。

それ以降、熱帯調査の際に食べざるを得ない、色とりどりの熱帯魚を食べる際、味が変わった気がした。何か不味い魚、ではなく、理屈をもってまずい魚だと思うようになった。

味も香りも確実に、鋭敏になった。

しかし、不味い魚は、うまくはならなかった。

より不味くなった。しかし、楽しく不味くなった。

サンゴをつつく魚はシガテラを作る渦鞭毛藻が住み着いた、死んだサンゴも齧るかもしれないから――という思考もまた誘導されたからである。

そもそも渦鞭毛藻もジメチルスルホニオプロピオネートを産生するから、磯臭さの原因になるのだけど。

淡水に磯臭さがないのは、当然である。

それは浸透圧調整物質だから。

でも――ほかの浸透圧調節物質を使うグループ、たとえばシアノバクテリアが卓越する海域では、たとえ海水であろうとも、磯臭さは発生しないのであろう。

青臭くても、磯臭くはない、まるで湖のような海。

それを、かの砂漠の海で見てきたのである。

もしかすると。Itaituba-Piaui seaが砂漠に囲まれているのは、磯臭くないからではなかろうか――いやいや。

「正しくあろうとすれば」こう説明するだろう。

いや、反論と批判を恐れて、こう云うほかないだろう

――そこに唯一の真理があると信仰し、それこそが美しいと思うものは。

「なぜ砂漠なのか?そりゃあ、地球が丸いからさ。他の説明なんてみんな誤差さ。これは数理モデルで再現できる結果であって、まずは地球を球体、表面は水としてシミュレーションを始めよう」

――世界が狭くなる音がした。

たしかに、亜熱帯高圧帯が直撃しているから、というほうが、はるかに理性的な解釈であろう。

ただ、つまらん。

世界はもっと雑然として、悪臭を放つくらいでちょうどいい。


1987年、チャールズソンらは興味深い仮説を発表した。

もし、日照量がふえ、海水温が上昇したとする。

すると、海洋生物の活動が活発になる。

そうすると、海洋生物が産生する硫化ジメチルが大気中に多く放出される。

硫化ジメチルはさらに酸化され、海塩に由来しない硫酸塩エアロゾルが増加する。

硫酸円エアロゾルは凝結核になって、雲ができる。

雲ができれば、光を反射し、遮り、海面温度が低下する。

――と、生物による硫化ジメチルの産生を介して海水温がフィードバックされると考えたのである。

Charlson, R. J., Lovelock, J. E., Andreae, M. O., & Warren, S. G. (1987). Oceanic phytoplankton, atmospheric sulphur, cloud albedo and climate. Nature, 326(6114), 655-661.

なお、この硫化ジメチルなるものこそ、我々が「磯臭い」と感じるあの不快なにおいの主成分である。


なお、現在ではそう単純にはいかないことが知られてもいるのだが、物質循環への寄与は広く知られている。


石炭紀の磯臭さを推測するのは難しい。どうやら浸透圧調節に用いられるものの、種間変異が激しく、しかも狭い範囲で起こっている、たとえば緑藻はかなり細かい分類区分によって硫化ジメチルプロピオネートの産生量が異なり、同種でも緯度などによってすら変化する。六放サンゴでは硫化ジメチルプロピオネートの産生能を一部のグループで獲得されたとみなされる。



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