表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
石炭紀紀行(鱗木SF・改)  作者: 夢幻考路 Powered by IV-7
凍てつく地でも、採集を。
130/231

最果てアフタヌーンティー

「収録、おっつかれさまーっ!ほんっとうにありがとう!

──はいこれ!本物の紅茶ね!前のリクエスト!」

アリアが声を張り上げると、ぼろ宿の埃が、声圧ではらりと落ちた。

「まずは道具からね!割れ物だから、けっこう梱包が大変だったのよ〜」

梱包をほどくと、ティーセットが姿を現す。

埃がかった宿には似つかわしくない、色艶だった。

ティーカップが四客、それにティーポットがひとつ。

「ねぇねぇ、このポット包んでるやつ、セーターみたい!これ何??」

「ティーコージーっていうの。お茶が冷めないように包むカバーね。ま、見た目も役目も、セーターみたいなもん?」

魔法瓶のふたを開けると、白い湯気がふっと立ちのぼる。

それをティーポットに注ぐと、まるで命が宿ったかのよう。

華やかな香りが、あたりにふわりと、広がった。

「いい香り……!これ、なんて言えばいいのかな。甘くて、ちょっと焦げたような……香水みたい。でも、もっと優しくてあったかい」

「地球ではそれ、“花の香りみたい”って言うの。でも、特別な香りって思ってくれればいいかなって!」

「もしかして……香水の香りも、紅茶から来てるの??」

リリィは興味津々である。

「いやいや、香水が花の香りを模してるってわけ!あなたの名前も、花の名前よ。大きな白い花がふわっと咲いて、甘い香りが広がって、でも静かで──それでいて、しなやかで倒れない。そんな、強くて美しい、花」

