Farofa de vidrinho
「ま、まぁ・・・海でも見て落ち着こうよ」
エメラルドグリーンの海。
石灰藻と石灰海綿がつくる浅い礁が、その底を覆い尽くしている。
そしてその下には、石炭が蓄積されているはずである。
イリノイ盆地に水がある。
ということは、今わたしが来ている時代がおそらく、石炭紀を襲った後期古生代氷河期における、最盛期ではないことを意味していた。
いや、最盛期の氷期には近いにしても――おそらくは氷期にいたるさなかであって、まだいっそう、寒くなるのである。
もし、これが氷期の終わりであったならば、海中に没した石炭林が、黒々と降り積もって、硫化水素をまき散らしながら、毒の海の形相を呈していたかもしれない。
さらに、寒くなるのか――あんなにゴンドワナは、氷漬けだったというのに。
――こんな話をしても、たぶんふたりとも、付き合ってはくれないだろう。
沈黙が覆い尽くしていた。
気まずい空気が立ち込める中。
何か話さなければ、と戸惑っていると、リリィが持ってきた手提げ袋から、3つの弁当が出てきた。
おぉ…
ずっしりと、けっこうボリュームがある。
そして・・・
黄金色に輝く、シラスが混じったそぼろのようなものの入った1段目。
その下に、これまた艶やかに、黄金色に輝く炒めご飯が入った、2つめの弁当が待ち構えている。
「これ、何?」
「Farofa de vidrinho。郷土料理ってとこね。」
そう、リリィはいう。
ブラジルは旅したことがあるけれど、ビドリーニョなんて魚は聞いた覚えがない。
ガラスみたいに透明な魚・・・って意味なんだろうけど。
「ファロファはデンプン粉にしても・・・ビドリーニョって?」
といったとたん、アリアが
「すごい、コノドント動物!」
と一匹を摘まみ上げていう。
たしかに。
見た目は本当にシラスそっくりなのに、その口元を見てみれば・・・あまりにも、違っていた。
「小さくて透明な魚全般って感じね、エビとか混じっててもお構いなしよ」
――そう聞いてみてみれば、確かに嚢頭類やらミニチュアのイカやら、なんでもありである。
「これ…口に刺さらない?」
するとリリィは胸を張った。
「そこがポイント!カリッカリになるまでよく炒めて、そこからファリーリャを入れるの。じゃないと、口の中をケガするもの!ああ、あとこれこれ」
リリィはもう一つ、水筒のようなものを取り出した。
中にあるのは・・・ちょっとお汁粉にも似た、合成豆の煮もの。
「フェイジョン?」
と聞くと、リリィは「そう!どこで知ったの!?」と、目を見開く。
「そりゃあ、地球でもブラジルには何度も縁あって通ったから」
といえば、アリアが
「大学の生物調査でね。ケイは地球の生物しかやらなかったから。ケイったらもうほんと、世界中巡ってたのよ!」
というので、「時空中巡って中生代に入り浸ってた人には言われたかないけどね」と返した。
しっかり温かいうちに、まずはご飯から、一口。
スプーンを入れると、まったくもって粘り気のないそれは、ぱらりと崩れた。
この”コメ”――実際には代替品のコメ状ミジンコウキクサなのだが――はどこか地球では嗅ぎなれない、しかしこの石炭紀の惑星ではなんにでも香っている、独特の柑橘臭がした。
塩気と油のついた、日本の白飯というよりチャーハンやピラフに近い代物であって、これがうまい。
口の中でバターライスのようにとろける。
正直これだけでいい、と思うのだけど、上にファロファを、ふりかけのようにパラパラとかけると、うまみがもう、二倍にも三倍にもなる。カリカリに炒められた(得体のしれない)プランクトンどもが本当にいい味を出している。
ただ問題は・・・
あまりにも古生物学的に興味深いものだらけで、目を開けていると、生物研究者のはしくれとして、ついつい目を奪われたり、味に集中できなくなってしまうことだった。
なにしろ、無数の未記載種をかきこんでいるのである。
――せめてオムレツか、粉々にすりつぶされていればなあ、と思って、豆スープ(フェイジョン)に混ぜてからまぶして見た目が目立たないようにしてからご飯にかけたら、あのサクサクとした楽しい歯触りが消えてしまってちょっと微妙だった。
「ほんっとうに食べていいんだよね」
そう言ってしまってから、ふつうは「こんな貴重なサンプル食べていいの!?」という意味には受け取られないだろうなあ、なんてこと言うの、という反応をされるだろうなあと、瞬時に反省した。
