取材
ぼろ宿に戻れば、前に人がいる。
二人だ。
一人は、私たちの戻りを待っていた、リリィだ。
しかしもう一人、老人がいる。
「ロドリゲスさんよね、あってる?」
そう、アリアに聞かれたけれど、私は人を見分けるのが得意ではない。
「たぶん、そうだと思う」
としか言えなかった。
白髪の老人ではあるが、かくしゃくとして、身のこなしは軽かった。
「昨日はとても面白かった。老体ながらもまだまだ学ばねばなぁと、そう思わされましたなぁ」
そう、ロドリゲス氏は手を差し出した。
土の香りがした。
「いえいえ、こちらこそ。まさか古生代の植物を、実際に育てている人がいらっしゃるとは」
「他にもやってる奴はいてな、そいつらは大きい粒だけタネみたいに撒けば良い、つうんだがどうも上手くいかん、同じようなもんだと思って何度も苗床をダメにしてきた、バカだったなぁ」
と、ロドリゲス氏はがらがら、と渇いた笑いをして、咳払いした。
――というのも、氏は大胞子を種子かのように扱って、律儀にも大胞子だけを苗床に蒔いて、いつまでたっても芽が出ないと嘆いていたのであった。
昨日聞いたときは、大胞子をその大きさから種子と勘違いして蒔いたか、小胞子を単に未熟な大胞子と勘違いしたのか、と思っていたが――
「他にやってる…それはその、熱帯の方です?」
「おうよ、さすがよく知っていらっしゃる。もう知っとったのか」
「まったくの初耳で。ただ、熱帯のリンボク類なら、大胞子が樹上で"受粉"したりしたようですから」
「なるほどなるほど。彼らにも連絡を打っておかにゃならんなぁ。下っ端なら、昨日からこの町に来とるがね。同じ宿じゃろ」
…なるほど。
露天風呂で出くわした2人か。
結局――私の体を気味悪がられるだけで、ほとんど一言も交わせていなかったっけ。
「あまりいい印象は、抱かれていなかったような気がしますね、その…」
「下はそんなもんだろうな、生き物に興味なんてなかろう、所詮はエンジン屋よ。」
「その…エンジン屋がなぜ鱗木なんかを?」
「そりゃ燃料にする、らしいが、何をどうやったらアレが燃料になるのかねぇ。前に聞いたときゃ、「そりゃ社外秘だな」ってなぁ、ははは」
「じゃあ取材しても何も出ないんじゃ」
「それがあの胡散臭い社長、今年中には発表するから楽しみにしてくれと連絡をよこしてきた。申し込んでみる価値はあるんでねぇの」
すると、アリアが割り込んだ。
「その会社って、パラー?ってなると、旅程的に最終日にしかおけないわ。その方向で話を通していただくことってできる?」
「あいつのことだ、むしろ喜んで出向いてきて演説するだろうさ。いいか?胡散臭いやつだから真に受けんじゃねぇぞ?理詰めに詰問しそうだからな、お前さんたち」
「…気をつけます」
するとロドリゲス氏はからからと笑った。
「それにしてもですなぁ!同じ鱗木というてもそんなに違うとは思ってなかったですわい!」
そんな談笑をしていると、リリィは
「片づけとかは私やるから、2人は楽しんできて」
と、宿へと戻ってしまった。
ガイドだから仕方ない、という面もあるのかもしれない。
しかし、基本ひとり旅しかしない私にとっては、何から何までしてもらっている感がして気まずかった。
そうこうしているうちに、街から外れた方向に向かう、一本の道が見えてきた。
Keep Outと書かれたロープがかかっている。
「おとといはこの道の向こうは見れてないので、何が出るか楽しみです」
と素直に白状すると、
「聞いてくりゃ、開けておいたんですがな。ただいかんせん、旅人さんがどういう輩なのか、知る手段がないものですからな」
――たしかに、警戒されてもごもっともだ。
「いえいえ、開けておいてほしかったとかじゃなくて、純粋に楽しみなんですよ」
「そうかいそうかい、んじゃ、雑草でも虫でもなんでも見てってくれや」
道はしばらく続いていた。
ノトラコプテリスを中心にしたシダ種子植物の、どこかウルシの若木に似た低木林が続くと、今度はコルダイテス類の、昨日見たものとは異なる、より葉が長いものが目についた。
「これも…植えているもので?」
「いやいや、これは元からだけどよ、他には確かにもう、のこってない気がするわなぁ」
一本を手に取ると、幅広の葉がつく部分と、針状の葉がつく部分が交互に、段段のようになっている。
「これは…冬も葉があるんです?」
「冬の葉は針のよう、夏の葉はベルトのよう。昔は沢山あったんだがな、材質がよいってんで伐採されて、わしが保護しとるところにしか残っとらんのじゃよ」
穂を見ると、やはりコルダイテスの類の一種であった。
それは湿原で見たノエゲラシオプシスとは明らかに別の種であったが――それに相応する名が何なのか、すぐには出てこなかった。




