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石炭紀紀行(鱗木SF・改)  作者: 夢幻考路 Powered by IV-7
凍てつく地でも、採集を。
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鱗木を、食べる

「すごいんだよ!なんでも知ってるの!」

「ほら、これの名前も教えてくれた!」

「地球のこととか、宇宙の話とか、ぜ~んぶ!」

子どもたちの賞賛が、次から次へと降り注ぐ。

そのたびに、ケイの顔色がますます赤くなる。

小さく肩をすくめ、笑顔のまま、目線は逃げ場を探すようにさまよっていた。

穴があったら入りたい、とでも、言わんばかりに。

アリアは身をかがめ、子供たちと目線を合わせた。

「ね、私にも教えて?これ、どうやって食べるの?」

「切って、皮剥いて、それからパクっと!」

「今食べても、いい?」

「うん!」

「そ、そんな高級品、ほんとに貰っていいの⁉」

リリィは目をぱちくりさせていた。

ケイは気まずそうに言う。

「……なんか、高級品らしいから、気が引けたけど……」

「そりゃあ、もう、すっごい高級品ね!」

リリィが思わず声を上げた。

「一本で、宿代一週間分くらいにはなるかも」

アリアが目を丸くする。

「えっ、なんでそんなに?」

「生えてるの、沼の奥地なのよ。地元の人でもそう簡単には入れない場所。

しかも、育つのに何年もかかるの。こうして生で食べられる若い株は、特に高級品よ」

リリィはさらりと説明してから、ふと子供たちに視線を向けた。

「ねえ……あなたたち、これを食べたことがあるの?」

子供たちは一斉に声を上げる。

「うん!」

「じっちゃんが作った!」

「畑仕事のときに、みんなでちょっとずつ食べた!」

「そのじっちゃんって?」

「ロドリゲスさんだよ、知らないの?」

リリィは内心、目を丸くしていた。

――ロドリゲス爺さん…たしかに、少し変わった発明家よね。

昨日の夕食会にはいなかったけど…いつの間に農業を始めたのかしら?

でもたしかに、ケイとは、気が合うかも。


いっぽう、テーブルでは早くも、切り分けが始まっていた。

真っ二つに割る。

下の方が皮が分厚く、硬い。包丁の刃が全く入らない。

「根本は煮て食べられるけど、酸っぱいよ!先っぽの方が甘くておいしい!」と一人の子供が言うと、他の子供たちも「このあたり!」と指をさして続けた。

ケイが口を開く。

「葉っぱの形が変わるところの10㎝下で切って、その上が美味しいってロドリゲスさんが言ってたよ」

「胞子嚢っていうんだっけ?」一人の子供が疑問を口にした。

「葉っぱが短くなってるよね?付け根をめくると、そこに丸いものがある。これが胞子嚢だよ。中に詰まってるのが、胞子。」ケイは説明を続けた。

「胞子って?」と他の子供が質問する。

ケイは少し考えてから答える。

「そうだね、タネみたいなものだね。でも、雄と雌がある。大きい胞子が雌で、小さい胞子が雄。タネと違って、雄と雌を一緒に蒔かないと、芽が出ないんだ」

「じっちゃん、がっくりしてたよね、だから今まで種苗が作れなかったんだ・・・って」

「小さい雄の胞子は未熟な雌の胞子と紛らわしいからね、無理もないよ」ケイは頷きながら続けた。

「なんで葉っぱの形が違うの?」と別の子供が聞く。

ケイは即座に答えた。「下の方の長い葉っぱは、光を受けて光合成をするためのものだよ。短いより、細長い方がたくさん光を受けられるよね?」

「幅広にしたら?」と子供が疑問を呈した。

「それがこの仲間は葉っぱの軸が1本しか作れないんだよ。それなのに葉っぱを広げたら、どうなる?」ケイが反応する。

「折れる!」と子供たちが口々に答える。

「その通り!」ケイは笑いながら言った。

「上の短い葉は胞子嚢をガードするために短く、幅広なんだよね」ケイは説明を続ける。

「鱗みたい」と子供の一人が感心して言った。

「胞子嚢を抱きかかえるように葉っぱが立ち上がり、90度上に向かって屈曲して、胞子嚢を守るようにガードしてるんだ」ケイはさらに詳しく話す。

「へえー、虫に食べられちゃわないように、かな?」

「寒さから守るんじゃない?」

「そうかもしれないね。あとはこの構造、もともとは熟した葉っぱごと外れて、胞子嚢ごと水を漂うんじゃないかな。」レピドデンドロンの場合は、胞子嚢を覆う葉が笹船のように外れる性質がある。これももしかしたら、そうかもしれない。

「あっ!雨が多く振ってビチャビチャになると発芽が始まるって、じっちゃんも言ってた!」

子供たちの声がはずんだ。


柵状に切られたリンボク類が皿の上に並ぶさまは、なんともシュールだった。

まさか鱗木を食うことになるなんて、と皿の上を見ながら、ケイはあらためて思う。

緑のうろこ状の葉枕で覆われた分厚い周皮は、まるでパイナップルのようだ。

「皮は食べるとおなか壊すから、ナイフで剥いて。」

「真ん中の芯をくわえて、パクって!筋は芯に漬けて残して」

子供たちの言う通り、食べてみる。

中心には、”芯”がある。この「芯」の部分だけが、鱗木の木質だ。

維管束はここに集中しており、髄を中心にして主に仮道管からなる木部が柱状の芯を為している。芯の断面を見ると、仮道管の直径に驚く。肉眼でも穴が開いているのが容易に見て取れるほどだ。道管、の間違いじゃないか・・・?と思ってしまう。

