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石炭紀紀行(鱗木SF・改)  作者: 夢幻考路 Powered by IV-7
凍てつく地でも、採集を。
134/231

知の灯 3 ー感じて、それを制御するー

私は、また一匹の虫を袋に入れながら、言った。

アルファベットは識別符号として使いつくしたので、仮名文字に〇をつけて使っていた。

「そりゃ、そうだよ。目の前にある、ものの集まりに対して、名前がついていく。名前が先にあってそれが物をくくるのは、あまり自然な考え方じゃない。」


「でもそれじゃ、直観じゃない?理性的な判断とは、程遠いじゃない。」

「…そうか、まだ19世紀的な、理性と直感の対立なんてまやかしを信じているんだね。だから、世界をとる、なんて発想が軽々しく出てくるわけだ」

――しまった、また失言だ。

「理性がまやかし?そう言いながら、あまりにも理性的な――感情を捨てちゃったような物言いをするじゃない。そう言って自分を防御してるだけなんじゃないの?」


「天幕を見て」

「えぇ」

「ここにいる虫たちは、名前がないけど、違いはある。それを語りうる言葉はない。」

「だから、虫としか言いようがないじゃない、名前と知識があれば、それが何とわかるけど。」

「もし私たちがそのように世界を認知しているならば、私たちは言語を持つこともできなかったはずだよ。勿論、名前も、知識も、認識もできなかったはずだ」

「違いがあるって認識した時点で、それは言葉の世界じゃないの?」

「この天幕はね、言語を知る前の赤子が見る世界にすごく近い。何かのつながりは“ありそうだ“が、それらの何が正しいのかは、どれも定かではない。」

「定かではない、って」

「そう。定かなものがあるとすること自体が虚構の産物だよ。私たちは、真理を仮定しすぎる。一神教の残滓だね。一神教なんてのは、ひどく後天的な、侵略性が強い宗教でしかなかったことは、世界の一神教の起源がどうもほんの1つかそこらしかなさそうであるという考古学的事実とも合致するよ」

「私たちがしているのも、同じことじゃない。真理を探究する、んじゃないの?」

「しないよ。真理という概念自体が一神教の残党だと認識しなければならない。それが軍事的ないし政治的な広がりによって拡散した1つの思想体系でしかないことは、それに立脚した精神理解がいかに偏った視点であるかを如実に表してる」

「でも、もし真理がないとしたら、科学なんてものも存在しえないし、私たちがここにいるということだって…疑わざるを得なくなる、んじゃないの」

「そう、疑ってかかるべきなのかもしれない。真理はないけれど、連関の強弱はある。たとえば類縁関係のない2種の虫が似ているとき、それは系統的な真理を真理とするから他人の空似であって、それを捕食する生き物からすれば、似ていること自体が真理であって、実は違うというのは副次的な違いにしかならない、ということになる。」

「見方によって。さまざまな真理がある…ってこと?」

「だいたい、そういうこと。でも真理が先にあるわけじゃなくて、それらのつながりもまた、大抵は人工的なものだよ。そういう人工的なつながりの最初の部分を、今私たちは、見たことのない、類縁もよくわからない虫たちの前でやってる」

「真理も人工的…」

「本当に現物的な真理があるとしたら、物質的にそこにある、ことだろうけれど、それもまた真理とは程遠くて、ミクロな方向に論を進めていくとやはり、解決困難な問題にぶち当たっていく。」

「そんな世界で、どう科学するの」

「ただ、定かではないものを、グルーピングしていく。そのグルーピングは、かっこいいとか、かわいいとか、ツンツンしてるとか、ぐにゃっとしているとか、そういう感情に直結したオノマトペと感情そのものによって、情報の結節点を、ゆるく囲っていく作業だよ。そこに真の、とかそういう重みづけをすると、まやかしの真理にとらわれて現実が見えなくなる」

「そっか…ねぇケイ、理性もまた幻想だってさっき言ってたけど、それってどういうこと?今の話だと、学問を一種の感情そのものの動態として扱っているみたいで、理性の出る幕がない…でも理性がなかったら、それは学問たりえないんじゃないの?」

「あぁ、それね。理性とは真理への到達手段とか、感情や迷信を排して普遍的で客観的なものを作るとか、法則を発見する能力とか、経験を越える能力だとかいろいろ言われているけど…結局のところ、真理たる法則なり正しい道への道を作る手段、という点に関しては一致がある。」

「筋道を立てて考えるというのも、真理や正義を見極める、というのも、どれもたしかに、”正しい道がある”のを暗黙の了解にしてるわね」

「そう、だから真理を排したとき、理性もないんじゃないか、と。

ただその残滓をそう呼びたいのなら、私たちは感情によって事物の繋がりをつくり、理性によって余計なつながりを切断している、と捉え直してみよう。」

「…なんか、シナプスの形成みたいね」

「そう。まだ10歳かそこらの時、私たちの脳自体が、かなり“理性的な”構築をしていないと、私たちは滑稽な奇行を繰り返す生き物になっているはずだろう、と思いたった。」

「それってでも、理性というにはあまりにもおぼつかないんじゃない?」

「ここで――私たちは、理性的なんだろうか。と思いたった。」

「?」

「少なくとも人間ほど奇行を繰り返す生き物はいないし、そういう点で見たら、たとえば節足動物の単純で軽量で、しかし確実に次世代をつないでくれる脳のほうが、少なくとも合理的だろうよ。まぁ、ランプなんてものは彼らには存在しないはずだしね」

虫たちは細っこくなった三日月の下、ランプの周りを、ひたすら公転して、いずれ衝突する。そして、引力にとらわれたようだった。

「じゃあ、私たちの強みって…なに」

「そこで、私たちは理性を解除したり、理性によって解除されるべき連関を言葉でブリッジすることによって賢さを得るんじゃないだろうか。」



哲学回です。3/4

*作中の登場人物が正しいことを言っている保証はまるでないことに留意すること。

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