V「終わりなきハルシネーション・ループ」
私は本当にこの現象が興味深いと思ったのです。
存在が怪しい学説?が、あたかも真実のようにさまよい歩くという状況が。
そしてその中で、興味深い例を見つけました。
「石炭紀の地層から出てくる植物化石は、主にシダ植物やシダ種子植物です。厚い石炭層をつくったこの時代には、大型のシダ植物が栄えていて、大森林をつくっていました。この時代は、全体的に暖かくじめじめした気候でしたが、植物には地域による違いが少ないことがわかっています。これは、世界的に、はっきりした気候帯ができていなかったのではないか、と推定されています。」
これはまさしく、19世紀のライエル的世界観です。
そしてなぜか、この文の下にウェゲナーの図が描かれていて、石膏や砂漠由来の岩塩の分布が図示されています。「世界的に、はっきりとした気候帯ができていなかった」と真上に書いているのにもかかわらず、です。
非常にキメラ的で興味深いです。
「氷河期が石炭の時代を終わらせた」ことについてもこうした、古い引用をキメラ的に組み合わせた結果、自然発生的に複数発生した(多回発生・収斂説)のかもしれません。
・石炭紀=熱帯・湿潤な気候であるというイメージ(19世紀的解釈)
・ペルム紀前期に後期古生代氷河期が極大に達した(古典的解釈)
・巨大な昆虫が石炭紀にはいた
これらの情報だけ提示されれば、もちろん
・・巨大な昆虫は。現代の地球では熱帯にいる
・・更新世における氷河期では、氷河期の進行とともに乾燥化が進む
といった地質学的・生物学的常識と組み合わさって、自然発生して当然なのかもしれません。
というものです。
さらに、こうした誤解を助長する背景があったとも考えられます。
プレートテクトニクスや大陸移動説の普及が日本で遅れたことはよく知られています。木村敏雄らをはじめ、これらに対して批判的な専門家が重鎮であったこと、また日本の地形史は独自に研究が進められていたことが挙げられます。
とくに、子供向けの一般書を多数手がけた井尻正二がプレートテクトニクスを全く受け入れなかったことは、非常に大きいでしょう。
その背景にはおそらく東西冷戦による社会主義陣営と自由主義陣営のイデオロギー対立があるようなのですが、ここに関しては深入りしません。
井尻先生の一般書は一般書ながらマニアックな内容にもとっつきやすく触れており、当時の世界を“実際に歩く“ことを重視した構成など、よくできています。
しかし、彼や、昭和の日本人古生物学者の主流派・有名人にとって大陸移動説は絶対にNOでした。プレートテクトニクスだけでなく、大陸移動説もです。
しかし、大陸移動を仮定せずに、ヨーロッパの高緯度から大量に産出する石炭と、“熱帯的な”植物化石を説明するのは「ウェゲナーが指摘した通り」とても難しいです。
緯度がもし変わらないのであれば、高緯度にある石炭を「世界中が温暖湿潤であった」という19世紀的概念を取り入れなければ説明困難に陥ってしまうのです。
となれば、石炭紀を「世界中が熱帯」のイメージで「生き生きと」描かざるを得なかったのでしょう。
「熱帯が支配する、大森林の時代」。
それは巨大昆虫とあまりにも相性が良すぎました。
そうそう、この一般的イメージは覆りそうにありません。
この無限ループを断ち切るには、
「石炭紀は氷河期である」
「氷河期の第一ピークと同時に石炭堆積が起きた」
ということを、どこまでもしつこく、ねちねちと、布教し続けなければなりません。




