―描写を支える科学的背景―創作ノート: 凍てつくゴンドワナを描く
解説回です。
正直いうと、石炭紀後期のゴンドワナはあまりにも情報が希薄であり、何が普通に見られるのか考証に大変苦労した。
そうした場合の手がかりになるのが足跡化石なのだが、クルジアナやルゾフィカスなどの通常三葉虫によってつけられるものであったりするものが、内陸においてつけられていたりするようである。こうした現象は石炭紀からペルム紀の各地で知られていて、端的にいうと何がつけたのかはハッキリしておらず、カブトエビ 類が候補に上がるという状況らしい。後期古生代氷河期のゴンドワナからはカブトエビ の化石はまだ見つかっていないが、足跡の豊富さから見て、おそらく無難に描ける生物はカブトエビ 類であろう、と推定した。
ユーシカルシノイド類もまた、比較的描くにあたって無難なものであり、ペルム紀前期のAntarcticarcinusおよびそれによる多くの足跡化石、また、ユーシカルシノイド類の可能性があげられるDiplichnites型の足跡化石の豊富さからみて、おそらく描いて大丈夫だろう。
問題なのは蠕虫によるものと思われる生痕化石の豊富さで、一体何のグループの蠕虫がこの凍てつく水辺にいたのかはいまいち定かではない。
泥に潜っていてもらうこととした(…しかし水生昆虫が現在の陸水域において蠕虫の地位を大きく確立している以上、その前に何がそのニッチを担っていたのかは、作者としては最大級の関心事であるが、小説としてはあまりにも地味である)。
カイエビ類もまた無難なもので、これもAntarcticarcinusとともに南極から出ている。カイエビ類は化石記録が比較的豊富なため、描きやすい。
では、他のグループはというところだが…これが難しい。魚はほとんど記載されていないし、魚を描き始めるとカブトエビやユーシカルシノイドを描きにくくなる。となると他の陸水域の節足動物、とくに水生昆虫ということになるかもしれないが、残念ながらこれまた(生痕化石を含めて)それらしき化石記録がない。化石が出てくるのは中期ペルム紀以降で、これはおそらく温暖化や昆虫の多様化による生物相の変化を表すと言われているから、あまり大手を振って出したくないのである。
影も形も残さず報告は少ないがいて当然、というのはホウネンエビ などの無甲類で、デボン紀以降の水域からはどこにでも出現しうる(そしていたとしてもよほどのラーゲルシュテッテでない限り化石に残らない)。
…ということで5月の田んぼ、もしくは融雪プールみたいな構成になってしまった。
現在にはユーシカルシノイドがいないことを除けば、極めてよく似ている。これらは一時的な水域にしかいないのではないかと思われるかもしれないが、極地(たとえば北極圏のLepidurus arcticus)や高塩分地(たとえばArtemia spp.)、もしくはそのどちらにも当てはまらない場合(カイエビ類とは言いにくい特殊なグループであるものの、たとえばCyclestheria hislopi)などなど、一年中水のある水域でも発生する場合がある。
さて、次はこれらが生息しうる水質とそれを説明しうる条件を考える。
大型鰓脚類(カブトエビ やホウネンエビ やカイエビ)はおもに、pHが高く硬度も高い水質を好む傾向がある。泥炭湿地はまるで逆であるため、泥炭湿地であるもののpHが高い、とか、そもそも泥炭湿地ではない、という条件を考えたい。
こういう環境としては、やはり原生種の条件が参考になる。現在の沿岸付近の湿地に見られるような、富栄養でpHも高い湿地帯が考えられる。これは海成層が由来になるので、氷期の海面が低下して陸地化した地域においては、pHが高いことを説明する良い材料となる。また、この地域で大規模な石炭蓄積が起こったわけではないので、泥炭層はあっても薄かったと考えるべきだろう。
もう一つは岩場の水たまりで、これもまた非常に「らしい」場所である。シャジクモ類でも生やしておきたかったのだが、卵胞子が容易に化石に残るため、やめた。後から否定的になり得る描写をするのは避けたいので…。




