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石炭紀紀行(鱗木SF・改)  作者: 夢幻考路 Powered by IV-7
凍てつく地でも、採集を。
152/228

トラップ回収

――長く、濃い二泊三日だった。

ロドリゲス氏に見送られて、鱗木農園をあとにする。

冷たい風が頬を撫で、湿った、霧交じりの空気が肌を湿らせる。

「ねぇケイ、わりと…急がないとかも」

アリアの声が、頭上から降ってきた。


「まあ、あれだけトラップかけたもんね」

アリアが調査のために設置した総数は、昆虫用の衝突板トラップと落とし穴トラップ、合わせて3桁はあるはずだった。

「ボトルは自動でとじるようにしてあるから、そっちの時間はシビアじゃないけど、ピットフォールは急いで回収しないと間に合わないわ」

――いや、定量性のこと?

「いや単純に、あれだけトラップ回収してたら、飛行機間に合わなくなるでしょ」

もう帰りの便までの時間が、すぐそこまで迫っているはずだった。

しかしアリアは

「平気平気!だって乗るの私たちだけだし…あ、これ他には言わないでね」

と耳打ちした。

私はちょこちょこと、半ば小走りになりながらついて行っている。

歩幅の差は、残酷だ――そう思っているうちに、ようやく、トラップを仕掛けた町の周縁道路が見えてきた。

「ケイはピットフォールをお願い。私はマレーズとFITを畳むから」

アリアは手短に言うと、宿に走って、回収コンテナの入ったカートを引っ張ってきた。

――えーっと、どこにかけたっけ。

そんなことにならないように、落とし穴トラップ((ピットフォールトラップ)

をかけた場所には、赤いフラッグを立てておいたのだった。

落とし穴に、人が落ちないようにするためではない。

あくまで、回収の時に見つけられるようにである。

落とし穴、といってもプラスチックコップを少し埋めただけ。

目印がなければ、簡単に見落としてしまう。

そして、構造が単純なだけに――ずっと昆虫が落ちることになる。

異臭がするので何事かと思ったら、先客が回収を忘れたトラップに大量の絶滅危惧のオサムシが折り重なるように死んでいた――というのは、現代地球のフィールドでわりとよく見る話だ。

そうならないように、数と順番をノートに記録しておき、順番に回収する。

さらに、設置時刻から回収するまでの時刻をトラップの採集物ごとに書き込んでいけば、一時間当たり何が、何匹かかったのかを知ることもできるだろう。

いたいた。

やはり、かかっている。

鎧のような分厚い外骨格に身を包んだ、大きなワレイタムシは、オニグモくらいの大きさがあって、わしわしと音を立ててコップの底を叩いていた。

コップには、ゴキブリ様昆虫の緑色の翅が散らばっている。トラップにかかってから食われたのか、それとも、食べ歩きしているさなか、うっかり落ちてしまったのか。

次のトラップに現れたのは、小さな、サソリだ。

この地方から報告は、まだない。

そもそも、冬には氷点下を遥かに下回るゴンドワナ氷床沿いで、生き残れているということの方が不思議だった。いったい、どうやって冬を越すのだろう?気になってならなかった。

そして、いくつか、特筆すべきほど立派なものは何もかかっていない容器が続いた。

いやーー実際に重要なものは、おそらくこういうものの中に入っているのだけど。

ごく小さな、コムシのようなものなどは、まあまず間違いなくこの時代から新産だろうし、勿論新種だろう。もし仮に人間活動が持ち込んだ時空外来種でも、報文が一本書けることは間違いなし。そういった、静かで地味なものもまた、落とさないように丁寧に、液浸標本にしていった。

次のトラップは――何やらうるさい。

かさかさかさかさかさ。

見てみれば、足が多くて長いものが入っていた。

現在のものそっくりな、ゲジだ。大きな複眼が、きらきらとラメみたいに光を反射した。顔をよく見ると、結構かわいい。ムカデと違って、結構ビジュアル系である。

――あ、いや、それは視覚に頼るビジュアル系ハンターだって意味なんだけど。

これらはどうも、現在の豊かな熱帯を思い起こさせるものがあった。

やはり地熱の影響ではあるのだろうか。

それとも、古いタイプの生き物が今は熱帯にしか残っていないのだろうか。

しかし、観察する余裕も、スケッチする余裕もなかった。

カメラのシャッターを切る時間すらも憚られ、時計をちらちら見ながらひたすら、鼻腔を灼き脳天に響くような固定液に放り込む作業が続く。

トラップから一瞬解放された虫たちが、ひくつきながら沈んでいくのを見るので、精いっぱいであった。

目から出たのが、保存液の粘膜刺激性ゆえか、それ以外のものによるか、わからなかった。

採集とは、しばしばこういうものである。

トラップの山をコンテナに詰め込み、サンプルを鞄いっぱいに詰め込めば、足がずんと、大地に沈み込む気がした。


湯気の這う足元の向こう、振り向けば、町の人々が思い思いの服を着て家を出て、手を振っている。

「みんな、ありがとうーー!」

アリアが大きく手を振って、満面の笑みを浮かべた。

そして――見送る彼ら彼女らをカメラに収めながら、町をあらためて、撮り直した。

ふいに、カメラが私のほうを向いた。

ふと笑みがこぼれたところを、しっかり撮られていた。




今回は熱帯性要素らしき節足動物を出してみた。

何が出るかに関しては、完全に創作です。

石炭紀の土壌生物、ワレイタムシに著しく偏るです…外骨格が極めて厚いから保存バイアスじゃないかと思います。

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