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石炭紀紀行(鱗木SF・改)  作者: 夢幻考路 Powered by IV-7
前日譚 超時空ゲートのある世界ー石炭紀、来るよね?ー
13/229

<Prequel 第三部 刻と宙の交わる場所> 下 超時空ゲートのある世界

長らく連載しました「超時空ゲートのある世界」はここで完結。

タイトル詐欺じゃないか!という声があまりにも上がりそうですが、次回からは今度こそ石炭紀やります。

超時空ゲートが開通し、人類が時空を超えて進出するようになってから、すでに半世紀がたっている。

人類が宇宙に進出して、すでに久しい。

人類の版図は地球―月圏を版図とする地球勢力と、主に地球軌道より外側を支配する火星連邦に大きく二分されていた。

資源・エネルギー不足による数世紀に及ぶ中世的停滞を越え、途方もない年月をかけて地球勢力は、政権や政体の変遷を経ながらも地球―月ラグランジュ点に超時空ゲートを建設し、開通した。

超時空ゲートの開通が共通時空暦元年と定められてから、およそ半世紀。

それでも――地球の重力に縛られた人々にとって、それは遠い世界の話であった。

暦が変わって少し豊かになった、以上の感想を持つものは、まだいない。

そこでは、旧来の体制が、人々をいまだ大地に、縛り付けていた。


共通時空暦52年、某総合商社の会社員ケイ・ヤマナカは、空気を読まない言動、とくに度重なる会議中の問題指摘行為からすっかり、忌み嫌われていた。成人女性にもかかわらず男子小学生にしか見えないその外見もまた、周囲の憎悪を呼ぶきっかけとなっていた。そんなケイは、大学時代の友人、アリアから、石炭紀への旅に同行してくれと頼まれる。そして、ついに旅立ちの日がやってきた。空港で、アリアと再会する。そして、ゲート開発メモリアルホールなる、空港に隣接した謎の巨大施設へと向かう。


