宇宙空港、ベンチにて -いざ、旅立つ前に-
宇宙空港のエントランス。
ベンチに座ると、私はほっと一息をついた。
さきほどの、メモリアルホールと題された、巨大な墓標のせいで、腰の力が抜けていた。冷たくなった手は、血が通っていないようで、薬指が少し伸びて、うまく曲がらなかった。
隣には、アリアがいる。
私より頭2つくらい背が高いんじゃないかと思う彼女は、大きな瞳で覗き込みながらも、何も言わなかった。
ただ、大きな手が、私の小さな手を包んだ。
ゆっくりと温かくなっていくのを感じる。
凝り固まった首が、少しほぐれていく。
幾何学的なトラス模様は、対角線を延々と引いたようである。
そこからさす柔らかな灯の光が、ぽかぽかと、私を照らして――焼き切れた脳の回路に、また灯がともりつつある。
窓からは、遥か彼方に、そびえたつ灰色の、壁というか、びっちりと一塊になった、重層都市礁がみえた。
私は、あそこから来た。
遠くから見ると、それは一種の露頭のようでもあり、古代のサンゴ礁が石化して積み重なっているのに、良く似ていた。
私たちが、地球を喰いつくしてもう、数世紀――定められたところに住み、増改築を繰り返しながら積み重なっていった、あの下3/4がコンクリ充填された廃墟でできた町は、私たちの文明の化石であった。
「私たちは――異なる地球を見つけない限り、あそこで延々と積み重なって、しまいには根腐れして干上がってしまうところだったんじゃないか」
そう、私は思っていた。
しかし。
さきほどのメモリアルホールに書かれていた内容からすれば、それもまた、違っていたらしい。
私たちは――ひたすら、待たされてきたのだ。
もう千年も前に、時空を超え、パラレルワールドにあたる、他の時代の地球に向かう方法の可能性が提示されていた。
超時空ゲート、というものである。
時間はかかることはわかり切ってはいたが、彼らは建設を続けた。
自分の代では絶対に成果を見ることができない、無限に続くかに思われる建設と研究に、彼らは何十世代も身を捧げてきた。
――そして彼らの多くは、意図せずして、ただ才があるというだけの理由で、強制的にその人生を人類のために犠牲にされてきたらしい。
恐らくは、私の両親も。
いつかほかの時代に植民できる。
しかし、その時代まで、人類は生き延びなければならない。
その産物が、あの重層都市礁と、統括AI「アトラス」であった。
自己修復コンクリートで構成された、千年単位で強度を保つ建物に人々を集団居住させ、地球の全般的な荒廃を防ぎ、インフラを集約、最適化させる。
人のあらゆる知的活動をサポートする、という名目で作られたAIが、非持続的な活動を抑制し、また、人の創造性を奪い、決まった形で決まった形に動くように世界を調整する。
文化も、言語も、止まった。
そして、そこの枠に収まらないような人物はどうするか。BANとアカウント再発行手続きを介して特定し、超時空ゲート開発のために拉致、強制動員する。
地球の文明が21世紀からほとんど変わらなかったのは、そのせいであったらしい。
止まってしまっていたのではない、止められていたのだ。
でも――こんな地球を、しばらく私は、留守にしようと思う。
これから超時空ゲートを越えて向かう先には、そんな人類の停滞システムは存在しない。本当の自由が、待っているはずだ。
肌の感覚が戻ってきた。
立ち上がると、ようやくアリアと目線があった。
「大丈夫そう?」
「ばっちり」
私は親指を立てた。




