――描写を支える科学的背景――メガラクネについて
石炭紀のゴンドワナの生物で、おそらくもっとも有名なのがメガラクネMegarachneだろう。巨大なクモとして記載され、有名になり、世界中の博物館にレプリカが展示されることとなった。ただし当初からクモとしても矛盾する点が多く指摘され、2005年にはウミサソリ類であるとして再記載されることとなった(Selden et al., 2005)。
ここまでの経緯は和書でも「ぞわぞわした生き物たち」金子隆一に記されているため、深くは触れない。ウミサソリの分類史は極めて混沌としており直観的にわかりづらい点があまりに多いので、同書が日本語で書かれているのは大変ありがたく、興味を持つ方がいたら入手することを強くお勧めする。
ここでは、現在にいたってもメガラクネを復元する際に付きまとう困難について触れることとする。メガラクネをウミサソリ類に分類することについては現在でも変更はないが、メガラクネがどんな生き物だったかに関してはいまだに問題が山積している。
1980年にはすでに知られていたにもかかわらず、メガラクネの標本はいまだに2点しかなく、その2点目の標本はいまだ個人所蔵の状態にある(Césari et al., 2024)。
近縁種の化石としては、Mycterops, Hastimima, Woodwardopterusが挙げられるが、この中で付属肢を含めて保存されているのはWoodwardopterus scabrosusのみであり、残りは前体部の甲皮や尾剣、胴部の外骨格の断片などが保存されているのみである。
これらの属に見られる差異は、成長に伴う変化ではないかとも考えられる(Lamsdell et al., 2010)。
時代範囲は前期石炭紀Tournaisianから前期ペルム紀Sakmarian(あるいは後期ペルム紀末Changhsingian)におよぶ。地理的にも北米ペンシルバニア州、スコットランド、ブラジル、ベルギー、アルゼンチン、オーストラリア(諸説ある)に及ぶ。
つまりユーラメリカからゴンドワナまで幅広い地域に分布しており、今後もどこから化石が発見されるかわからない。なお、淡水生の地層から産出している。
さてそんなミクテロプス科の特徴を見ていく前に、前提を提示しよう。
ウミサソリ類の足は、基本的に鋏角+5対であり、付属肢I=鋏角として、I~VIまでの番号が付けられている。これらは6対の足があることからわかるように6節の体節がくっついたもので、前体Prosomaとして頭のように見える構造をなす。
鋏角類の胴体のことを後体(Opisthosoma)というが、ウミサソリ類の場合は形態的に12節、実質的に13節となっている(最前方の1節が退化している)。
小難しい用語を敢えて書いたのは、この仲間がウミサソリ類としてとりわけ奇異な点を示すためである。メガラクネの場合、前体と後体部の第一節(実際は第二節)の背板が癒合しており、さらに第二節(実際は第三節)が背側で丸く伸長して後ろ数節を上から覆う構造となっている。この丸く伸びた部分がクモの胴体と見間違えられたということだが、こんな異常な構造は、ほかのウミサソリ類には勿論見られない。
さて、ここからが問題で…
Selden et al. 2005 Fig.2がメガラクネの復元の模範例としてそれ以降は模倣されているのだが、このFig.2には付属肢が4対しか描かれておらず、第II付属肢もしくは第VI付属肢が行方不明である。というのもメガラクネの第一、第二標本およびWoodwardopterusでは3対の付属肢しか保存されておらず、それらの対応関係には問題がある。すなわちそれがII, III, IVなのか、III, IV, Vなのか、IV, V, VIなのかという点で、III, IV, Vであるとするのが現状の主流であるようではある(Lamsdell, 2025)。しかしながら、これにしても問題が解決されているとはいえなさそうである。たとえばミクテロプス科において、第VI付属肢はいちども発見されていないにもかかわらず、その形質をあらわす記載においてはあたかも見つかっているかのように書かれてしまっている。第II付属肢に関しても同様である。問題は、見つかっていないにもかかわらず、あたかも見つかっているかのように書かれている点である。
ウミサソリ類において第VI付属肢は通常もっとも発達しており、パドル状になるもの(ユーリプテルス亜目)と歩脚状になるもの(スティロヌルス亜目)に分けられる。
ミクテロプス科は他の形質からスティロヌルス亜目に属することについては意見が一致しているので、ひとまずパドルではないことは言える。しかし、ミクテロプス科においてはその直後の第一後体節が癒合して第VI付属肢の付け根に大きなふくらみを持っていることから、なにか非常にがっしりした付属肢があったのではないか、とも思ってしまうが、これは筆者の勝手な感想であることに留意されたい(もしそんな立派なものがあれば保存されるはずでもあるから。)。
ここの形質は極めて重要である。なぜなら、ウミサソリ類において主な推進力は歩行性にせよ遊泳性にせよ、第VI付属肢が担う場合が多いからだ。
近縁のヒベルトプテルス科では第IV, V, VI付属肢の3対で体を引きずりながら歩いた痕跡が残されており(Whyte, 2005)、この中でもとくに発達するのはVおよびVIである。メガラクネもこのように半陸生の行動をとれたかどうかが、第VI付属肢がわからないと推測しにくい。