でもリリィは「ほんとあなたたちったらおんなじね!アリアったら初めて食べたとき、おんなじこと言ってたのよ!「こんなの食べられないわ!」って!」と手を叩いて笑うのだった。
そんな中、アリアが
「ねえこれ、もしかしてターリーモンスターの赤ちゃんじゃない?」
と、一匹を摘まみだして弁当の蓋に置いた。
「たしかに頭がかけてるけど、っぽい!じゃあこれ、どう思う?」
「うーん、全然わからない」
「だよねー、魚?ってわけでもなさそうだし」
「ティフロエスス、とかどう?」
「いんや、違うと思うね。あ、頭付きあった。なにこれ、ヤツメウナギ的な?」
「そんな!えー、あー、ほんとっぽい。コノピスクス、だっけ?」
「ピピスキウス、だよ」
結局、ファロファをちびちび食べながら皿の上にずらりと、混じり物コレクションが陳列されて、
「あー、これ、どうしよ」
とか見合わせて言っていたら、潮風で全部吹き飛ばされてしまった。
ふと時計を見ると、最大干潮の予想時間まで、あと2時間を切っていた。
「潮位表だけど・・・あと2時間で干潮」
「うん、でもケイ、まだ足万全じゃないでしょ?なら待つわ」
と、アリアはいう。
「いやいや、いいって。あとで行くし、先に行っててもらわないと見れる生き物減るし」
「うーん…ほんっとに、いいのね?」
「ボクの分も楽しんできてよ」
――しまった。
「何その言い方!」
アリアはさっと立ち上がる――ただでさえ頭2つほど高い彼女は、覆いかぶさるような迫力を帯びている。
「あとで絶対行くから、追いついたときに面白い物たくさん集めておいて!って意味!」
「ふん、わかったわ。目にものみせたげる。あと・・・それ、残すの?」
私の胃袋はそんなに大きくなくて――半分強くらい残ってしまっていた。
そりゃ、体格的にも・・・みんなと同じくらい食べたらオーバーにもほどがあるのだけど。
「・・・食べる?」
するとアリアは、ぱっと手に取ってあっという間に平らげてしまった。
そして、
「食べたぶん、動いてくる!」
と、山盛りの採集・撮影機材を抱えて、海へと駆け出していった。
今回はブラジル食文化×石炭紀編。
*リリィの本名はリーリアだが、アリアが英語圏出身のため勝手にリリィと呼ばれてあだ名として定着している。
今回の細かすぎるネタ
ティフロエスス・・・Typhloesus 前期石炭紀ナムリアンのモンタナ、Bear Gulch石灰岩から産出する謎生物。謎としか言いようがない。軟体動物っぽい?とする説もあるが、依然として類縁関係に関しては悪名高い。通称「エイリアン・ゴールドフィッシュ Alien Goldfish」。宇宙金魚襲来。
ターリーモンスター・・・Tullimonstrum 後期石炭紀モスコビアンのイリノイ、メゾンクリークから沢山産出する生物。謎としか言いようがない。類縁関係に関しては悪名高い。わかった!→違うよ、を繰り返している。通称「ターリーモンスター Tully‘s Monster」。モンスターの名に恥じない。
コノピスクス・・・コノピスキウスConopisciusの誤植。実際何度も論文で”Conopiscus”と誤植されているうえに、作者もそっちで覚えてしまっていたので自虐ネタ。正しくはConopisciusです!さて、コノピスキウス(Conopiscius、ですよ)はコノドント生物によく似ているものの、よくわからない脊索動物か脊椎動物といったところ以上のことはなんとも言えない。
嚢頭類・・・古生代から中生代までたいへん栄えた甲殻類らしき節足動物。甲皮に巨大な目と異常に長い捕食用の付属肢をもつ。日本では南三陸で沢山産出するので有名。
ピピスキウス・・・Pipiscius 後期石炭紀モスコビアンのメゾンクリークから産出するヤツメウナギに似ていなくもない無顎類。ただし、まったくウナギ状ではなく、寸詰まり。
頭足類・・・石炭紀にも内部の殻をもつ、トグロコウイカに近縁なグループや、その他にも特殊なイカ状の頭足類がいくつも出現している。もしかすると、殻を内蔵するタイプの頭足類の分類的多様性は石炭紀がピークであった可能性すらある。但し、化石記録は少ない・・・もし塩分濃度の高い水域でのよい調査が行われれば、状況はかなり変わるかもしれない。
エビのような何か・・・この時代にはロフォガスター類(たとえばPeachocaris)や、シャコに近縁なエビ型生物のAeschronectidaなど。結構色々いる。
――とまあ、このへんは後々のエピソードでも出てくるものもあるかもしれません。




