凍てつく砂漠と、温もりと
しんと静まり返った、機内。
柔らかな、しかしすこし紅色に近い朝日を浴びながら、機窓を覗く。
目下に広がるは、ひたすらの、砂漠。
桜貝をうんと暗くしたようなその薄紅色に、命の姿はまるでない。
緑というものはまるでない。その、枯れて干からびた姿すら、みあたらない。
うなじには、機体の壁が、きんと、痛いくらいに冷たい冷気を吹き付けているようである。
風ではなく空気そのものが、熱を吸い込んで、命なき乾ききった世界に連れ去ろうとしている。
寝ているときにもまして、ひどく寒い。というより、体中の出っ張りが、痛い。
冷気はもはや、分厚い防寒着をも貫通して、身体を凍らせようと侵襲している。
いっぽう――膝の上には、大きな大きな、柔らかな温もりが、すぴー、すぴー、と寝息を立てている。
背中から来る冷たさに身をかがめて、顔や指先までぴったりと密着させれば――とても心地よかった。
――何をしてるんだ。
こんな、3億年前まではるばる旅をしてきて、せっかく夜が明けたのに。
これではまるで――
その続きの言葉が、出てきそうで出てこなかった。
アリアの背中に体をくっつけつつも、首だけ伸ばして、外を覗く。
砂漠の熱は、宇宙に放射されきっていた。
昼の灼熱、夜の冷却。
それは、大地を切り裂く、斧となる。
岩でできた山々が、冷却と加熱の中で、割れて、崩れて、転がり落ちる。
礫となれ、小石となれ。
それらもまた、太陽の熱と、宇宙への放射ですりつぶされて、また小さい粒が、転がり落ちる。
上空から、地上を見下ろせば。
大きな岩が、ふもとへ行くにしたがって、くしゃっと潰れながら、広がっていっている。
扇のようにひろがりながら、だんだんと細かい砂になっていく。
そんな姿が、ありありと見えた。
――数千年の、長い長い時の形なのだろうが、それが、あたかも今、発破をかけたようだった。
根というもののもたらす風化がなく、水による粘土化もなく。
最終的に出来上がるのは、土ではなく、砂。
ただひたすら、岩はレゴリスとなっていく。
その実態は、火星や月に見られるものと、そうは変わらないかのように思われる。
火星の荒れ野と地球の砂漠は、ときに一見すれば見まがうほど、よく似ている。
――そんな中に、いのちの痕跡といえば、鉄路に沿った、ひとの足跡のみである。
この3億年前の地球に、もっとも砂漠に適応した生き物がいるならば――それは、植民者たる我々人類なのかもしれない。
緑などかけらもない、薄紅色の大地。
ただ灰色のちっぽけな建物と、焦げ茶色の鉄路だけが、直線をえがいて切り取っていた。
ときに、露天掘りの鉱山まであった。
こんなところに鉱床があると、見つけたものがあることに驚きであるが、ただひたすらに流れる荒野はどうにも、変化がない。
ついには眠気を誘いはじめた。
それでいて空気そのものが、痛いくらいに冷たい。フードを被って、顔を半分くらいまでチャックでしめて、もこもこの手袋をはめ直して…それでもだ。
膝の上に大きく、柔らかく、温かいものがあるのが、救いだった。
アリアの背中に顎を載せると、ふわりとした柔らかさに、私の筋張った体がすっと沈んだ。
本当に同じ人間、同じ性別とは思えない。
こうも違うのか。普段控えめに見える胸だって、私の頭よりはるかに大きいぞ、などと、寝ぼけた頭に何か、いけないものがかすめるのを感じつつ――私の意識は、大きな大きな、とろんとした温もりの中に、再び落ちていった。
ぱしぱし、と肩を叩かれて、身体をグラグラと揺さぶられて――
「ねぇケイ、大丈夫⁉」
リリィの声だった。
「騒がしいなぁ…大丈夫だよ。っていや、ごめん、研修お疲れ。」
夜が明けるまで計器飛行研修で席を空ける――なんていってたっけ。
研修とはいっても、実際に真夜中の乗客を乗せた飛行機を、採点教官付きで飛ばすらしい。
「そっちはばっちり。私のことはいいの。ただ、ほんとに大丈夫?」
リリィはくるくると表情を変えながら、覗き込んだ。黒い瞳が、きらきらと輝く。
「大丈夫って…大丈夫だよ、このとおり。」
――そのとき、気づいたのである。
足が、鉛のようにただじんわりと温かい。
感覚もなく、指ひとつ動かない――
「こらアリア!ケイが潰れるでしょ!」
膝の上で横になっていた、大きな、大きな彼女は、がばっと飛び起きた。
「えっ…ごめん!全然そんなつもりじゃなくて、気づいたらこうなってて…」
「いいよ、もたれかかって寝てたし、このほうが寝やすいかなって」
「本当に大丈夫?」
「うん、問題ない」
――そうは言ってみたけれど、探検と採集を前にして、足にあるのは、ごくわずかな、チリチリとした電気の瞬きだけだった。
「…大丈夫だよ」
そう言い聞かせたかったのは、アリアのためでもリリィでもなく、自分だった。