あれ、イワヒバには道管があるよね。

芯と周皮の間、つまり一次皮層が、幹の中でもっとも広い部分を占めていた。

ここが柔らかく、そして――可食部である。

この層は、よく含気している。

芯から葉へと放射状に伸びる維管束を除けば、食感や見た目はまるで果物のようだった。

そして――口に含む。

……濃厚な甘さと酸味。

初めてのはずなのに、どこかに既視感がある。

――これは、あれに似ている。

グラパラリーフGraptopetalum paraguayenseという、マイナーな野菜がある。

その味はまるで甘みを削除したリンゴ。

少し砂糖や蜜をかけると、よく合って、ちょっとしたデザートになる。

この鱗木はそう、蜜を掛けたときのグラパラリーフにそっくりなのだ。


甘さの理由は、すぐに察しがついた。

それは――凍結に耐えるためだ。

凝固点を下げ、不凍液として機能させる。

あの巨大な仮道管では、凍結すればあっという間に塞栓が発生して枯れてしまうだろう。

氷河期の氷床沿いでは、夏と言えどもいつ何時凍るかわからない。

そして、口に広がる酸味――それこそが、より重要だった。


おそらく、ここにはリンゴ酸などの有機酸として二酸化炭素が蓄えられている。

CO₂が不足し、酸素が過剰な石炭紀の大気では、通常の光合成では光呼吸が優位になってしまい、成長効率が著しく低下する。

この植物は、そうした環境を克服するために――

CAM型光合成という方法を取っている。

――21世紀に提唱された仮説は、当たっていそうだ。

現代では、砂漠や水中の植物に見られる光合成の形態である。

乾燥地では気孔を開くと水が失われ、水中では二酸化炭素の拡散速度が遅すぎて効率的な光合成ができない。


だからこそ、彼らは夜間に気孔を開いて二酸化炭素を吸収し、リンゴ酸に変えて蓄える。

これが、CAM(Crassulacean Acid Metabolism)――ベンケイソウ型有機酸代謝である。

昼間はその蓄えた酸を使って光合成を進め、成長する。

このプロセスの副産物が、独特の酸味だ。

そして、この蓄積された産物が酸味のもとになる。

グラパラリーフは、乾燥して熱くなる昼間に気孔を開くと脱水してしまうため、夜のうちに二酸化炭素を吸ってリンゴ酸にして蓄え、さわやかな酸味が生まれる。

リンボク類は酸素濃度が高すぎ、二酸化炭素が少なすぎる環境で光合成するためにこのシステムを使ったかもしれない、といわれている。

しかし同位体比では肯定的な証拠がなかなか得られず、実際に採集、栽培して調べられねば、と思っていたテーマであった。

ビチャビチャした沼地に根を張り、土壌で発生した二酸化炭素を一次皮層に蓄え、転流させながら光合成効率を保つのではなかろうか。そして、部位による味の違いは凍結耐性を持たせたい頂芽に糖が集中して酸味が相対的に抑えられるためか。

味わいながら歯でしごくと、維管束が、ずるりととれた。

自転車のスポークのように木部から突出し、一次皮層を貫いて葉につながっている。

そして剥かれた、分厚い皮。

二次皮層で構成されるこの層は、しなやかだが、曲げても全然折れない。

板バネのような剛強さをもっていた。

リンボク以外の植物には見られない、特殊な高分子ポリマーで構成されているらしい――そんな説もある。

「皮は絶対食べるなって」

21世紀まで石炭として残るくらいだ。

もちろん人間ごときに消化はできないのだろう。


のこった皮が、テーブルの上に置かれている。

やはりパイナップルを思わせる、それ。

「ケイ、この植物、結局…何?」

「それが…Bumbudendronに似てるけど、大きすぎるんだよ。」

アリアが眉をひそめる。

「じゃあ、Brasilodendron?」

「それも違う。Brasilodendronは……こっち。」

そう言って、袋からもう一本を取り出した。

袋の底には、さらに3本ほどのサンプルがある。

「そんなに貰ってきたの?」

「もしかすると未記載種か、もしくは成長がいい条件なのか…。って話したら、爺さん、標本にどうぞって」


一方その頃、テーブルでは切り分けがどんどん進んでいた。

子供たちの手際は見事なものだ。

皮をすたすたと切り落として、あっという間に柵にしてしまう。

「まさか、生でこんなに食べられるなんて……」

リリィは感嘆しながら、大切そうに一切れずつ口に運ぶ。

アリアは撮影しながらも、慣れない構造に苦戦していた。

「うまっ!」

「もっと食べていいの!?」

と、まるでおやつのフルーツのような勢いでぱくぱくと平らげていく。

これはいけない、とアリアは内心で思う。

目を離したら、なくなる。

あわてて、食べたい分だけを先に手元に確保しておく。


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