ネウロプテリス
ようやく、石炭林に触れることができる。
あれだけ見飽きていた植物であるにもかかわらず、歩み寄る足がついステップを踏んで、水面に広がった波紋が共鳴する。
近づけば近づくほど揺らされて、ワサワサと音を立てていた。
筏は途中から、吊り橋のような幾つもの棒によって括られて、水面より持ち上げられて吊られていた。
その棒をみるとどうにも緑色を帯びて、茂みの奥へとつながっている。
そして、まるで何かの蛾の繭をほうふつとさせるかのように、周囲の茂みとつながってハンモックのようになり、その上に足場となる板が括り付けられていた。
何メートルもある生きたままの葉をよじり合わせ、結ぶことによって、外側から支えているらしい。
おそるおそる、中に足を踏み入れてみると、鬱蒼とした暗さがあたりを覆った。
これでは、下のほうの葉がろくに光合成できないではないか。
基部でY字状に広がった葉面は放射状に広がったのち、葉柄の基部から折れ曲がるように変形していき、ついには傘の骨のように、水とも泥ともつかない中に埋められるのだった。
むしろ、折れ曲がった葉柄が成長点を持ち上げ、気根のスカートをもたない“裸”の軟弱な茎がぐねぐねとのたうち、あちこちで気根をおろしているというほうが近い。
そしてそのせいで、斜めに突き刺さった葉が密で暗い茂みを作り、羽片を脱落させた軸がその間を埋め尽くしている。
この巨大な長寿命な葉と耐陰性の高さが、このちょっとしたシェルターを支えていた。
左右から張り出した葉軸を梁のようにして、生きたままの葉と葉を結び合わせれば、雨風をしのげる簡易な屋根になるのである。そして分散しながらとはいえ自重を支えるほど頑丈な葉軸は、数本束ねれば人が乗るくらいではびくともしない。
足元に転がる羽片を拾い上げる。
そこに数枚つく小羽片――楕円形の葉のように見える一枚一枚――は分厚く、表面にはうっすらと毛が生えている。そして羽片は左右非対称で中脈は途中で薄れて、二分岐を繰り返しながら放射する脈へと変わる。
小羽片は先端に向かって小さくなっていくものの、流れるように三角形に移行するというより相似縮小に近い。先端に向かって細長くなった羽軸は、先端の大きな小羽片に終わる。
少なくともこれは――葉からすると、ネウロプテリス・フレクスオサ Neuropteris flexuosaと呼ばれていた型に相当するだろう。
少し、郷愁に近いものをおぼえた。
それは露頭にあけられた小さな横穴のようでもあり、かつて数多掘られた防空壕の名残を思い出させるものだった。大学の頃は何度も雨に降りこめられて、何度もこう、逃げ込んだものだ。
そう、きっとこの場所も、そういう時に雨風をしのげる、一種の避難所なのかもしれない。
しかしなにより、思い出していたのは重層都市礁の、私の住処自体であった。
歩き回ることすらできないような、石灰と風化したリグニン香るウナギの寝床を思い出す。
あそこもまた、逃げ場のない世の中で、小さく縮こまれる逃げ場だった。
そっと横になってみる。
じっとりとした重苦しい湿度の中で、服の下から、あお向けられた手のひらからこみ上げる微かな湿り気の下に、命を感じた。
旅がはじまってからもうそろそろ、ひと月になる。
引きずり出されるように旅に出て、もう戻ることはないだろうと覚悟を決めていたフィールドに、いま足を踏み入れている。様々なことを頼まれて、私自らも知りたいことが山ほどあって、気張って、期待されて、それらが重くなって、それはいつしか呪いになっていく。
あぁ、ただ趣味として楽しむだけでもよろしいのかもしれない。
しかし、ここまで、げんに来てしまっている。
そして、ここでの時間はだいぶ空費されてしまって、いまもなお過ぎ去っていて、先にやらねばならないことはどんどん圧縮されている。いまだって、森に入れると言ってもこの3メートルだけしか進めず、その先は底なし沼であろう、
――あぁ、どうだろうか。
私がもし、「採集どころではありませんでした」「サンプリングできませんでした」といったとて、私にお願いしてきた先生方は何か言うだろうか、そもそも私のほうがむしろ、これから行くので持ってきますよ、と、申し込んだ面もあったのではないか、さらに言えばむしろ、私が知りたいためだけの知的欲求を、それを仕事とするものに無責任にも押し付けようとしていた、それだけではなかったか。
結局すべて、私が勝手に空回りしているだけではないのか。
ふっと力が抜けてしまいそうになったそのとき、葉を一匹の昆虫が伝いおりてきて、目に留まった。
それは濃い緑色の翅をしていて、その形こそゴキブリに似たものであったが、むしろアオマツムシを一回り大きくしたような印象を受けた。
そしてその翅が、どうにもこうにも、あたりを埋め尽くすこの植物そっくりなのだ。
あぁ。
化石昆虫の草分けであるScudderの一節が思い出された。
「最初に記載されたゴキブリの翅は当初、シダの葉とされていた」
そしてNeuropteris odontopteroides(当時)の葉を比較として図示している。
Scudderはこれら「ゴキブリに似た」昆虫の翅を、石炭紀からペルム紀の「羊歯」の小羽片への擬態ではないかと考えるに至った。
すると、ある予想ができてしまう。
――もしそうならば、ゴキブリのあの形は、じつは現代にまで残る石炭紀の残滓としてもとらえられるだろうか?