第II付属肢および第III付属肢はスティロヌルス類においては通常短いことが多く、上からは見えないかもしれない。しかしWoodwardopterusやMegarachne第二標本で見て取れるようにミクテロプス科においては第III付属肢がかなり伸長している。(本当にIIIなら。)第II付属肢が短いのか長いのかは釈然としないが、比較的近縁なDrepanopterusの第IIと第IIIがよく似た長さであることからすると、長いとして描いても罰は当たらないかもしれない(足が足りないウミサソリを描くよりは精神衛生に良い)。
第III付属肢(本当にIIIなら。)保存も決して良くないが、巨大なブレード状の突起を櫛のように持っている。これはおそらく堆積物を摘まんで食べるのに適していたと考えられる(現在の生物ではオニヌマエビが夜間に泥に堆積した餌を食べたり、干潟のカニの行動のようなものか)。
なお(本当にIIIなら)と書いたが、保存状態的にこれがもしIVであった場合も考えられうる。
すると、困ったことになる。
保存されているのがもし仮に、じつはIV, V, VIだとすればIVが有棘、V, VIが無棘ということになって、これはヒベルトプテルス科に極めて近いという話になってしまう。
もしそうなれば両者をわける形質は後体背板ということになるだろうし、系統関係にも変更を迫られるだろう。
さて、作中で魚を食べていることに主人公たちをビックリさせたのは、既存の説と矛盾するためである。
なぜそうしたかといえば、もしスウィープフィーダーであれば、スウィープ用の付属肢は通常短くなるはずであって、長く伸長するのはおかしいと主観的に感じたゆえで、もっと雑食性に描きたかったというところがある。(現在のスウィープフィーダー甲殻類と見比べてみるとおかしさに気づくはずだ。)
それに対して、Hibbertopterusの短いスウィープ用の付属肢が前体の下側にすっぽり収まっているのは、絵としては地味だが生物としては実に機能美がある。
が、既存のメガラクネの復元図にはそうした自然さをまるで感じないのである。
ここまで書いてきてわかったかと思う。
この生き物は、まだ描くにはわからないことが多すぎる。淡水のものなのか、陸のものか論じるにすら早い。
一つ言えるのは、このよくわからない、それなりに大きな生き物が、石炭紀前期からおそらくペルム紀末まで、あまり姿を変えずにユーラメリカからゴンドワナまで幅広く分布し続けていたことである。
本作で描くのは石炭紀後期前半、バシキーリアン末-モスコビアン初期の世界なので、石炭紀末のメガラクネとは時代がずれているのではないか、という指摘をする方がいればうれしくてならない。
その話も、ぜひしたいのだ。
石炭紀以降のウミサソリ類には、多様化はおろか種の変化すら認めづらいほどであり、地理的にも時代的にもかなりかけ離れていてすら、どこからが成長に伴う変化でどこからが種や属の違いなのかがはっきり認識できない。
石炭紀末、ゴンドワナ産のメガラクネをミクテロプスと呼ぶべきだという話が出たりもするくらいであるし、ペルム紀末のものがWoodwardopterusという話になったり、他のウミサソリを見渡してみても石炭紀の遊泳性はアデロフタルムスだけ、徘徊性のヒベルトプテルス科もその多くにヒベルトプテルスのシノニムではないか疑惑が立てられている(時代も地域も多様なのに)。
おそらく石炭紀のはじめの時点でこれら生き残り組のウミサソリは各地に分布しており、その後5000万年以上にわたってほとんど姿を変えずに生き抜いたのであろう。
これは典型的なDead Clade Walking…大絶滅を生き抜いたものの多様性を回復できなかった現象の例であって、メガラクネとほとんど変わらない生き物が石炭紀の、どの陸成層から発掘されようが、まったく驚くべきことではないだろう。
Selden, P. A., Corronca, J. A., & Hünicken, M. A. (2005). The true identity of the supposed giant fossil spider Megarachne. Biology Letters, 1(1), 44-48.
金子隆一. 2012. サイエンス・アイ新書「ぞわぞわした生き物たち」SBクリエイティブ.
Césari, S. N., Chiesa, J., & Fernández, J. A. (2024). The lacustrine ecosystem of the Bajo de Veliz Formation: A wet spot at the Carboniferous-Permian boundary in westernmost Gondwana. Palaeogeography, Palaeoclimatology, Palaeoecology, 654, 112465.
Lamsdell, J. C., Braddy, S. J., & Tetlie, O. E. (2010). The systematics and phylogeny of the Stylonurina (Arthropoda: Chelicerata: Eurypterida). Journal of Systematic Palaeontology, 8(1), 49-61.
Lamsdell, J. C. (2025). Codex Eurypterida: A Revised Taxonomy Based on Concordant Parsimony and Bayesian Phylogenetic Analyses. Bulletin of the American Museum of Natural History, 2025(473), 1-196.
Whyte, M. A. (2005). A gigantic fossil arthropod trackway. Nature, 438(7068), 576-576.




