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森にサンゴ礁

目下を覗けば、白っぽい帯はいよいよ幅広くなって、その数も、はるかに増していた。

もはや大地一杯が白っぽくなっている、といっても過言ではない。

「すごい露頭」

つい、そんな言葉が漏れた。

この一面の海成層を調査できたら、それこそ状態の良い化石がごまんと出てきそうに思った。

――アクセサリーの定番が、化石になるのもまあ納得である。

そしてそこに、分岐を繰り返した、網状の浅い溝が見えてくる。

枯れ川だ。

その数は、次第に増していって――

ついには時折、黒ずんだ小灌木が見られるようにすらなった。

「ねぇあそこ、森が見えてきた」

アリアが指さす。

すかすかの、樹冠から林床が丸見えになるくらいな小さな林だった。


――と思ったのもつかの間、みるみる緑の津波が押し寄せてくる。

「すごい・・・これが原始の森・・・」

木の密度、枝ぶり、すべてがどんどん、濃くなって、目の前の光景すべてを押し流しつつあった。

「すごいでしょ。過去に行く特権ね」

とアリアが言うので、つい

「いや、地球にだって一面の森くらい…あるし」

と強がってみせた。

でも、言ったそばから、でも全く手つかずなんて場所はほとんどないよね、と我に返る。


その、会話に一瞬のスキがあいた時だった――リリィの声が差し込んだ。

「ねぇケイ…足、ほんとは大丈夫じゃないよね?」


「全然大丈夫だって」

するとリリィはじーっと私の、もこもこの防寒着を見て、うなじに目線を伸ばした。

「首に汗かいてるじゃない」


「いや・・・これはついに石炭紀の森に行けるからって興奮したから。精神性発汗っていうよ」


「次に行くの…海よね?」

――しまった。

「だって、海の次は森だもん」


その瞬間、アリアが「すごい、海!海だよ、マングローブみたいな森も!」

と叫ぶ。

視界の彼方に、緑が一段と色を変えて――水面らしき煌めきが、見えていた。

さっと覗き込めば、たしかにマングローブのようである。

しかしその構成は全く違っていて――その”木々”はまるで柱のようで、樹冠など、ほとんどなかった。

おそらく――リンボクの仲間だろう。

黒光りする水面に立ち並ぶ木々の群れが、ビル街みたいに広がっている。

しかし――よく見ると段々になっているようにも見えた。


「あの段々、海岸線が後退した影響よね?」

「うーん、海岸段丘のたぐい、だとは思うんだよね。海由来だから、泥炭地なのにミネラルは多いかも」

「海に接続してるって可能性はどう?じつはこう、でーっかい干潟だったり」

「ありうるね。塩はいってるかな、気になるな。ソルトマーシュってやつかも?」

「ええ、そうかもしれないわね、ほら、サンゴ礁が森に生えてるわ!」


ん?サンゴ礁が森に?

「えっ、どこどこ、陸性サンゴなんて聞いたことないよ」

ととぼけたフォローをしたその瞬間、アリアがハッと口を覆って青ざめた。


視線を追えば、リリィがその豊満な胸の前に腕を組み、仁王立ちになって私たちを見下ろしている。


「あなたたち…二人して面白がらせて、事態をごまかそうとしてない?」

沈黙。


「もう言い訳はいいわ、ケイ?さっきから上半身しか動いてないもの。」


「…そりゃ、シートベルトしてるし」

するとリリィはじーっと私を見ながら、言った。

「高度も飛行も安定してるわ、日差しももう、ガンガンよ。汗だって垂らしてるじゃない。はやくその暑苦しい防寒着脱いでちょうだい。」

しぶしぶ上着を脱いで、隣席に置いた。


「下も、脱いで。」

――まずいな。

この揺れる機内で立ち上がったら――ちょっとした神経学的検査みたいなものだ。

痺れていれば、まずふらついて、バレる。

リリィのことだ――立ち上がった瞬間「ちょっと目を瞑って」とか言い出すかもしれない。

そのくらいの知識は持っていてもおかしくないだろう・・・

敢えてこんなことを言い出したという時点で、相当怪しまれている。

なにより――自分が認めたくなかった。


でも、どうやって脱げと?

もうこうなったら、禁じ手を使うしかないか。


私はとびきり皮肉を込めて、普段の声より1オクターブ高い声で言った。

「いやだなあ、レディに下を脱いで裸になれ、だなんて。」

――で、自分の口から出たころころと軽やかで、かつ柔らかな声に、ぞっとしてしまった。


その瞬間。

さっとほかの乗客の視線が寄ってくるのを感じて、またぞわりと神経を逆なでさせられる。

――でも、予想通り。

違和感があれば、見てしまうのが人の性。

私を初見でレディだと見抜く人には、そうそうお目にかからない。

たぶん――乗客も私自身と同じように、ぞっとさせられたのだ。


リリィはきょろきょろと見渡すと、肩をすくめた。

「はぁ…もういいわ。よくわかったもの」

はぁ、と吐息を粗く吐いて、座席に腰掛けた。


「感触はあるし動くよ、この通り」

私は足をじたばたさせた。

「もうすぐ治るって、大丈夫」

――そう、自分に言い聞かせた。


*森にサンゴ礁、は石炭紀においてはあながち間違いでもない。

「礁」は生きた生き物を意味しない。サンゴ礁というと魚の泳ぐ世界を想像される方が多いだろうが、あくまでサンゴなどの造礁性生物とその死骸がつくる地形のことである。

ゆえに、森にサンゴ礁があるといっても、それが生きた陸性サンゴである必要は必ずしもない。サンゴ礁の残骸が突き出している、という可能性は十分ありうるだろう。

さらに、石炭紀の泥炭林は氷期に海面低下によって露出した海底に発達し、石灰岩などの海成層と段々になったサイクロセムを形成した。

まあ普通は、途中に砂岩や泥岩などが挟まることが多く、海岸線の行き来を反映するのがよりそれらしい産状ではあるのだけれど、必ずしも綺麗にまとまっているとも限らない。

さて、サンゴという存在が後期石炭紀においては造礁性生物としてあまり典型的ではないという問題こそあるが、森に半ば化石化しかけたサンゴ礁が突っ立っている自体は、この時代、そう不思議なことでもないのである。現代においてすら、沖縄に行けば森にサンゴのなれはてが立っているのが、琉球石灰岩という形でふつうにみられる。

では、サンゴではない石炭紀の「サンゴ」礁は何でできていたのか?その話は、石炭紀の海でしよう。


*作中共通として、「地球」という語が「現代の地球」を含意している。

超時空ゲートは宇宙空間にあり、過去の地球に行くには宇宙船に乗って向かう必要があるからである。

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