変わらぬものたち
どうも、先ほど歩いていたのは、川岸にできた自然堤防であるようだった。
木道の張り替えられた面では白っぽい砂が垣間見え、立ち並ぶ木々の隙間からは、大河の川面が平行に伸びているのがちらりと見えた。
散歩道は、ひたすらその先へと続いている。
しかし、途中から急に木道が古びた区画に至って、その少し手前に、分岐した道が伸びていた。
「こっち」
「向こうは?」
「整備が追い付いてないから」
そして、ほんの少しの斜度ののち――湿原に出た。
柱のような植物が立ち並ぶ湿原には、木道が、一本の折れ線を描いていた。
板にはフロートが取り付けられ、水に浮かぶようになっている。
寒いのに、じわり、と嫌な汗が広がる。
先ほど、腐りかけた木道がまとめて打ち捨てられているのを、見た直後だったから。
ただ、近寄ってみれば、白木が光った。
「事故があっちゃいけないって、先月整備したのよ」
――この旅のために、いったいどのくらいの金と人が動いているのだろう、と思って、くらりとした。
木道に乗ってみれば、ふらりと少し、流れて、内臓がひゅぅとおいていかれる気がした。
「イカダと思えば、怖くはないわ」
そういって、アリアはすたすたと歩いていって、一面に広がる湿原をレンズにおさめていた。
イカダから下を見下ろせば、焦げ茶色の水の中、勢いよく泳ぐ影がある。
オタマジャクシか何か、と思ってよく見れば、カブトエビだった。
水温は…9度。
たったの、1桁である。
さすが、永久凍土の上であった。
pHは、意外にも高い7.2。
焦げ茶色の水からすればちょっと信じがたい数字なので、何度か測ってしまった。
「ここ…海抜何メートルだっけ」
「町でおおよそ、30m。」
――なるほど。
ここもまた、間氷期には海没していたというわけか。
キンキンに冷えた水から揚げられたカブトエビは、今の水田で見るものと、ほとんど変わっていないかのように見え、またその立派だが著しく軟弱な甲皮に関しても同様といえた。
「いつの時代に来てもカブトエビはカブトエビだよね、さすが、生きた化石」
――いや、そんなわけでもない。よく見ればちょっとだけ違う。
甲皮後面の切れ込みや、現生種よりやや剛強に感じられる脚。もっとも目立つ違いは、胸部第一付属肢がアンテナ状に伸長していない点で、すべての付属肢が掘削に用いられるように見える点だった。
おそらくこれは現在のカブトエビと過去のカブトエビの違い、というよりも、このおそらく未記載種であろうカブトエビ類の種の特徴と捉えたほうが望ましい代物だろう。
水中には、群れを成して泳ぐものもいる。
半透明で細長い、2つの目を持つ生き物が、整然と並びながら泳いでいる。
時折カブトエビが突入すると、群れがぱっと散り、またふわふわと集まる。
ホウネンエビの仲間であった。
この時代には確実に存在する生き物であるが、保存されたことはほとんどない。
そして、ふわふわと泳ぐカイエビ類が…
あれ、これ、現在のツンドラの生態系とあまりにも変わらない。
違う点を考えてみよう。
まず、だ。ユスリカがいない。フサカ類もいない。ミジンコもいない。
それらすべてが、ホウネンエビやカイエビ、カブトエビといった大型鰓脚類によって代替されている、と捉えられるのかもしれない。
そんな時だった。
なにか水生昆虫の幼虫のようなものが横切った。
とらえてみれば、ユーシカルシノイド類だった。
この水場で見かけた、現生に似たもののない生き物はこれだけである。
――逆に言えば、この生態系は姿を変えつつ、現在のツンドラまで、ほとんど変わらなかったということになる。まさしく、驚異的であった。
今年も白亜紀からカブトエビ の新種が記載されていますね。
Wang, W., Ren, D., & Zhao, Z. (2025). New fossil notostracans (Branchiopoda, Notostraca) from the Lower Cretaceous of Inner Mongolia, China. Cretaceous Research, 106216.




