退いた海、化石の帯、そして、牙
旅はまだ、始まったばかりである。
二週間以上かけて、ようやく石炭紀までタイムトラベルしておきながら…まだ街と、氷河と、凍てつく湿地帯しか、知らない。
石炭紀に来てから、もう、5日めである。
しかし、そのうちほとんどまる一日が移動のフライトに費やされ、フィールドをまる一日歩けたのは、たったの1日だけであった。
なのに――私の足は、動かない。
ただ、ピリピリとした電気感が、ショートした回路みたいに爆ぜるだけだった。
――認められない。
しかも――こんな、ばからしい理由で。
「大丈夫だよ。全然重くなかったから。それよりさ、外、綺麗だよ」
そんな、質量保存則に反した大嘘をつきつつ、私は小窓を覗いた。
薄紅色の大地に何本も、白くぼやけた、帯が刻まれている。
それは――ある種の貝の模様のようでもあり、えもいわれぬ美しさであった。
アリアもまた、窓を覗き込んだ。
顔が近くて、吐息がほっと窓を白くした。
ふと見上げると、その琥珀色の大きな瞳に吸い込まれそうで。
一瞬、どくりと心臓が跳ねた――旧友だというのに。
「木星の縞みたい。もしくは、木目ね。色の違いは…地層かしら?」
「なにかな、石灰岩?それとも、石膏?そういう。。。海の跡っぽいよね。せめて降りられればなあ。化石が出そう」
「石炭紀まで来て、化石拾いって。」
「まぁ、そりゃそっか」
するとリリィも
「砂漠のミルキーウェイって言う人もいるのよ!ちょっと、いい響きでしょ?」
――砂漠の銀河、か。
「直球だけど、洒落た名前だね。」
「地上からだと全然、見えないのに。上空からみるとほんっと!綺麗なのよね!特に夕暮れが本当に良くて。次の見ごろは、朝。ちょうどいい時間に案内できて、ホント嬉しい!」
「ねえケイ、地球にもこういうのあったよね。えぇっと、南米のインカ、じゃなくて…」
「ナスカの地上絵?」
「そう!ハチドリ、とか。鳥ってみたことないけど。あれ、どうやって描くの?」
「日焼けした石をひっくり返して描くらしいよ、地道に。」
「へぇ~…あんな直線を引けるのもびっくりだし、私たちもバカにされないよう頑張らないとよね。」
「ねぇリリィ、白いとこ、時々掘り起こされてるけど、何に使うの?」
「そう、石灰岩ね。ちょうど線路沿いにとれるから、時々収集してるの!あとはお守りの化石とかも、副産物で。」
「…あの、破廉恥な意味を帯びたネックレスとか?」
「あ、それそれ。でっかい棒みたいな化石を雄々しさの象徴としてさげるやつ…市場で売りつけられてたわよね…ほんと…ごめん」
「なんで人は石の棒を見ると男根しか連想しないかな…まったく。だいたいボクにそういうのを売りつけないでほしい、セクハラもいいところだよ」
と、私は言った。――まあ、性別を勘違いされがちなのは、わかってる。
「そりゃその、健やかな成長を願うものだし…」
「成長しなくていいよ、まったく」
するとアリアは、「あっ、そうそう、これ気になって買ってきたんだった。」と、鞄をごそごそと漁った。何本か入っているようで、他にもちらりと、細かい溝が斜めに、金やすりのように走った、他の”牙”の化石も見えた。――重いだろうに、こんなもの持ち歩いてたのか。
衝撃防止のために、透明な衝撃吸収材を入れて、ハードケースに収めてあった。
さて、ごそごそと漁るうちに出てきたのは、首飾り状のアクセサリー・・・にしても大きすぎるもので、また例の“牙“――実際には大きな四放サンゴの個虫――と同じ加工をされたものだった。
手に持てば、ずっしりと重い。
メジャーを当てればなんと、15㎝もある。
「アレに混じってたから買ってきたんだけど、これはホントの牙だよね?どう思う?」
溝が幾筋も入っていた。
それよりなにより、鋭い細身の、ややS字を帯びている。
その、折れた断面には迷路のように入り組んだものが見えた。
うん、これは――そうだろう。
「いやボクは脊椎動物全然わからないからなんだけど…皺襞象牙質、だよね、これ。迷歯類、といわれるような、初期両生類の歯か…一部の肉鰭類?現生種だったら、巨大なオオトカゲ?って思うかもだけど」
するとアリアはぐっと親指を立てた。
「That’s right!! たぶんリゾドゥスの、馬鹿でっかい牙じゃないかと思ってるの。こんなでかいの見たことないもの」
「リゾドゥスかぁーー、たしかに!いや見逃してたよ、そんなの混じってたなんて」
「見のがしてなんて、ないわ。だって、ケイが売りつけられてた店じゃないもの。奥にもっとマニアックなの売ってる店があってね、そこで、こいつぁ珍しい、って」
「そっち行きたかった…」
「あー、やめといたが無難よ。あのオヤジ、顔で人みるから、ガキだと思われて吹っ掛けられるか煽られるか…あまりお勧めはしないわ。」
――そうこうするうちに、足が、少しずつそこにあるような気がしてきた。
なに、問題ないはずだ――せいぜい阻血されていたといっても、そう長い時間では…長い時間では…たぶん…ないだろう。
最悪今日は動けなくても、明日までには回復…してるといいな。
「ね、さっきちらっと見えたもう一本の”牙”はGyracanthusの胸鰭?」
「あー、そうそう!大正解。」
アリアはさらに、もう一本を取り出した。
「じゃ、これは?」
さっきまで見たものより、ひときわ長い。25㎝くらいはある。
「うーん、クテナカントゥスのたぐいの背びれ。溝が走った後縁に、突起の列が並んでるでしょ。」
「そう!今から行くイリノイ沖でもとれるけど、立派だからつい」
「で…このクソ重い化石を、わざわざ持ち歩いてたってわけ?朝から?いや…いつから?」
「だって自慢したいじゃん、でもずーっと採集採集で、隙うかがってたのよ。」
そう、眩しいくらいの笑顔を向けるので、ちょっと目を逸らしてしまった。
前期石炭紀の海水準は後期石炭紀と比べてはるかに高く、淡水、海水両方で様々な巨大魚が繁栄しました。
乾燥地への植物の適応がまだそこまで進んでいなかったと考えられるこの時代、前期石炭紀には海底であったところが、しばしば剥き出しになっていたことでしょう。
さらには後期石炭紀に入ってもなおミランコビッチサイクルに伴う氷期-間氷期サイクルによる海進と海退が目まぐるしく繰り返されており、ユーラメリカにおいては石灰岩性のカルスト地形もまた、発達していました。
さて、今回は前期石炭紀の”牙のような”変な魚化石回として、2種を取り上げました。
Rhizodusの歯は長さ22㎝に達し、これはスピノサウルス・エジプティアクスや、スミロドンの牙に近いサイズ感です。おそらく単一の歯としては四足動物以外の歯として最大でしょう。
Gyracanthusは胸鰭の棘が主に知られる、かなり大型の棘魚類です。斜めに走る細かい溝が特徴的です。
これらはデボン紀後期から淡水域で繁栄し、デボン紀末のF-F境界およびD-C境界も生き残って前期石炭紀からも多く産出します。
しかし、後期石炭紀になると絶滅こそしないものの、めっきりその存在感が薄くなります。
まぁいないことはないのですが、後期石炭紀においてはこれらの魚は普通種ではなく、基本的には化石になってるものだよ、ということです。