しかしこの魅力的で、実際極めて強い類似をみせる仮説――「小羽片昆虫説(Pinnule insect hypothesis)」は、後世あまり検討されていない。隙間に潜り込むためには平たく、あぁいう形にならざるをえない、というのである。
それでも。
いま、目の前に展開されている光景は、私にかの19世紀末の説を想起させざるを得なかった。
あぁ、この写真を一枚撮れさえすれば、あるいは一匹でも採集して並べて標本にすることができれば。
そう思ったが、カメラを出そうとした、その瞬間。
葉そっくりなそれはぴょん、と飛び跳ねて羽を開くと、そのまま滑空するように茂みの奥へと消えていった。
あの擬態である。
目を凝らして探すのは厳しいだろう。
ジャケットを広げ、その上で葉柄部を何度か揺さぶってみる。
現在の樹上性ゴキブリなら、入ればある程度は捕まってくれるだろう。
アッ。
落下する葉に紛れて、緑の残像が映った。
そしてこちらが反応する間もなく羽ばたき始めて、ふっと目の前を横切ってまた茂みに消えてしまった。
なんなんだあれは、蛾みたいな動きではないか。
と思ったとたん、後悔する。
これは以前からよく知っていたことなのに。
ローチオイドは基本的に、ゴキブリと比較すると羽の大きさのわりに体が小さい傾向がある。
つまり、飛翔の際もより軽やかに飛んでいくということで――
目視では確認困難かつすばしこい、ビーティングでは飛んでしまい落ちてこない、となると、もうスウィーピングかライトトラップか、ということになってしまう。
ただ、完全に成果がなかったわけではない。
同種なのかどうか怪しい灰色の幼虫が幾らか得られた。
前胸背板が妙に角ばっているものもあって、ある種のハナムグリ類か何かを彷彿とさせるものもいる。
そして、黒ずんだ褐色斑や、黄色く変色した部分のある小羽片が幾らか落ちてきたので、サンプリングしておく。
きっと変な菌やら食痕やらがあるはずだが、確認するほどの余裕はもう、ない。
何か探せるところは、と見回せば、足元の、少し乾いた落ちた葉が目に入る。
ローチオイド(ゴキブリもどき)はゴキブリと同じ生態を示すわけではないにせよ、もし同じような環境を好むのであれば「屋根」が作られ、雨を少ししのげるようなところに集まっているのかもしれない。
かきわけると、さっと、黒ずんだ幼虫が四方八方に飛び散ってきたので、こちらも十匹ほど採集して袋に詰めた。
同じ種なのかはわからないにせよ、一匹でも羽化してあの成虫になってくれさえすれば、よろしい。
いや、そうでなくては、よろしくない。
私はその時、うだうだと気を散らして初動が遅れ、サンプリングもシャッターチャンスを逃した自分自身を許せないと思った。
いずれにせよ、私のためである。
進み続けるほかないだろう。
虫を探せそうなところはさんざんあたったが、結局成果はダメだった。
葉の観察にもどる。
4、5mもある葉は根元で二分岐したのちも、2つの向き合った巨大な枝であるかのように側方に羽片を伸ばしている。このパターンが何に制御されているのか、いまいちわからない。
大きな羽片と大きな羽片の間に小さな小羽片や羽片が挿入されているが、同じような大きさのものが対生や互生するならともかく、唐突に挿入される理由がどうにも腑に落ちなかった。
葉の付け根のほう、最初の二分岐の周囲には、形がまったく似ても似つかない扇形の小羽片まで挿入されている。「通常の」羽片でも部位によって、形が徐々に変化している。
手近の葉から軽く羽片を幾つか採取して、サンプリングしておく。
サンプリングしながら、写真を手書き編集して、葉のどこから何番を採取したのか記録しておいた。
なにより――同定された種の葉の全貌を生で見て記録するのは、もしかすると私が初めてかもしれない。時空植民が行われているにもかかわらず、植生の記録は想像を絶するほど大雑把だ。
先例をみてみたが、何の助けにもならない。パラー生物研究所による以前の調査記録ではFern, ex gr. Pecopteris、としか書かれておらず(!?)、アリアの記録にもMedullosales fam, gen, et sp. indet(メドゥロサ類、科も種もわからない!)とあった。