登場人物

ケイ・ヤマナカ・・・主人公。成人女性だが、男子小学生のような外見。大卒、現在は会社員。

アトラス・・・万能人工知能。

       社会ではあたかも神のように扱われており、社会のあらゆる面に浸透している。

       地球においては、ほぼ全員がアカウントを持ち、人々を「正しい」方向へと導く。

       ツールとしても普及し、一部の会社ではヒト型筐体を持つタイプが社員として在籍中。

       実は俗説を話していることも多く、ポンコツ疑惑がある。

アリア・エンバートン・・・

     ケイの大学時代の友人。恐竜研究者、動画配信者。

     中生代のフィールドワークを、そのまま荒々しく映した冒険動画は、

     恐竜を「博物館の古びた骨」から「会いに行けるサファリ」へと押し上げた。

     世間的にはスターだが、大学時代はケイにノートをせびっていた。火星出身で母国語は英語。

     実家はエンバートン財団。月面上の鉱山経営にかかわる有力者。

メモリアルホール。

その、空港内で最大の施設は、薄暗く――ひっそりとした、静けさに包まれている。

誰も――いない。

ただ、どこまでも、どこまでも…見上げんばかりの石塔が、見渡す限り、立ち並んでいる。

そこには、経典のように、びっしりと文字が書き連ねられていた。

よく見ると…人の名だ。

ケイは、ぞくりと背筋が寒くなるのを感じた。

石塔の列の間、入ってすぐのところにある石碑には、「鎮魂」「慰霊碑」。

――どういう、意味なのだろう。


「墓よ」

アリアはいう。

「ゲートを作り、見届けないまま死んでいった人たちの――お墓」

石塔の前に、展示パネルがおいてある。

文字ばかりの――活字中毒者以外には、やや読みにくい説明。

それとも――読まれないことを、目的にしているのだろうか。

だって一文目から悪文過ぎる。

「ヒュー・エヴァレットは博士論文の中で多世界解釈というものを提出した、これはよく「エヴァレット解釈」とも言われているものでこの論文が出たこと自体は1957年のことであって、その後の文献で「多世界解釈」というラベルがいつどう広まったかは実は曖昧で、本人はそこまで大げさに世界が分岐するなどと言ったわけではないという人もいるし、いやいや「分岐」という言葉を明確に使っていたかどうかは語義のとり方で意見が分かれるところなのだが、いずれにせよ観測のたびに宇宙が枝分かれするというイメージが広まったのは間違いなく、しかしその「枝」という比喩自体が正確なのかどうかは論者によって評価が分かれている、というか比喩だから正確ではないのは当然なのだが比喩が独り歩きするのはよくあることであって、その前提にあるのはコペンハーゲン解釈というもので、これまた「観測によって波動関数が収縮する」と言われるが、その「収縮」とは物理的な過程なのか数学的な記述の省略にすぎないのか、誰がどの時代にどんな意味で使ったのかで議論がずれていって、そもそもシュレーディンガー方程式は時間発展をユニタリに記述しているのだから「収縮」はそこから外れた異質な操作だ、と指摘されてきたが、それに「いや観測という操作は外からの割り込みだからユニタリでは扱えないのだ」と言い返す人もいて、そこでまた議論が堂々巡りしていたんだ。」

ここは古書堂でも図書館でもないし、ここまで崩壊した一文を見たことないぞ。

書いた奴は確実に、精神を病んでいる。

うーん、よくわからないが、ざっくりと要約するとこんな感じか?

物理学はまだ苦手だし、出典もないからこれ以上掘りにくいのだけど。

「1957年、ヒュー・エヴァレットは、多世界解釈というアイデアを発表しました。そのころ既に量子力学において、粒子は観測されるまで複数の状態の「重ね合わせ」にあると考えられてきましたが――それまで、観測が行われた瞬間に特定の状態に「収縮」するという、コペンハーゲン解釈が主流でした。

しかし、エヴァレットはそれに異議を唱えたのです。「量子系が持つすべての可能性は、「実際に並行して存在しており」「観測するたびに、宇宙が分岐しているのだ」――つまり、私たちが観測する宇宙は、あらゆる可能性が生み出す無数の分岐宇宙の中のひとつの枝でしかなく、ほかの可能性も同時に実在しているというのです。」

「この先進的アイデアは当時、多くの批判をもって迎えられました。たとえばデコヒーレンスにおいて「干渉が観測できなくなる」ことは世界が分岐したと解釈することもできますが、干渉が消えたように見えることは、一つの状態に収縮したととらえることもできます。さらに、すべての結果が実現しているという仮説は、計測から求められる確率が波動関数の二乗に比例するというボルン則に反するという批判もありました。さらに決定打になったのは、反証可能性です。かりに全知全能なる神が世界をこのように作った――という、極めて古典的な迷信を本気で信じたとしたら、神を疑うことはできるでしょうか?不可能です。それは反証されえないからです。当時カール・ポパー的な反証主義が科学においては極めて重視されており、「もうお互いに干渉できない分岐した世界」を仮定することは、もはや反証不能なアイデアだと考えられたためです。」

超絶ざっくりだけど。


ふと振り向くと、アリアは腕をぶらぶら振り回しながら、石塔の間をぐるぐると巡っていた。

時間がない。なんとか読み出せる内容を抜き出していこう。

「2067年、多次元並行宇宙のフォールディング理論と近接点仮説」

「2085年、並行世界が実在する可能性が実験によって示唆」

「2112年、時空干渉炉一号、地球―太陽系ラグランジュ点に設置」

って直径130㎞⁉ いったいどうやって作ったんだ、カイパーベルトが減る勢いだ。過去の地球、怖い。

「2130年、時空干渉炉一号、素粒子の並行宇宙間輸送に成功」

ケイはその記述を3度読み返した。

――2130年の時点で、素粒子の並行宇宙間輸送に成功している⁉

「2205年、地球―月系にゲート設置計画始動」

それって――「1300年」も前の話じゃないか。

「2255年、物質の一方向輸送確立。自律ゲート建造複合体の試験輸送開始」

――なんだと。

「こちら側」のゲートができて一方通行のルートができてから、便が開通するまでに「千年以上」もかかっている。


…まてよ?

