翅の記憶―原直翅類ー
「原生林ってこともあって、昆虫も豊富ね」
ふと見れば、アリアは虫網を振っては、腰につけた三角紙入れに入れていた。
勿論、撮影もしている。
「さっきから時々枝先についてるんだけど、何だと思う?」
そう言って差し出されたのは、ちょうど大きさも形もヘビトンボに似た、翅の長さが人差し指くらいは優にある、薄茶色の昆虫であった。
足は細長く、棘はほとんどない。
さほど足の長くない、ある種の翅の付いたナナフシを思わせた。
丈の高い、三角形にも似た顔はほんの少し、ハサミムシの頭部を思わせた。
そこには花粉がついていて、おそらくコルダイテス類の花粉を食べているのだろう。
翅には、細かく面相筆で描いたような、黒い模様が、緻密な唐草模様をなし、透明な部分がところどころ透けている。
そして、その唐草模様を貫くように、少し厚みを増した翅脈が走っている。
私はそれを2分ほど覗き込んで…
「…多分だけど、原直翅類かな。おそらく」
と答えた。
「直翅類?これが?巨大カワゲラとかでもなくて?」
ええ、現在の直翅類とは、まるで似ていない。
バッタのような飛び跳ねるための足も持っていないし、顔もまた、直翅類をすぐ想像させるものではない。しいて言えばハサミムシやカワゲラ…いや、ガロアムシに少し似ていなくもないかもしれない。
即答できたのは、昨晩、ライトトラップ前でこれによく似た昆虫の翅脈を読んでいたためである。一度見てからだと、どの脈が重要なのかみえてくる。
幸いCuPaがCuAに合流しているのが確認できるので、これは少なくとも原直翅類Archaeorthopteraとみてよいだろう、ということである。しかし、CuPaはαとβにはわかれていないように見える。
――意味不明なことだろう。
そもそもだけど、昆虫の翅脈には一本一本、名前がついている。
殆ど記号のようなもので、夥しい数あるように見える翅脈のどこがどこに対応するかは難しいものがある。しかし根元から分岐してくる順に名前がついて、それぞれの名前に応じて、先端から順に番号が振られている…かなり気が遠くなる作業である。
で、原直翅類と同定するためには「前翅の翅脈において、Mと癒合ないしMから分岐するCuAがCuPもしくはその枝と結合する」といったもので…直翅類の翅脈を翅脈の基本形から意図的に追い続けている人でないと、聞いてもさっぱり感覚がつかめてこない。
――しかし、現状ではこれが最も経験に基づく同定法なのである。
殆どの化石昆虫は、翅しか保存されていやしない。
その中でいかに分類して進化をトレースするか、そういう血のにじみ努力の産物の産物であった。
そして、それはしばしば難解で――いざ生きた個体を目にしてみると、そんなこと言うまでもなく体型からして全然違うじゃないか、ということがよくある。
翅の化石にしたって、分類上重要な形質が必ずしも同定のカギになるとは限らない。
しかし、記述するためには、そうしなければいけなかったのだろう。
私はその昆虫をつかみ、翅をぱっと広げて、ぱさぱさと翅を羽ばたかせる様子を眺めながら、古生物学というものにふと思いを馳せてしまった。
寝不足が出て、少々ロマンチズムに走っているのかもしれぬ。
採集して後で検討してみたが、Cnemidolestodea目の、Cnemidolestidaeという科のものであるらしい。直翅類の系譜の中で、最も原始的な目のひとつである。ガロアムシに近いであるとか、カカトアルキに近いであるなどともいわれるが、その類縁関係はよくわからない。遺伝子でそう簡単に決着がつくのかも疑問だが、ひとまず生のサンプルを回収できたことは大変喜ばしいことである――だって現在のガロアムシにもカカトアルキにも、翅なんてないのだから。
さて、樹林の中に、突如明るいものが飛び込んでくる。
木の群れが途切れ、そこから光がさしていた。
「あれが、農園だな」
そう、ロドリゲス氏はいう。
覗いてみれば、たしかに列をなして、柱のような植物が並んでいる。
Cnemidolestodeaといえば、ちょうど科博の「大絶滅展」でパラナーケミナParanarkeminaが展示されています。Paranarkeminaの所属はCnemidolestidaeとされることも、Narkeminidaeとされることもあります。
*この話での創作ポイントは2つ
1.細かい線状の模様が入るCnemidolestidaeは知る限り未発見だと思う。(Cnemidolestodeaでは、Xixiaが比較的近い)知られている模様パターンだとのちの発見でうそになってしまうので、敢えて架空の種とした。
通常みつかっているのはもっと大まかなパターン。
2.コルダイテス類の花粉を食べるというのは創作。Cnemidolestidaeの脚には棘がなく、長く発達した脚をもつものの(たとえばCnemidolestes woodwardiiの前脚はかなり発達する)捕食性ではなかったと考えられている。しかし、何を食べていたかはよくわかっていない。
石炭紀の化石葉には齧るタイプの食痕が著しく少なく、おそらくはバッタやナナフシのように葉を専門に食べるグループはほぼいなかったと考えられている。となると、日和見的にあるものを食べる雑食だろうか?
*”通常の”コルダイテスはC. bifoliusをベースにしている。これは2タイプの葉をもつ。やや時代を降った年代からの発見ではあるが。