化石のほうでも、全貌は謎だ。しばしば最優占種として何キロにもわたって地層を埋め尽くすNeuropteris flexuosaだが、気孔や表皮細胞の詳細、断面の解剖学などはよくわかっていても、数メートルに及ぶ葉がどのように分岐し、どのように小羽片がつき、どのような茎にどう接続していたかを示す化石記録は、ない。巨大すぎるからというのもあるだろうし、炭坑などで見つかっても記録する前に破壊されてしまう場合が多かったという。Laveineopteris(”Neuropteris” attenuata)の最も保存の酔い標本の一つも、収蔵番号がないので標本と材料を読んでみたら「標本は破壊された」とあった。
このままいくと、この視界凡てを埋め尽くす超普通種の概形と全貌を記載するのは、もしかしたら私、ということになってしまうかもしれない。
わくわく、というより、ため息が出る。
そんなことをしていると、アリアに小突かれた。
「どうしたの、葉なんて眺めちゃって」
「葉が大事なんだよ…ってえっと、羽片だ」
「羽片?」
「シダの葉みたいなもののひとまとまりのこと。葉というには、一部だし」
私はそう、てきとうに答えながらペンで殴り書きした小袋に羽片を詰めていたが、よりにもよって詰めている最中にも、やはりシマトネリコやマメ科の羽状複葉を連想してしまうのだった。
なにぶんその根元は若干膨れて、軸との間に離層を形成するらしいのがいやらしい。そして、筏に向けて束ねられた葉の先端をみると、そこにもまだ数枚の葉がついていた。しかも、まだ伸びているようだ。
「じゃ、あのでかいの全部、葉ってこと!」
「そうだよ」
――いや、そんなことをわざわざ?と、私は半ば呆れながらも、そのときふと、嫌なことに気づいてしまった。伸び続ける――いつまで伸び続けるかわからないが――羽葉に、脱落する側羽片――
「たぶん、ね」
そのとき、私の頭の中では、ゴンドワナで見たノトラコプテリスの「葉」の先に花そっくりな生殖器官をつけていた姿と、原生のウォレミマツの側枝の先端が球果に終わっている様子が重なり合った。
「アリア、アルカエオプテリスってみたことある?」
「えーっと…」
「後期デボン紀のでかい木。葉がついてるほう」*
するとアリアはこくり、と首をかしげてから、あっ、と茂みのほうを指さした。
そして、
「言われてみればちょっと、上の方似てるかも。幹は全然似てないけど」
というのだった。
「そんなに似てる?」
「ほんと、死ぬかと思ったんだから。あっ、いまのなしなし。道理で豪快に枝落としてたってことね、枝じゃなかったんだ、あれ」
「いや、そこまで言うつもりじゃないよ。ただね、ぱっつり離層作ってとれてる感じ?」
「なんか、丸いあとになってたわ、誰かが切り落としたみたいに」
私はアガチスの側枝脱落痕を想起した。
あまり参考にならないのは、承知のうえである。
でも、アルカエオプテリスをエダハマキのような葉もどきの平たい枝というだけでなく、枝のような葉として考えてみるのも悪くない、などとも思った。
しかしサンプルがなければ、そしてそれを然るべき方法で発生学から検討しなければ、目の前にある葉のようなものが葉であると呼ぶことすら、うしろめたさが残るだろう。
筏の周りには、いくつかの、クルミよりも一回り大きなタネが流れ着いている。
その大きさといい、形といい、サキシマスオウノキのものによく似ている。
おそらくネウロプテリスの種もその形のものを含むと言われているけれど、ほんとうにここにある植物が落としたものなのかは、1株も結実していないのだからまったくわからない。
採集、すべきだろうか。
流れ着いている場所が場所であることさえ除けば――いや。
私は恥を忍んで、そのタネ、トリゴノカルプスTrigonocarpusをかき集めることにした。
異臭がついていないこと、またかの、妙に規格通りのコルダイテスの葉を拾ってしまわないよう。
せざるばいずれ、私自身に呪われることになるだろうから。
シダ種子植物の葉(小羽片)にローチオイド(ゴキブリに似た昆虫の総称.*なお石炭紀にゴキブリはいない。以前のまとめを参照)の翅が紛れ、また逆に昆虫として記載されたものにかなりの数の葉が紛れて黎明期の昆虫学者を憤慨させたのは、いまに語り継がれる話…
黎明期の学者もしばしば混乱させられ、Scudderは「最初のゴキブリの翅は当初シダの葉として記載され、それらの痕跡はほぼすべての産地で莫大な量のシダの葉とともに見つかる」*とまで言っており、自身も葉を翅と間違えそうになりルーペを使わざるを得なかったと記述している。
そしてこのことはその後、Pinnule insects説(小羽片擬態説)として、擬態の証拠があるのか、特定の利用関係があると証明できるのか、単に機能形態的な収斂として説明できるのではないか、などと百年以上にわたって争われることとなる。
