知の灯 2 ー世界が、私を灼いていくー
私は、羽虫が集まる、天幕に目を向けた。
目の前に、無数の文字や、発語が渦巻いている。
そのほとんどは、ぎょろっとしているとか、ころっとしているとか、さまざまな擬音語、擬態語、ときに発語不可能なオノマトペ。その外周を、飛び交っている。有象無象の学名や日常目にしたりしなかったりする事物の数々、それらに-likeをつけて、存在しない、通じるかどうかも知れぬ、しかし私にとっては直観的な形容詞が、次々に創出されていく。それらがすんなりと目の前で一塊をなすときの嬉しさと言ったら、格別である。これとこれは同じであり、おそらくこういう関係にあるのだろう!と。
しかし、どうでもいいような共通点を抽出しているものがじつに多くて、それがまたエラーとして腹立たしくなって、舌打ちしながら消したくなる。一度見出した連関も繰り返し疑い、再構成し、振動し続ける枠組みを組み立てていく。
ちょっと気をそらせば、それら、まともな人間には不可解な、意味をなさない発語が口をついてぼそぼそと出てしまいそうである。
目の前にいる、見たことのない、見たことがあるわけもない昆虫たちが私の頭のキャパシティーを蝕んでいき、収拾のつかない画像認識と推論の山が、目の前を真っ赤に塗りつぶしていく。
石に刻まれた印象が、セピア色の古紙に刻まれたアウトラインが泳ぎだし、それらにあてはめられては、ひしゃげていく、それをいちいち、今まで見てきた様々な、3億年後の現生昆虫の情報が干渉して、バグをはく。
私は魅入られつつも、目がチカチカして、どうしても瞬きが多くなった。
頭の後ろの方が、重くて、目の奥が何か筋肉痛になったようであった。天幕にたかる昆虫の、どれとどれがおそらく同種であり、どれがまだ全く見たことがないのか――グルーピングは終わることなく、常に揺れ動き、ブレ続ける。
――この、3億年前の世界には、まだ図鑑もなく、化石に残らなかったほとんどの生き物には、勿論名前もない。
その中で、私は赤子に戻ったかのように対象をグルーピングし、言葉を学ぶかのように、それらを感情により重みづけて認識していく。
そこにある差異に絶対的な決まりなどいまだなく、ただぶれ続ける枠組みがあるのみ。そのぶれる枠組みは共振しながら最もPlausibleな方向へと泳いでいく。
それは感情の奔流であり、発作にも似た錯乱状態である。
見続けていたら、壊れてしまうような。
「これ、どう見える?」
私は、聞き返した。
アリアは唇に人差し指を当てながら、しげしげと、天幕を見上げた。
「綺麗、色々いる、標本とらなきゃ、とか…?あとは、わかるものに関してはこれなんじゃないかな、とか…」
「――勉強しようよ。」
つい、口をついて出てしまった軽口に、私は後ろめたさを瞬時に感じた。
「ひどい!」
そう言って、アリアはそっぽを向いてしまった。
そして、「でも――そういうとこ、だよ。多分だけど、なにか私たちには気づけない、何かを見て、何かを感じてるんじゃないの」
そう、そっぽを向いたまま言う。
「そんな、妖怪みたいなものじゃないよ。ただ誰でも、勉強すれば見える…闇、混沌、見ていてこっちがおかしくなってくるような、狂乱…」
私はそう言ってから、いやそれこそが妖怪のようなものではないか、とも誤解されうるな、と思った。が、事実そうなのかもしれなかった。
目の前にあるものは常に揺れ動き、びりびりと振動している。
「誰でも見えたら、そんなに苦労しないって。ね、何が見えてるの?」
そう、アリアはいう。
「…」
「じゃあさ、ケイは初めて見るはずの生き物を、どうやって見分けてるの?
ずっと前から疑問だった。初めて見るはずなのに、これが何なのかすぐ見抜いてしまうし、これとこれは違うものだろう、とあたりをつけてから形質を探り出すでしょ。どういうこと?化石や資料しかないところから、どうやって“見てる”の?」
「どうやって…って、そこにいるから。あとは、その時代と場所の産出頻度とグループごとの形質を予習しているから、それにあてはめて答え合わせするって感じ…かな。ここにいるみたいな、目の前にいるのが殆どみんな未記載種みたいな状況だったら…手も足も出ないよ」
事実、天幕は私にとって、真っ赤だった。
識別できるが未知なものは、私にとっては怖い。
それらはエラーであり、潜在的脅威になりうるものだ。
現代の地球では、まず遭遇しないような…息が速くなって、心臓の裏側あたりに何かアルカリ性のものが立ち込めたような、そんな感じがするのである。
私は、これらについて語りえない。
恐らく語ったところで、「ヘビトンボとアオマツムシを合体させて腹をササキリに挿げ替えて、胸は遮光器土偶様で、背格好はナイフを持って迫ってくるよう」みたいなものになってしまうだろう。
「でも、手も足も出ない、といいつつ、見分けてるよね。」
そう、私の毒ビンを見て、アリアは言う。
私は推定される種類ごとに分別して入れて、暫定的なグループ名は入れるたびに、アルファベットで区別してボトルに殴り書きしていた。
そうすることにより――目の前のノイズを、一つ一つ減らすためである。
哲学回です。2/4
*作中の登場人物が正しいことを言っている保証はまるでないことに留意すること。