今までを振り返る。

18世紀の英語・・・すごく読みにくい

19世紀の英語・・・読みにくい。

20世紀の英語・・・読みにくい。

21世紀の英語・・・今とほとんど同じ。

22世紀以降の英語・・・まったく変化なし。

――そもそも千年以上前の言語がまったく同じ形だというほうが、おかしい。

なぜ、こんな簡単なことに気づかなかったんだろう。

21世紀まではコンピュータやAIが発展していなかったから表記の揺らぎで言語が変化スピードが速かった、とは思っていたけれど、さすがに保守的過ぎやしないか。

生まれたころから人工知能「アトラス」に「正しい言葉遣い」を教えられ続ければ――言語は、変わらない。

でもこの「超時空ゲートの施工に千年かかった」前提をふまえれば、一目瞭然だ。

言語が変わったら、建設当初に書かれた文章は読めなくなってしまう。

だから――まったく同じ形になるよう、言語が矯正され続けていたんだ。

ちょっと待て。

いろいろなものが――同じ規則に従っている。

なにもかもが――21世紀前半から22世紀までの間に停滞するか、衰退している。

学問体系は?かなりの数の学問が21世紀から「断絶」。論文の大空白時代にいたる。

人口は? 21世紀をピークに、いまでは三分の一。


――わなわなと、肩が震えていた。拳が、プルプロと震えている。


これは――人類の衰退じゃない。

「予定調和」だ。

超時空ゲートが完成するまでに文明がこれ以上発展しないよう、千年を生き抜くための。


どこか、どこかに――書いているのではないだろうか。

目の前の文字列はあまりにも乱雑で、常軌を逸していて、書いた奴もまともではないだろうけどーー少なくとも、AIのもたらす啓示ではない人間の言葉だ。

どんなに読みにくくても――そこには、血と肉が通っていたんだ。 

心臓の刻むビートが、空から降ってくる。

唇に、ピリピリとした違和感が走っている。


目の前に広がる、悪文、悪文、そして悪文。その中に――あった。

「・・・文明進展の過剰変動を回避すべく、言語標準化・学問進展抑制・教育介入を主とする『待機戦略』を採択することとなったのであって、この決定によって人類社会は、待機戦略を実現するための統制AI『アトラス』を開発、言語エラー検出・教育カリキュラムの統一を手段として向こう一千年単位での定常化が施行されることとなり、・・・」

冷汗が、ダラダラと伝っている。

嬉しさよりも、不気味さから目を一瞬そむけてしまった。

誰かが見ているのではないか、どこかに監視カメラがないかどうか。

だが――もう遅いと気づいたとき、さらに読み進めると決意した。

目に何か重いものが詰め込まれたような、全身がぼうっと、鳥肌が立っているのに蒸し暑いような。

篩にかけたひねくれた文字の山には、こうあった。

「教育格差禁止条項による知的評価の均質化およびスカウトの公正化」

――だから大学を出ても給料が上がらないのか‼

「16歳でのカップリング助成政策による人口減少抑制」

「高等教育抑制による生産年齢人口の増加が功を奏し――」


はらわたが煮えくり上がってくる。冷汗が、今では沸騰。

ぜえ、ぜえ、肩で息をしていた。

いままで考えたことのある「悪意のある解釈」がむき出しになっている。

口をすぼめ、エンジンを排気するみたいに呼吸していた。


「ケイ?地球の暗黒の歴史はいかがかしら?」

アリアの言葉に、ふとわれに返る。

アリアは言う――眉をひそめ、しんみりと。

「――この千年間は、私たち火星人の敗北の歴史でもあるの」

「だって――このイカれた計画に、火星の名前は全然出てこないよ」

ケイは石塔の列とパネルの山を見渡しながら、口にした。


アリアは、石塔の影を踏みながら軽く返す。

「火星はね、太陽系の外側にあるでしょ」


「うん」


「アメリカ合衆国って、知ってるわよね」

世界が今の秩序に落ち着く前の――もっとも支配的だった国。

「そりゃあ、もちろん」

「フロンティア・スピリットって聞いたことある?カウボーイ精神。」

「未開の地に踏み込み、ゼロから生活の基盤や都市を築き上げる精神、19世紀、アメリカは入植者にとって、全く未知の世界だったから。19世紀末に消滅して、アメリカは覇権国家の道を歩いていく」