いまだに決着はついていない。
Scudder, S. H. (1895). Revision of the American Fossil Cockroaches, with Descriptions of New Forms. U.S. Geological Survey Bulletin 124, p. 30 ”The first cockroach wing ever described was first described as a fern leaf, and in all or nearly all the locarities where their remains have been found they are associated with fern leaves in immense abundance."
〈描写を支える科学的背景〉ネウロプテリスの復元について
石炭紀の景観を代表する植物といえば、シダ種子植物、リンボク類、木性リュウビンタイ類、カラミテス類、コルダイテス類あたりでしょう。
しかしながら、これらの既存の復元図にはいまだに様々な問題があり、かなり老朽化しているものも多く見受けられます。とくに、寸法の問題は重大です。同じ幹の太さの植物を2mとするか、5mとするか、はたまた20mとするかで、古代の景観は根本から変えられてしまうでしょう。しかしながら、それが現状です。
断片化した植物化石のそれぞれに別の名前がつき、それらの接続がたいてい失われており、またそれを接続することに関して極めて慎重な立場がとられてきました。
そのため、太古の世界を復元するにあたり最も広い面積を占め、最も重要な部分に関して、復元が数十年単位で停滞してきました。
よく知られたごくわずかな種の復元が“クローニング”されて用いられがちで、それらの出典を辿ると、50年以上前のものであることがよくあります。
そのため本企画では、古植物に関して、二百年ほどにわたって最も研究が進んでいる後期石炭紀のユーラメリカに焦点を絞って描写のための復元考証を行うこととします。植物は文字通り景観を形成するため、その地域における優占種および普通種に関して何とかしてでも復元考証を行わなければ、その地域を描くことなどできません。
さて、後期石炭紀のユーラメリカにおける石炭林を構成する植物については、細胞レベルで微細に保存ざれた化石から生理的な制約についての情報がもたらされ、さらにその産出状況から生育地の好みについて莫大な情報がもたらされています。
そのため、比較的安定した川岸から石炭林の方角を見たとき、最初に何が目に入るかは十分に予測可能です。それはおそらく、Neuropteris flexuosa、Neuropteris ovata、Macroneuropteris scheuchzeriのいずれかだったでしょう。したがってこれらネウロプテリス科のメドゥロサ類シダ種子植物を復元するのが、最初の作業です。
Neuropteris flexuosaとN. ovataは極めて近縁な種であったと考えられており、Neuropterisとされてきた様々な種の中でも特に近いグループに属します。そのため、この二種を以降、Neuropterisとして表記します。また、茎と葉の連続した標本が知られているN. attenuata=Laveineopteris rarinervisに関しては名前が紛らわしいのですが、今までに提案されたニッチおよび、示唆される形態に奇異な点が多々あるため、Neuropterisとは別の復元課題として今後に残し、Laveineopterisとして表記します。
ところが、これらネウロプテリス類の復元において参考にできるような既存の復元図は殆どありません。メドゥロサ類の復元は有名な直立樹木状のものがありますが、後期石炭紀中期におけるメドゥロサ類の幹は細いものが多く、また太く真っ直ぐな幹はアレソプテリス科との関連が示唆されます。
Macroneuropterisに関しては幹化石が知られていますが(Falcon-Lang (2009))、これが奇妙なものです。基部では44㎝もあった幹がたった2mの高さでは74㎜しかなく、幹の太さが急激に細くなる異常な樹形をとっていたことがわかっています。そこに、反り返った葉がスカート状に垂れて残るという、だいぶ異形の植物です。
