チェックイン 〈旅は「便が多いほど安く・快適に」問題〉
過去の世界に行けます、いつに行きたい?
そう聞かれたら、ほとんどの人は「恐竜に会いたい」と、白亜紀かジュラ紀を目指すだろう。
恐竜は古生物のスターで、中生代ツーリズムは富裕層の間で流行にまでなっている。なぜなら旅は「便が多いほど安く・快適に」という鉄則があるからだ。
しかし私の最初の時空旅行は、石炭紀を目指すものだった。長く、快適でなく、法外に高額だった。
チェックインゲートは、いくつかの区分に分かれていた。
「学術関係者」「報道関係」「商用技術者」「観光」「一般」──
アリアは迷いなく「学術関係者レーン」へと進んだ。
私はそのまま彼女についていこうとしたが、手前で係官に制止された。
「そちらのレーンは、教育機関に所属中の方または研究機関登録者に限られます」
「……えっと、一応、学籍は3年前までありました。生物系の学位は取ってます」
「ですが、現在は所属が確認できません。失礼ですが、一般レーンをご利用ください」
静かな口調だったが、石のように揺るがない。
私は小さくため息をついて、隣の「一般」レーンへ足を向けた。
──ああ、そうか。私はもう、どこにも所属していないんだ。
どこにも、というのは正確じゃない。
でもこの世界において、“個人”というだけでは、何の資格にもならないのだ。
アリアのほうを見ると、やはりというか、彼女も止められていた。
「火星圏出身の方は、追加照合が必要になります。申し訳ありませんが、出生記録とDNA登録コードを提示願えますか」
「またそれ? いいけど、何回出せば済むのよ……」
そう言いながらも、アリアは端末を操作してコードを表示した。
係官がそれを読み取って、照合。
数秒の静寂のあと、青く灯る。
「ありがとうございます。つぎに、火星圏ご出身の方は、地球渡航規制と生体識別照合の二重確認が必要となりますので……」
「わかってる。いつものことだもの」
彼女はそう言って、ちらりと私の方を見た。
結局、ゲートを通ったのは、止められていた私と同じタイミングだった。
アリアは学術枠、私は一般枠。
──ああ、変な話だけど、悔しいけど、ちょっと嬉しい。
止められたのが、私だけじゃなくて。
それでも、彼女の足取りは軽かった。
正面ロビーで合流すると、アリアはまるで何事もなかったかのように言う。
「やっぱり、ケイも引っかかった?」
「うん。学生証、期限切れてた」
「わたしはDNA照合で待たされた。地球ってほんとに面倒よね」
「……火星人がいう?」
アリアは笑う。
「ま、そうね。火星なら今頃銃口突き付けられてるわ」
「冗談?」
「半分だけね。──もう半分は、回想」
そう言ってアリアは視線を逸らした。
彼女の表情は変わらなかったが、その声の温度が一瞬だけ下がった気がした。
残念ながら、石炭紀への直行便はない。
直行便があるのはジュラ紀と白亜紀への数航路のみである。
「石炭紀は需要が少ないからね」とアリアは苦笑した。
私たちの行き先は石炭紀後期、モスコビアン期。
そこへ行くには、まず中軌道を回るサイド4宇宙ステーションに立ち寄り、2日後の超空間ゲート便に乗り継ぐしかない。
2日も前から出張るのは、宇宙ステーションから月に1度しか出ない「モスコビアン第1ゲート便」を逃すわけにはいかないからだ。
目当てのサイド4便の出発情報が聞こえてきた。
「前便の遅延によりサイド4宇宙ステーション便、ゲートC-12に変更」
はっと気づいてC-12へと足を速めたが、同時に「離陸準備まであと約一時間」と聞いてほっと息をついた。
「こういう遅延があるから直行便は流行らないのよ」
アリアは腰に手を当て、首を振って笑った。
「ゲートの開口なんて数時間ぽっきり。逃したら、宇宙港のカフェで何日も「バカンス」だもの」
彼女は両手を広げておどけ、目だけで私を見てウインクする。
「ね、ケイ、いま、「これって旅っていうよりギャンブルだよね」、とか思ってるでしょ」
__ごもっともである。
古生物の代表として、恐竜は最も人気である。
中生代は人間が暮らすにも比較的制約が少なく(二酸化炭素が濃くて息苦しくなるが)、タイムトラベルが可能になれば人気になることだろう。
当たり前のことだが、たくさん便が飛べば、旅費が安くなり、良い機材が入る、という好循環にはいる。
ハワイ旅行やグアム旅行は比較的安価で行きやすいが、これがたとえば小笠原に行くとなると、ハワイに行くよりよっぽど近くて国境も跨がないのに行きづらい(船便で片道24時間かかる上に、ほぼ週1便のみ!)という様なものである。
本作で描く石炭紀への旅は、この小笠原への長々しい旅を、さらに時空スケールに拡大したようなものとなる。
※※
ケイ・ヤマナカ・・・社会人女性だが、小柄な体格から男の子と勘違いされる。かつては大学で研究していたが、いまでは社会人3年目のアマチュア博物学者(Naturalist)。
アリア・エンバートン・・・ケイの大学時代の友人。恐竜研究者、動画配信者。中生代のフィールドワークを、そのまま荒々しく映した冒険動画は、恐竜を「博物館の古びた骨」から「会いに行けるサファリ」へと押し上げた。世間的にはスターだが、大学時代はケイにノートをせびっていた。火星出身で母国語は英語。実家はエンバートン財団。月面上の鉱山経営にかかわる有力者。
場所;東京国際空港「宇宙線ターミナル」
宇宙線とは、地球から宇宙旅客機により大気圏を離脱する便のこと。
高速だが非常にコストが高く、1便あたり10~15名しか乗ることができない。
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