「そう、未開の荒野を開拓していくあれ。で――西部開拓がなくなった後は、火星がその代わり。ロマンチックでしょ?」

「つまり――火星を、新たなフロンティアにした」

「でも当然、誰かが言い出すのよ。“火星じゃ足りない。太陽系を越えろ”って。で、何百万年もかかる船を作ろうって。すごい計画でしょ?」

「たしかに――すごいね。実現は…さておき」

「実際、打ち上げたの。大々的に式典して、勇ましいスローガン掲げて――で、そのあと?全部、沈黙。まるで海に瓶を投げ込んで、返事が一度も返ってこないみたいに」

「そっか…」

「だから次の千年は“距離をすっとばす”研究に全部突っ込んだワームホールを開発し――すべてが、失敗に終わった。」


ケイは、石に刻まれた「待機戦略」の文字を見上げる。

千年.夢を封じられ抑制されて待つのと、夢を見続けへし折られ続けるの、どちらが辛かったのだろう。宇宙の距離という牢獄はあまりにも残酷で――知らないほうが、幸せだったものなのかもしれない。


「暗記させられた歴代大統領のスローガンが痛々しいわ。途中から「今期こそワームホールを」みたいなのが続いて、だんだん支持率のために「青い星の獲得」とかになってく」


ケイは目をぱちくりさせた。

「ちょっと待って、そもそも、火星では千年間の大統領のスローガンを暗記させられるの」

「ええ、地球では考えられないでしょうね…火星は地下都市の外は大気すらろくにない。で無知な人間が放り出されたら、どうなる?」

「・・・死ぬね」

「そう、死ぬの。軍事教練は5歳から必須、学校ではこれでもかというほど勉強させられる。受験競争も熾烈。」

「すごい…大学の教授が火星人だらけだったのも納得」

「でもね、スペシャリストは作れなかった」

「スペシャリスト?」

「この「墓標」にある人たち」

アリアは石塔を一つ撫でた。そこに彫られた文字をケイが読み取る。

「本供養塔および慰霊碑では、不本意にも幼少期よりゲート開発にその一生をささげることとなった人々の無念を・・・」

不本意。

――10年ほど前だったか、唐突にアカウントがBANされた日。

あの時叔父は――「絶対に再申請するな」って血相を変えていたっけ。

「つれていかれるからな、お前の両親みたいに」

異常に開かれた瞳孔、充血した目に、顔中に皺をよせたあの顔

――なんとも、忘れがたい。

もしかして。

そう思って何回か巡ってみたけれど、さすがに数十万という墓碑のなかに、両親の名前は見当たらなかった。

両親の不在の理由は、はっきりとは聞いていない。

あの時の、つれていかれるからな、に、それ以上の意味はなかった。

「連れていかれるって、何?どこに?」

叔父は言った。「こわいところに」

それがどこなのかは、いまもわからない。

ただ――もしかしたら、まだ。


――ちょっと待て?

あの、あまりにも癖のありすぎる解説文。

――確実に、「アトラス」の監修は受けていない。

誰が書いたんだろう。少なくとも、この社会体制に強烈な不満を持った誰か。

読んだ人を不快にさせるために?腹を立てた人のためのトラップ?

――いや。

展示の隅に、落書きがあった。

「時空暦47年 スカウト制度の廃止および変人三か条による将来人材温存の開始 この展示を読んで恐怖しているあなたはこの落書きにも気づいているだろう ここで見聞きした内容を発信しても咎められることはないがアトラスに削除される 我々の世代と違って君たちはもう、このような世界を生きずに済むのだ 生きろ A,Y & T. Y」

――これを、両親からのメッセージだと、思うことにしたい。

「ハンカチ、くれるかな」


<Prequel 超時空ゲートのある世界 完>



<石炭紀紀行>に続きます。


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