さらにWnuk & Pfefferkorn (1984)は、Macroneuropteris、Neuropteris、Laveineopterisが産出する地層から、太く短い幹を持つ植物とともに、10m級と推測される直径数センチしかない幹に長さ5mほどの葉がついている例を報告しています。これは蔓性ないし、倒伏性の植物でしょう。太く短い茎はMacroneuropterisに対応する可能性があり、Laveineopterisは細長い茎を持っていたとする証拠が別にあるため、Neuropterisがどちらの茎につくのかは一旦保留とします。Neuropterisの葉はきわめて普遍的であるにもかかわらず、その全体が見つかったことほぼありません。葉の全長はSewardらは10m以上と推定しましたが、Zodrowらは4m程度と推定しているため、この4m説を採用します。ここでは幹の可能性のある器官と部分的に接続した標本が図示されており、葉の主二分岐は葉の基部からわずか20㎝の部分にあり、葉の基部から少なくとも二分岐の付近までにはCyclopteris型の羽片が少数つきます。
ちなみに、ネウロプテリス科やアレトプテリス科といった多くのメドゥロサ類とリギノプテリス類の多くの種、さらにはカリストフィトン類にいたるまで葉は大きく二分岐した形態をとり、この構造は石炭紀のシダ種子植物の代表的な形だったようです。
ここで、樹冠の大きさは直径8m級と推定されます。
ネウロプテリス類に限らず、メドゥロサ類の新芽はコイル状に巻いた状態であったことがわかっているため、茎の頂点ではY字状に分岐した新芽が見えたはずです。
N. ovataでは葉が硬く、長く持続していたと考えられています。さらにメドゥロサ類の葉軸や葉柄は極めて頑丈かつ、しばしば幹に近いほどの太さを持つことから、倒伏した株が葉軸を支持器官とし、互いに絡まったり軟弱な土壌の上に頑丈な葉がつくことによって支持していた可能性は、じゅうぶんに考えられるでしょう。
メドゥロサ類の幹は二次成長に乏しく、幹の太さは成長点付近で規定されたと考えられています。ちなみにMedullosa endocentricaで脇芽の形成と分岐が示唆されるもののM. endocentricaの葉はメドゥロサ類のものとしてはやや異質なEusphenopteris型と推定されており、ほかのメドゥロサ類で分岐が報告されているものはないので、分岐はしないものと仮定しました。すると、Macroneuropterisで知られる先細りの幹はすなわち、ある種寿命のある、短命な生態を示唆すると考えます。幹があとから太らない以上、直立して成長する過程で急激に茎頂そのものが小さくなっていたことを示すからです。Macroneuropterisはしばしばその雄性生殖器官と推定されているCodonothecaとともに産出し、さらにCodonothecaは多くの化石がまとまって産出することから集団開花が予想されていることも、この傍証になりそうです。
しかし、Neuropterisの葉は莫大な量の化石が発見されているにもかかわらず、生殖器官は殆ど未知です。おそらく、寿命の長く生殖頻度の少ない植物であったのではないか、と予想します。となると、Neuropterisにたいして、より尤もらしいのは細茎・長茎型です。自重を支えられなくなると倒伏し、その後は横に這うようにしながら巨大な葉でたがいに絡まりあうように育ち続ける、というのが、この植物の群落の形態として私が推測するものです。これは石炭紀の低地性メドゥロサ類の茎はたいてい直径2~5センチしかない、という観測や、メドゥロサ類の茎にしばしば不定根が伴うこととも合致します。
これは、Macroneuropterisは2m級の葉をもつことがわかっており、4m級の葉を持つNeuropterisが同様の大きさの幹につくのかやや疑問であるという点とも合致します。
上記より、長い茎を倒伏させながら長さ4mほどの葉を広げ、葉軸を杖のように絡ませながら育ち、巨大なY字状のゼンマイ型の新芽をつけた巨大な叢として河岸を占拠する植物、としてのNeuropterisが復元されることとなりました。
次はMacroneuropteris、そしてLaveineopterisにうつります。
おそらくこの三者はよく似た葉と、よく似た発生上の制約をかかえながらも、まったく異なった概形と適応戦略をとり、異なった湿地景観をつくっていたのではないか、と私は考えています。
<上記はあくまで創作用の復元です。証拠をもとにしていますが、正しさを保証するわけではありません。>




