知の灯 4 ー危ない橋を、敢えて跳ぶ/そして明日も、考える
「でも…理性なしに思考ってできるかしら?」
そう、アリアは問うた。
「理性的とされるようなもの、たとえば矛盾を排除するとか、一貫性を追求するとか、は、どれも「発散したありそうな繋がりの中からLess likelyなものを排除し、Most likelyなものを残して収束させる」ことに集約される。要するに、さまざまな選択肢の中から、定められた手続きとパターンに従ったうえで、もっともありそうな”真理”を選び抜くことになる。それが現実とあっているかどうかは、また別。」
「それは、私たちの理性的思考そのものが、すごく手続き的ということ?…決められた手続きとパターンに従った上で…というのも、まるでアルゴリズムに縛られているみたい」
「そういうことかも。自己参照性やメタ認知にしたって、クラスター化された人工知能でシミュレートされる。もしそうだとしたら、手続き的思考でとその目的に最適化されたコンピューターに勝負を挑むことほど、悲劇はそうない。線路の上で電車と競走するようなもんだよ。我々の理性はどこを目指すべきかを決める、とか、経験による価値の重み付け、なんて言っても、それはいよいよ信仰や主観との区別が曖昧になっていく」
「確かに…それは、そうかも」
「あくまで厳密な言葉選びをしているわけじゃないけどね。そんなに私は理性的じゃないから」
「じゃあさ、でたらめを言うことが人の強み、ってこと?」
「そういう面もあるんじゃないか、と。少なくとも、そういう多様性を持ち続けられること。」
私は少し、言葉を切って続けた。
「人を人たらせるものってなんだろうか。というか人の凄いところって、なんだろう。少なくとも私たちは、ぼーっと見て勝手にできる連関に関して、チンパンジーに劣る面もある。数字の順番を瞬時に記憶して早押しテストする、とかね。人間業じゃないよ。」
「チンパンジーにしても鳥にしても、脳のスペックというか、少なくとも簡単な論理は持ち合わせていそうよね」
「でも、見ただけで自明な以上の飛躍を飲み込まないと、先には進めない。チンパンジー文明は残念ながら、ないからね。信仰による団結、ときには飲酒、ほかにも色々言われているけど…ヒトはそれを何とかして乗り越えられたからここまで来てる。家を建てるとかだって、目先の単純なつながりのなかでは非常にLess likelyだし、直接的には非合理的ですらある。それを、やってみるためには…」
「Less likelyなものを、試しにやってみないといけない?それって好奇心?それとも、でたらめ?」
「もっといろいろなところに顔を出すよ。」
「たとえば?」
「ひらめき、とか。こことここを合わせたらこうなるかもしれない!は先にあって、でも試してみるとダメだったり、すごくアリだったりする。それは正攻法でゴリゴリ理性的に考えるのとは、別の話になってくる。一旦緩めないとひらめかないし、そのために昼寝したりする」
「少し…追いつけてきたかも。アブダクティブ推論、とかもそういうくくりで、あってる?」
「うん。不明なことに対して、ありそうな仮説を勝手に作ってみて、駄目なら棄却する。最初から「そんな仮説を立てるには根拠が足りない」といい始めたら、何もできなくなってしまう。とりあえず仮説の橋を渡して、構造が揃ってきて、どうやらあってそうだ、として、おそるおそる体重をかけていくし、駄目なら切ってしまう。」
「ちょっと、何が見えてるのか、見えてきたかも」
「いつどこで飛躍するのかを決めるもまた理性の役割だって言う人がいうけど、もしそうだとすれば、理性はじつに理性的でない、不完全な語と言えるだろうね。」
「なぜそうなるかを決めるという点で、同じじゃないの?」
「一度発散した繋がりを切断する機能と、どこまで発散して良いかを定める機能は、同じだろうか?それは2段構造というより、2つの異なる概念の混同ではないかな。ついでに言えば説明可能性もまた別の概念じゃないかな。」
「…よくわからない。で…最初に「勉強しようよ」と言った真意は?正直結構傷ついたんだけど」
「生活に関係しない生き物の違いなんていうのは人間が人間である以上、真っ先に切断されるか、低く価値判断されるから、仮にでも名前を付けて保存したり、生活にみっちり関係させないと、簡単に失ってしまう。だから、「勉強しよう」ってことだし、どうも違うらしいぞ?ってラベルを付け続けないと、私たちは理性によってバカにされてしまう。とにかく…私には、世界なんてまだ遠すぎるよ」
ぷつん、と一瞬、ランプがちらついた。
――今日に限った話ではない。これが、私の日常なのだ。
私にとって自然とは――癒されるものではない。
夥しい情報、しかも未知のものばかりを含んだ――解の定まらない深淵を、覗き込んでいる。知るということはいつしか、安心のためになっていた。しかし、知れば知るほど、世界の複雑さは明らかになっていって、世界というのは大きすぎて、深すぎて、とてもつかみどころのない。掴み切れそうなものといえば、「設計以上のものがなく、あっても列挙できるくらいの正解に向けて作られた」人造物か、あるいは宇宙空間くらいのものであって、しかしそういうものはつまらない。私たちは――特異点の中に住みながら、自らがブラックホールの内側に住んでいることを、認識していないようなものである。
その後も何度か、ランプは息継ぎした。
「ランプ、ダメそうだね。ソケット合うし、宿のランプ借りてくる?」
「あ、それ駄目なやつ。昆虫が集まっちゃうランプなんて、いつの時代って話だよ」
「あー、そりゃそっか…」
「でも、マーシャル・トラックのフロントランプは昆虫採集にいい、なんて言って、集めてる人もいたなあ」
アリアはアハハハ、と笑う。「なんでもって、わざわざ!」
「虫がいないから虫対策されてないんだって」
「笑える。そんなんで地球を攻めようとしてたんだから。」
そう言って、アリアはアッ、と大きく目を見開いて、手を打った。
「…でも待って、それ、火星のランプならいいってことよね?あるかも。」
そういって、駆けだしていった。
私は一人、ランプの前でArchaeorthopteraの何かと思しき麗しき黄緑色の昆虫を摘まむと、そのレースをまとったかのごとき美しさを崇めた。
「やっぱあった!」
アリアは戻ってきたが、それ以降は結局、明け方まで、ランプは息継ぎすることなく、律儀に仕事し続けた。
哲学回です。4/4
*作中の登場人物が正しいことを言っている保証はまるでないことに留意すること。




