計器飛行(上)
研鑽と経験を積むのは大事だし、単位も必要だけど
――少しでも、リリィと(変な読み方で)呼んでくれる二人と旅を楽しみたかった。
けど、今夜は、飛ばさなきゃいけない。
夜間計器飛行の単位習得には、実地での修練が大事。
一回たりとて逃すのは、もったいない。
二人はどうせ、寝静まっているはず。
リーリアは機内アナウンスを終えると、ぐっと臍の下に力を込めた。
星空が、コクピットの中にまでしみ込んでくるみたい。
計器盤のちっぽけな明かりは、星の瞬きに混じるほど弱弱しく、今にも消えてしまいそう。
赤い灯が、ぽんと照らした時計の針、それくらいしか、頼れない。
高度、昇降、対気速度、そして方向・方角。
――ルートマップは、頭に入ってる。
なのに、リーリアにとって、どうもいやな動悸がやむことはなかった。
オートパイロットには、赤く、ばってんがかかっていた。
すぐ隣には、正パイロットが腰掛けて、じっと何かを覗き込んでいる。
だめだめ。
意識を向けたとたん、ハートレートがさらに上がった。
航空学校は、もう出たもの。
なのに――いまでも、プレッシャーがたまったものじゃない。
彼が見つめるモニター。
こちらからはまったくもって見えないようにしてあるけれど、合成開口レーダーがリアルタイムで作った立体地図が表記されているはず。
もし少しでもずれたら、眉間にしわがすこし寄って、言うに決まってる。
「I Have Control」
って。
そして、夜間計器飛行の単位は一回分、パー。
昇進のすごろくも、1コマお休み。
夜闇に目を凝らしても、人工光のない大地に見えるものなんて、ひとつだってない。
鉄道沿いに置かれた無線標識基地からの位置情報だって、ひどくおぼろげなように思えて、でも、確かと信じるしかない、道しるべ。
――そんな中、目の前には山脈が迫っている。
アルプス級の山脈が、2つ。
西に連なるのはマラソンーオアチタ山脈、東にあるより高いほうを、アレガーニー山脈っていうらしい。試験問題にもよく出たっけ。
――遭難する人が出ても、救助にも行けないからって。
無線基地局が置かれていない、沈黙する氷山だ、そう教官は口酸っぱく言っていた。
その間におよそ、幅百五十キロの回廊が走っている。
それを、真北に向かって、真っ直ぐ、歪みなく通過する。
今日のミッション。
この、夜闇の中で。
燃料と貨物は、満載。乗客だっている。
上昇限度は3割程落ちていることを思えば、冷たい機内で、汗が滲んだ。
「あのさ」
教官の唇が動いた瞬間、操縦桿を握る指が一瞬ぶれた気がした。
あっいけない! 額に冷たいものが触れたかも。
――隣にいるはずなのに、あの縦列複座の練習機に乗っている気がして。
あのちっぽけな飛行機。機体も教官も過激。
失速させてみろ、という指示が飛ぶことすらあった。
殺す気か、と思いつつぐいと操縦桿をひねると、ぞわりとした直感ののちに機体がコントロールを失い、それを冷汗かきながら回復させるしかなかった。もう最悪。
そして、安定させたとき、教官はこう言う。
「あのさ」
それで、何をやってもダメ出しのオンパレード。
それが、航空学校での日常。
でも今日は、機体はびくとも揺れなかった。
さいわいにも操縦桿の遊びの範囲だったのか、すでにコントロールを奪われていたのかも。
でも、教官の言葉の続きは、ダメ出しじゃなかった。
「昔の人は、星空を頼りに飛んだそうだ」
「やってみろ、ってことですか、先生」
しかし教官はすぐ、「やめておけ」といった。
静かな声だった。




