写本
気付けば、古書堂にいた。
冷え切っていたはずの体が、甘やかな紙とインク、そしてコンクリートの灰くさい匂いに包まれて、じんわりと緩む。
――叔父もまだ若い。今じゃ白髪の方が多いグレイの髪だが、まだ黒にちらほらと白髪が混じっているだけだ。
私は――まだ義務教育を受けていたころの話だ。統括AI「アトラス」へのアクセス方法とか、AIは全能だけどときには疑わなければならない、でも大抵の場合はあなたの思慮が浅いだけです、とか、習っていたころ。
「おじさん、今まで売ったスキャンデータの中で、いちばんヤバいものって何?」
叔父は色々と思い当たる節があったようで、店内をキョロキョロと見回した。
そして背後の棚に手をかけ、古い端末のほこりをぬぐいながら言った。
「思い返せば、あれは色々な意味でヤバかったな――そもそも出元が怪しいやつだ。」
「でもと?」
「半島の北部の、とある地下遺跡で見つかったっていう軍事機密文書でな――
千年以上前の航空機、たしかミグ戦闘機とか――あと大陸間弾道弾の製造方法が、事細かに、みっちり書いてあった……っていう、写本だ。」
「怪しくない? それ」
即座の切り返しに、叔父は大きく頷いた。
「勘が鋭くなってきたじゃないか。」
「革命のときの亡命者が持ってた、とか。遺跡から出たはずなのに写本しかない、とか。偽書の定番パターンじゃん。」
「その通りだ。しかも、その国で作られていなかったはずの機体の製造文書まであったんだ。もう怪しくてならねぇ。売っちゃいけないものだって自覚はあったさ。でもな、どうしても欲しいって客が現れて――『内容は保証しない、格安でなら』って言ったら、逆に向こうが『もっと出す』って譲らなくてな。」
「で、それ、何に使うの?」
「作るんじゃねえか? 博物館用の復元機とかなら、まあセーフだろうが……」
叔父は肩をすくめた。
「それを“飛ばした”としたら、イカれてるな。
なにせ――プリントアウトしたら勝手に“要約”が印刷される時代が、千年も続いたんだぜ?
誰が写したかもわからない写本をもとに、飛行機を飛ばすやつがいたとしたら――」
叔父は鼻で笑った。
「……そいつは、とんでもない大馬鹿野郎だ。」