「花って、こんなに綺麗な香りなのね……。絵でしか知らなかった。花も、私の名前も」

声がすこし、震えていた。

この星の人々は――花を、知らない。

もちろん、フルーツという概念もないのである。

「さ、注ぐわよ」

アリアは、ゆっくりとポットを傾けた。

琥珀色のぬくもりが、そっと3つのティーカップを満たしていく。

「ミルクとお砂糖は、お好みで!」

「ミルクって……ほんとに、牛の……あれ?え、それって……」

リリィはぷつんと口をつぐんで、胸を覗き込む。顔が真っ赤だった。

「“あれ”って……言い方!ミルクはミルク、牛の乳に決まってるでしょ?」

――酪農も勿論、ないのである。

「おやっさんも、どうぞ」

埃っぽいフロントに腰掛けていた宿の主人は、

「おぉ、俺の分もあるのか」

宿の主人は両手でそっとカップを受け取り、香りに目を細める。

そして、

「懐かしいねぇ…」

と一言漏らした。

「おやっさんね、地球にいたころは“紅茶党”だったんだって。」

リリィがそっと耳打ちした。


カップは一つ、空のままだ。

「ケイは来ないって。少しでも時間あれば、採集したいらしいの。」

「じゃあ、先に……いただきます」

リリィは紅茶を一口含む。

口元がふっと緩んだ。

「なにこれ……すごい……」

「香りが、口のなかでふわーって広がって……飲んでるのに、吸い込んでるみたい」

「ふふっ、でしょ?」

「これすごい!渋くないし、鉄っぽくもない、酸っぱくもない!」

――それ、単に泥炭コーヒーの問題では……と喉まで出かかったが、アリアはぐっと飲み込んだ。だって、ここではせめてもの嗜好品なのだ。

「そうそう、お茶菓子も持ってきたの!ビスケットとマカロンくらいだけど……いる?」

「お茶…菓子?」

リリィは、そっとビスケットを手に取る。

指先で押すと、かすかにサクッと割れた。

一片を口に運んだ瞬間、リリィの目がぱっと見開かれる。

「っ!!」

声にならない声が、紅茶の香りの中に弾ける。

「なにこれ……すごい……!」

「香ばしさが、口いっぱいに広がって……しかも、この歯ざわり!パリパリって……どうやったら、こんな風になるの?」

「たぶん、ココナッツ?それか……ショートニングってやつかも」

リリィはもう一口かじる。

小さくサクッと音がして、ふたたび目を見開いて、口を押えた。

「へぇ……そんなのがあるんだ!なんか、音までおいしいって感じ!ねえ、こっちでも作れないかな?こんな食べ物があるなんて知ったら、みんなびっくりするわ!」

アリアは興味津々に、尋ねた。

「どういう味だと思ってたの?」

リリィは少し考えて、ちょっと照れくさそうに言った。

「……団子の、小さくておしゃれなやつ、みたいな……?」

アリアも思わず、苦笑する。

「こっちの「団子」って、味ないもんね……味のないタピオカ、みたいな」


リリィがふっと微笑む。

「今日の撮影、ほんと楽しかった。」

「こういう時間って、なんかさ──ほんと、「旅行してる」って感じ、しない?」

「それって…いい意味で…だよね?」

リリィは、ほんの一瞬だけ間を置いて、首をかしげた。

「そりゃそうに決まってるじゃない、だって旅行だもん!」

アリアの一言に、リリィはふっと息を漏らす。

「よかった…!私、アフタヌーンティーって、憧れだったの。映画や本の中に出てくる、遠い星の、遠いお話…って、感じ?いつかできたらな…って」

「じゃあ、リリィにとっても、「旅行」?」

「えぇ、とっておきの。」

「全員、そろえばよかったんだけどね」

アリアは窓の外を見やった。

カップは一つ、空のままである。

紅茶の香りが、静かにたゆたう。

しばし、言葉はなかった。

リリィは目を伏せたまま、指先でカップの取っ手をなぞっていた。

その瞳がふと、アリアにまっすぐ向けられる。

いつもの無邪気さより、少しだけ迷いを含んだまなざし。

「ねぇアリア、聞いていい?」

その声は、ふだんの明るさよりも、ほんの少しだけトーンを落としていた。

「ええ、なんでも!」

リリィは、おそるおそる口を開いた。

「…なんか、アリアっていま、ちょっと無理してるように思うの。…気の、せい?」

アリアはカップを口元に運ぶ。

少しだけ、笑った。

「まあね、年々立場も責任も重くなってるし。ラボのこと、論文、配信……学生の頃みたいには、いかないのよ、まったく。」

「そっかぁ。大人になった、ってことね。配信ももう、ビジネスよね?こんな田舎でも、アリアのこと、みんな知ってるもん…」

「もうビジネスよ、ビジネス。動画一本取るだけで、旅に何回か出られるくらいの金が動くようになっちゃった。

もう下手なこともできないって、プレッシャー。

あとはラボのPR。

ボスも最近、研究室に来たくなるような動画を撮れー!って、圧力かけてくるし。

まったく。」

「うわぁ…それはお疲れ様ね…。道中のアリア、ちょっとテンションが乱れてたし……普段なら言わないようなことも、言ってたなあって。」

「ほんっとそれ!みんな、期待しすぎ!」

「“なんでもできます”と“なんでもやります”は違うって、何度言えば……」

「無理すれば、そりゃあっちこっちに綻びが出るし、スケジュールはパンパン。休めるの、調査と調査のあいだの移動中くらいよ? やってらんない!」

「……お疲れ様。でも、今のアリアは、ちゃんと“昔のアリア”に見えるわ」

「そ!リフレッシュできたし、リリィと話してると昔を思い出せるみたいで」

リリィはカップを両手で抱えたまま、目をそらして、ひと呼吸置いた。

「……アリア、ケイさんのこと……どう思ってるの?」

アリアは、すぐには答えず、紅茶をそっとひと口。

口元に、かすかに笑み。

「……どうって、どういうこと?」

「……だってアリア、ずっと様子が不安定だったのに。この宿に来たとたん、急に……“昔のアリア”に戻った気がしたの。ちょうど――ケイさんと離れた、その時から」

アリアはカップの縁にそっと指を添えた。返事は、遅かった。

「そりゃあ、まあ……意識は、しないとは言えないよね」

リリィの目がきらりと輝いた。

「優秀な後輩ってこと? それとも……そういう、意味?」

「──ねぇ、ケイって、何歳なの?」

「えっ?」

アリアは吹き出しそうになるのをこらえて、カップを置いた。

「大学で知り合ったのよ。同級生」

「えっ、大学!? 飛び級どころの話じゃないでしょ!?」

「「身分証を提示してるのに、アルコールを買ったら通報されちゃったよ」って、何度も泣きつかれた。」

「アルコール…?もしかしてだけど…まさか、年上?」

「うん、リリィよりたぶん2つか3つ上。びっくりでしょ?」

「うっそ……でも、あの博識っぷりなら納得。大学の先生とか、そういう人でしょ?」

「シーッ。それ、地雷なの。年齢よりこっちのほうがずっと根深いから」

「えっ、じゃあ……学者さんですらないの?」

「私は学者なんて高尚なもんじゃない、そのなり損ないだ、って…ね。キレるのよ。学問じゃ食ってけないって割り切ったくせに、その選択を、ずっと……恨んでるみたい」

「実際どうなの?学者って。そんなに報われないの?」

「――からっきし。ケイの言うことも、すごくまっとうなのよ。」

アリアは一度、紅茶を見つめてから、ぽつりと続けた。

「でも……うちのラボは、どうしても欲しいみたい」

リリィはその表情をしげしげと覗き込んだ。

「ねぇアリア、本当に…それだけ?今朝、ケイが髪切っただけで、見るなりピタッと動きが止まったり…」

アリアはむくれて紅茶をすする。

「だってさ、いきなりばっさり。びっくりしただけよ」

「ふーん? それだけ?」

「……それだけよ」

「なら、いまその“それだけ”のことを思い出して、なんで顔が赤いのかな?」

リリィはカップを両手で持って、いたずらっぽく笑う。

「~~っ、リリィ!」


アリアは考え込んでいた。

──ケイのことだ。

私はきっと、ケイを"珍しい生き物"のように見てしまっている。

人と話したりつながることより、世界を知ることに興味があるところとか、全部ひっくるめて、愛おしいとすら思っている。

ラボが欲しがっているのも、そういうところだ。

“ああいう人はいまどき滅多にいないから、絶対に手元に置いておきなさい”

ケイが大学を去るとき、ボスはそう言った。

――意識するようになってしまったのは、それからだ。

アリアはぶんぶん、と頭を振った。

いいや、確保とかラボとか。

そんなの、どうだっていいじゃない。

全部を取っ払った――ただ、旅がしたかったんだ。

「ほんと、大丈夫?」

「えぇ、大丈夫よ」

そう言って、アリアは残りの紅茶を、ぐいと飲みほした。


その時だ。

がらがらと扉が開き、喧噪が宿の中に押し寄せる。

子供たちの群れ。

笑い声と、土の匂い。

そして、その真ん中に立っていたのは――ケイだった。

「これ…もらっちゃった。食べられる…んだって」

それは、大根より一回り太いくらいの――鱗木の幹だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